A spell of a promise
※ caution!! ※
この先には、暴力表現・残虐表現が含まれています。
血や大怪我が苦手な方はご注意を!
また、暴力表現のため、R−15指定になります。
身体か心の年齢が十五歳以下の方は見ちゃダメ。 |
静かな時が流れる。
立ち尽くすジェミスターの上から、鉄骨にすれる靴底のかすかな物音がした。
「降りて来い。」
感情のない響きが、上にいる男の耳にも届く。
「いつも最後まで逃げ回っているのか?」
淡々と放たれたジェミスターの声だけが場に流れた。
がしっ。
金網を踏むような音。
男がどこからか飛び降り、足場の上を覆う金網の屋根に姿を見せる。
次いで、連続した銃声。降り注ぐ弾、弾、弾。
駆け回るジェミスターを狙い、マニアックな男が連射する。
フルオート拳銃のようだが、腕はいま一つか。
「そうだ!! 相手は一人で十分っ、頭脳プレーだ!」
銃声に混じる男の勝ち誇った口調に、歴戦の兵士は小さく答えた。
「いや、油断プレーだな。」
かちり。
手元の携帯スイッチを押す。
そのとたん、男のすぐ側で爆発が起こった。
驚愕するマニアックな男。
別のスイッチ。
次々に目を覚ます小規模の爆発が、容赦なく男を襲う。
バランスを崩し、大型機械のベルトコンベアの上に落ちるマニアックな男。
大急ぎで立ち上がる姿を冷徹に見つめながら、
ジェミスターは相手の危機意識の薄さを思った。
おそらく、トラップを張るタイプの敵と戦った経験がないのだろう。
最後まで決着を引き延ばすやり方は、敵に罠を仕掛ける時間を与えてしまう。
それに気づいていない点が、男のやり方を油断プレーと切り捨てた理由だった。
臆病でなければ。
どんな小さな危険をも恐れ、用心するようでなければ生き残ることなどできない。
その点、この男の臆病さは今一歩たりないものだった。
携帯スイッチを腰のホルダーに収め、ジェミスターは二挺の拳銃を構えた。
発砲は二挺同時だ。男の乗る大型機械の一部を撃つ。
上下の蝶番が一度に壊れ、黄色い扉状のものが落ちた。
扉の下から現れたのは、何かのスイッチである。
そのとき、倒れたはずの少年が跳ね起きた。
マニアックな男はジェミスターに気を取られ、気づいていない。
少年は大型機械に忍び寄った。
上手く近づいてしまえば、ちょうど男の死角に入ることになる。
灯台下暗し、というやつだ。
「終わりだ。」
ジェミスターの声が聞こえる。
それが合図だったのだろうか。
大型の鉄くずを押し固める圧搾機が、突然うなり声を上げた。
その足元で、ベルトコンベアが勢いよく流れ出す。方向は、圧搾機の回転側へ。
あわてて飛び降りる男の後ろで、軽い銃声が数度鳴った。
首の左側に、行儀よく並んだ穴3つ。
綺麗に動脈を食いちぎり、大量の血液を噴き出させる。
これは特に狙いがいい。
心臓に直結した左の頚動脈は、人体中でも随一の出血ポイントだ。
男の落下軌跡。
真っ赤な噴水が止め処なくあふれる。
マニアックな男は、着地とほぼ同時にひざをついた。
その背中に、ドカンと一撃。
ジェミスターの渾身の蹴りが炸裂する。
倒れた男の体をはさみ、少年とジェミスターが立っている。
二人の手には、また、それぞれ二挺の拳銃が握られていた。
しっかりとお互いを狙いすまして。
「見たか? キッド。」
「見たよ。二挺同時って、そう撃てばいいんだ。」
傷一つない『キッド』が言う。
対するジェミスターはやや顔をしかめている。
体のボディアーマー 〜いわゆる防弾チョッキ〜 にはかわいい弾痕が1つだけ。
なんのことはない。
さっき少年に向け、ジェミスターが撃ったのは空砲だったのだ。
少年は1発の実弾を放っていたようだが、分厚いアーマーの上を狙っている。
これならブローニング・ベビーくらいではまず貫通し得ない。
ジェミスターの装備を見た上で、大事無いと読んでのことだろう。
あの至近距離なら骨にヒビ程度入ったかもしれないが、気にする様子もない。
それくらいは許してくれるでしょ?とでもいうつもりなのだろうか。
なんにせよ、二人は本気で打ち合ったわけではなかった。
一緒になって、邪魔者をおびき出すべく一芝居打ったというわけだ。
できれば二人で殺り合おう。
Let's play the game only by us,Let's kill each other by us.
銃を突きつけたジェミスターが、唇の動きだけで伝えたことだった。
少年の答えは、ウインク。
二人とも、『あいつが邪魔だな』という意見で一致したということ。
種を明かせばなんでもない話だ。
目くばせ一つで芝居を始める例すら、歴史の中にない話ではない。
もっとも、そのような例は味方同士で芝居を始めるときがほとんどであり、
今回は後々殺しあうことが決まっている相手なのだから、少し事情が違うが。
特に少年の方は、相手の銃に実弾が込められていれば間違いなく終わりだ。
空砲を打ってくれる保証は、あの時はなかった。
普通はなかなかやりたいことではないが、あっさり命をさらす。
こんなことを平気でやるあたり、この少年もどこかが狂っているのかもしれない。
「今気づいたけどさ、オレらってちょっと親戚っぽくない?」
そう言って、少年が銃を握ったままの手で髪をかきあげる。
アッシュグレイ気味に染め上げた少年の髪は、ジェミスターと同じ色だ。
髪の毛が銃のどこかに引っかかったのか、少し痛そうな顔つき。
隙だらけの瞬間だったのに、ジェミスターは撃とうとはしなかった。
「似てるかもな……偶然か?」
「うん、髪の色はもともと染めてた色だし。二挺拳銃になったのもたまたま。」
ジェミスターの問いに少年が答える。
答えを聞きながら、ジェミスターは胸の中でだけつぶやいた。
あのマフラーも偶然か?
