A shot of Sagittarius


その人は女性だった。
まだ若い。
黒いタートルネックのセーターを着ていた。
後にまとめられた髪を簡素なピンが止めていた。

「お前が新入りか。」

それが第一声。
その言葉はひどくぶっきらぼうに聞こえた。
俺は緊張しながら答えたのだ。
「はい、ボス……よろしくお願いします!」
彼女は言った。
「ボスじゃない。『店長』と呼べ。」
そして、彼女は振り返った。
街角にある古本屋のカウンターの奥で。
店内は薄暗かったのに、振り向いた人はサングラスをかけていた。

*

初めて彼女に出会ったのは昨日のことだ。
思ったよりも小柄だな、というのが第一印象だった。
それ以外に思ったのは、なぜ夜でもサングラスなのか、ということくらいだ。
俺はまだ、彼女のことをよく知らない。
彼女のことは知らないが、彼女が経営する店のことなら少しは知っている。
店の名前は『知識屋』という。
表向きはただの古本屋だ。
けれど、本棚の裏にはたくさんの武器が隠れている。
大小の銃、何種類もの弾丸、手榴弾、ボディアーマー、ナイフ各種。
そう。
ここは武器屋なのだ。
もちろん店の存在はシークレット。
当然のことだが非合法な店だ。
俺は知人の紹介で、今日からこの店に勤め始めた。
彼女や俺が住むこの街は、今、内戦のさなかにある。
毎日、政府軍と反乱軍レジスタンスの小規模な衝突が絶えない。
彼女……いや、店長の言葉を借りれば『にぎやかな』街だ。
俺はこの街で生まれ育った。
これからもこの街で生きていく。
だから生きていくために仕事を見つけたのだ、この『にぎやかな』街で。


昨日は店長や先輩たちとの顔合わせをして、本日初出勤。
朝、俺はひどく張り切って店に出ていた。
まずやらされたのは古本屋の店番だ。
武器商人になるつもりでやってきた俺にとっては不本意な作業。
でも、文句なんて言うわけには行かない。
しぶしぶながら大量の書物とホコリを相手に格闘するだけだ。
半日ほどおとなしく店番をしていたら、昼頃になって店長が現れた。
「新入り、来い。」
店長はそれだけ言って店の奥にある部屋へと引っ込む。
新入りというのが自分のことだと気づくまでに、数秒間。
気づいた瞬間、俺は飛び上がるようにして店の奥に向かった。
なぜなら、店の奥とは、武器屋の仕事をする場所だからだ。
やっとやりたかった武器屋としての仕事ができる。
俺はますます張り切って店長の元へと急いだ。
店の奥には大きな木箱がたくさん置いてある。
俺は木箱の上に腰掛けている店長のそばへと駆け寄った。
「来ましたっ、仕事はっ?」
店長はチラリと俺を見た。
「商品の梱包だ」
その手にはずっしりとした軽機関銃が握られている。
「この銃を5挺、弾丸10セット。すぐに仕分けて箱詰めしてくれ。」
言いながら店長は軽機関銃を俺に放ってよこした。
軽という字がついてはいるが、実はわりと重い。
何とかよろめくことなく受け取った俺に向けて、店長の声が飛ぶ。
「客はもう来ている。お得意さんだからそそうのないようにな。」
「はい、ボス!」
勢いよく返事をしたら、ジロリとにらまれた。
「ボスじゃなくて『店長』だ。二度も言わせるな。」
二度?
……そういえば昨日も同じことを言われた気がする。
少しの間、俺は無言で品物を扱っていた。
店長は奥のデスクで何か書いている。
あまりにもシーンとしていて少し気まずい。
何か話しかけたく思い、俺はおずおずと口を開いた。
「あの、店長。」
「何だ?」
短い返事。
「これを渡す相手はどんな方ですか?」
軽い世間話の調子で聞いてみる。
「ああ、ネズミの若手連中だ。
 あそこは血の気が多いからか、派手な武器が好きだな。」
返ってきた答えに軽くうなずいた。
ネズミというのは反乱軍レジスタンス中の一派の通称だった。
なるほど、この店は反乱軍レジスタンス側と取引をしているのか。
そう考えた俺は、何気なくこうつぶやいた。
「この店が相手にしているのはそちら側なんですね。」
店長が急に顔を上げる。
「どういう意味だ?」
問いかけてくる。
「どういうって……つまり、客は反乱軍レジスタンス側なんですねってことです。」
答えながら、なぜそんなことを聞くのかと不思議に思った。
しばらくの間、二人とも無言。
やがて店長はゆっくりと言った。
「新入り、この店には『政府軍』や『反乱軍』なんて区別はない。
 あるのは『お客様』……、それだけだ。」
やっと出てきた声はひどく低くてゆっくりしていた。
怒っているか、あきれているか、そのどちらかだったのだろう。
店長が言おうとした意味を理解するのに少しだけ時間がかかった。
要するに、どちらにも武器を売るということなのだ。
「そんなことも知らずにウチへ勤める気だったのか?」
付け加えられた質問は間違いなくあきれた口調。
『お前は使えないヤツだな』。
そんな風に言われた気がして、俺は下を向いてしまった。
「ぼさっとするな。下なんか向く暇があったら手を動かせ。」
キツい言葉が飛んでくる。
俺は無言のまま商品を包み終え、店長に差し出した。
「よし。客は裏口の外にいるから渡しに行くぞ。持ってこい。」
店長は立ち上がるとさっさと行ってしまった。
俺は商品の入った箱を何とか担ぎ上げる。
なかなか重い。
よたよたしながら裏口へ行くと、小さなトラックが待っていた。
その荷台に商品を積む。
トラックは土ぼこりを残して去って行った。
これが俺の初仕事なんだな……。
トラックを見送ってから横に目をやると、店長と目が合った。
「これがお前の初仕事だな。」
同じことを考えていたらしい。
なんとなくおかしくなって、俺はちょっとだけ笑ってしまった。
笑いながら、チラリ、店長の顔を盗み見る。
すると、色の薄いサングラスの下でも切れ長一重の目が笑みを作っていた。
少し怖そうだと思っていた店長の笑顔にほっと気が緩んだ。