……考えすぎたか。ジェミスターは自嘲的に笑う。
彼がうっかり自室のドアを開けていたのは、夏の暑い日だった。
置いてあった爆発物に触れ、一人息子が亡くなった夏の日。
その日ジェミスターの息子が着ていたのは青いTシャツだった。
少年が落としたマフラーとよく似た、鮮やかなブルー。
あの日から目に焼きついて離れない、血まみれのウルトラマリンブルー。
もう何年も前のことだ。
あなたが殺した、泣きながらののしる妻の叫びはもはや記憶の中に埋もれた。
二度と戦えないだろうと思った病院の帰り道も、また戦いたくなった葬儀の帰り道も。
すべて記憶の中で色あせて、まだ戦いは終わらない。
さあ、二人の決着である。
見合って動かないときはすぐに終わった。
先に動いたのは少年。
キッドという呼び名がすっかり気に入ったらしい、少年の方だ。
突然片手だけを動かし、数ヵ所に発砲する。
小さな銃の軽やかなショット。
ジェミスターとはまったく違う方向だ。
最初の銃声が聞こえる前に、ジェミスターも動いていた。
すばやく横っ飛びに飛ぶ。
油断なく少年の撃つ先を見すえつつ、頭に向けて二発の発砲。
音がつながって聞こえるほど、連続してのショットだ。
たぶん、銃の性能のおかげだけではない。早撃ちは彼の実力だろう。
少年もすばやい。
撃たれると見る前に駆けだし、飛び上がる。
そして、並ならぬ脚力でコンテナの高い段差を駆け上がるのだ。
上下左右、縦横無尽。
走りながら、少年はなおも発砲。
そのまま物陰に隠れて、すばやく弾を込める。
弾数ではジェミスターが圧倒的に有利。隙は見せられない。
先ほどから少年が撃っているのは何か。
ジェミスターは携帯スイッチを押した。
動かない。
やはり、とつぶやいて投げ捨てる。
トラップ封じだ。
先ほどのマニアックな男の様子を見ていれば当然だろう。
少年の弾は、ある物の受信部分を壊し、ある物の配線を切ってしまっていた。
動作するのに必要な線を切られてはさしもの爆弾もかたなしだ。
これで仕掛けた爆弾は、スイッチでは動かない。
少しはできるらしい。
そのとき。
少年がすばらしい速さで、壁際の階段を駆け上がる。
無防備だ。
丸見えの全身めがけて立て続けに撃つ。
ジェミスターには自信があった。
この距離で、あんな大きな的を外すことなどありえない。
ところが。
「ハッ!狙い甘いんじゃないの!?」
毒づく『キッド』。
ジェミスターの射撃が一瞬だけ遅れた隙をつき、階段を登りきった。
黄色いペンキが所々残る、丈夫そうな階段。
ジェミスターは舌打ちした。
急所という急所が、うまく鉄製の階段にさえぎられて撃てなかったのだ。
急所でなくとも当たればよい。
即座にそう思い直したが、長年染み付いた習性の悲しさ。
まず最初は無意識に急所を狙ってしまっていた。
それからはずす。
このコンマ単位のタイムラグが大きい。
いつも加減なく急所狙いで殺し続けてきた報いだろうか。
無論プロフェッショナルなジェミスターのことだ。
そんな不様なタイムラグを作るのは、せいぜい一・二発のこと。
しかし、たった一・二発でも、すばしこい『キッド』には充分なミスだった。
飛ぶように登り、足場の床に腹ばう。
ちょうど下から見上げているジェミスターから、身を隠すかっこうだ。
床は、安っぽい廃工場に不釣合いなほど分厚い鉄の板。
二人とも、息を殺して相手の出方を待った。
姿が見えない今の状態は、攻撃されにくいが自分からの攻めもやりづらい。
少年は、じっと動かない。
結局のところ、弾数・装備に劣る少年が不利だ。
さらに少年には、相手の弾が尽きるのを待つ作戦は使えない。
ジェミスターがそんなヘマを打つわけがないからだ。
銃を構えつつ、ジェミスターはじわりと位置を変えた。
ジェミスターには余裕があるように思える。
だが、それはまやかしだ。
少年は戦い慣れては居ないようだが、相当の使い手とみえた。
元より、互いに隙をつくしかない勝負。
ならばこちらから仕掛けるしかない。
歴戦の兵士はそう判断した。
動くこと。
今の場合、これこそが相手に勝る『経験』をフルに生かす最上の策だと。
錆びついた鉄の上で少年がかすかに頭を上げる。
地上に人影は見えない。
少年の視界から隠れた場所。
そこには、ある物を目指しすばやく遠ざかるジェミスターの姿があった。
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