午後からも忙しかった。
たくさんの本を仕入れてきたとかで、値札付けと整理に追われたのだ。
書物は思ったより重く、1時間後には腕が痛くなった。
正直、キツイ。
昨日の初仕事 ――武器屋としての初仕事―― を思い出す。
あの箱も重かったが、本もバカにはできない重さだな。
ひょっとして古本も使い方によっては武器になるんじゃないだろうか。
バカなことを考えながら、ひたすら値札付けと整理。
先輩店員たちも黙々と作業をしている。
店長の姿は見えない。
たぶん奥の部屋にでもいるんだろう。
ちょうど休憩時間に入った頃。
お茶を飲もうとしていると、カウンターに備え付けられている電話が鳴った。
先輩の一人が受話器を取る。
先輩は二言三言話したかと思うと、店の奥に向かって店長を呼んだ。
店長が出てきて電話の応対を始める。
俺は何となく店長の方を見ながら古本の整理を続けた。
店長は時々顔をしかめながら応対している。
何だか機嫌が悪そうだ。
やがて店長は電話を切って店の奥に引っ込んだ。
……かと思うと。
すぐにまた、ひょっこりと顔を出した。
白いトレンチコートを着ていて、どこかへ出かける様子だ。
「お出かけ、ですか?」
俺が訪ねると、彼女はうなずいてこう言った。
「ちょっと軍本部に行って来る。すぐ戻るよ。」
は? 軍本部に?
軍本部といったら、政府軍の最高指令機関じゃないか!
驚いている俺を尻目に、先輩店員たちは平然と店長を送り出した。
誰も不思議がらないということは、よくあることなんだろうか。
先輩たちはそれぞれ持ち場に散っていく。
後にはぽかんと口を開けている俺だけが残った。
店長……、いったい何者……。
いや、考えても無駄だ。
とりあえず整理を終わらせるとするか。
そう思いなおして作業を再開した。
それにしても、と思う。
この店は本当に両方の軍を相手にしているんだな。
さっき反乱軍レジスタンス に武器を売ったと思ったら、今度は政府に行くだなんて。
憎まれたりはしないんだろうか?
『なぜ敵にまで武器を与えるのか』とクレームがくるなんてことは?
どちらかから敵の仲間とみなされることくらい、ありそうなものだ。
なぜ政府軍の連中から反乱分子扱いされないのだろう?
反乱軍レジスタンス だって、『裏切り者』と呼んで粛清しにきてもおかしくないのに。
疑問は尽きない。
考え事をしながらの作業は夕方まで続いた。
店長が帰ってきたのは夜になってからだ。
店長は帰ってくるなり一番古株の先輩と話し始めた。
話の内容が気になって、耳を澄ましてみる。
どうやら政府から何かの手伝いを頼まれたらしい。
協力する気がないのできっぱり断ったという。
政府に頼られるなんて、いったいどんな事情があるんだろう。
会話の中にはキノコという単語が何度か出てきた。
なぜ政府と武器屋がキノコの話を……。
謎だ、謎過ぎる。
いったいどんな話だったんだろう?


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