A spell of a promise

※ caution!! ※
 この先には、暴力表現・残虐表現が含まれています。
 血や大怪我が苦手な方はご注意を!
 また、暴力表現のため、R−15指定になります。
 身体か心の年齢が十五歳以下の方は見ちゃダメ。

消える気配。
少年は息を殺した。
ジェミスターの気配が消えていく。
いや、遠ざかっていく。
どこへ?
さらに顔を上げて、そっと下界を覗く。
いない。
いぶかしげな表情の少年。
そのとき、がたつくベルトコンベアとは別の音がした。
機械が動く物音だ。
少年の表情が引き締まる。
近づく機械音。
一瞬で跳ね起きれば、すぐ目の前に彼はいた。
鉄くずを押し砕く圧搾機にはクレーンがついている。
黄色のところどころが錆び色になった、鉄製のキリンのようなクレーンだ。
今まで寝ていたキリンはまっすぐ立ち上がり、足場を越える高さになっている。
キリンの首につかまり、ジェミスターは立っていた。
微動だにせず。
ちょうど足場と同じ高さである。
ジェミスターの姿を確認した瞬間、少年は一目散に足場を駆け降りだした。
細い階段を駆け下りつつ、背後をうかがう。
ジェミスターは腕に力を込め、足がかりにしていたでっぱりを蹴った。
思い切り前に体を運ぶ。
厚手の衣服ごしに、腕の筋肉が盛り上がった。
少年がいた足場に着地し、駆け下りる背中を容赦なく狙撃する。
ジェミスター、ジェノサイド。
迷いなく撃ち込んでくる姿に、先ほどまでの父親のような男の面影はない。
戦いが始まっている。
少年は逃げの一手だ。
銃口を向けられたとき、少年はまだ無防備な姿をさらしていた。
地上には降りたものの、隠れ場所を見つけるのが間に合わなかったのだ。
さっき、階段を下りるのに時間をかけ過ぎた。
すぐ地上に降りたかったのは山々だが、足場から飛び降りるわけにもいかない。
空中にいる間は方向や体制が変えられず、撃たれてもかわせないからだ。
地上を駆ける間、足場の上からはジェミスターがくり返し発砲してきた。
何度も頬をかすめる疾風の感覚。
恫喝よりも、無言の銃弾の方が怖い。
何とかコンテナの陰を見つけ、すばやく隠れる。
すばらしい身のこなしだが、少年にしてみれば悲惨な誤算だろう。
今は、上から狙い打たれるばかりで反撃ができていない。
本来なら自らが目指していたスタイルをまんまと奪われてしまった形だ。
憎々しげに舌打ちを一つ。
少年が辺りを見回す。
電灯があっても暗い廃工場の中、何か使えそうな手でも探しているのか。
まもなく、少年の表情が変わった。
何か見つけたらしい。
視線の先、目立たない隅の天井近くに、フタなしの檻(おり)のような物がある。
檻は幅の広い柱状の物に背中を貼り付けていた。
どうやら、上下するタイプのリフトらしい。柱状の物は檻を動かすためのレールか。
よくよく目を凝らすと側にレバーもある。あれを倒せばリフトが動くのだろう。
注意深く、しかしすばやく少年が構えた。
リフト横のレバーを狙い、まずは一発。
少年の放った弾は見事レバーを倒し、リフトはゆっくりと地上に降り始めた。
あんな小さな物を的に、よく当てられるものだ。
少年はコンテナに隠れながら移動を始めた。
目標はリフトだ。
巧みに身を隠しつつ、正確に飛んでくる弾丸に首を縮める。
リフトは音もなく動いた。
無音に近い滑らかさ。
マニアックな男が天井の鉄骨に乗るために使ったのも、このリフトかもしれない。
少年はなおもリフトに近づく。
リフトまで5mの位置までたどり着いたところで、隠れられる物は尽きた。
目標の少年をどこまでも見据えつつ、ジェミスターもリフトに気づく。
おずおずと顔を出す少年に、ジェミスターがポイントを当てた。
狙いが定まりきる直前に、少年が飛び出す。
後を追うように、ジェミスターが撃つ。
身体のすぐ側を通る弾丸。
必死の表情で飛ぶように走る少年。
走り抜けざまにレバーを反対側に倒すと、予想外の速さでリフトが登り始めた。
飛び乗る。
檻の中、少年は銃を構えた。
その銃口の先では、ジェミスターの銃が少年を狙っている。
少年の乗るリフトはなかなかの速さで昇っているが、格好の的に変わりはない。
リフトは荷物用だったらしく、人が二人も乗れば目一杯の広さだ。
少年は自ら動きを封じた形になる。
互いを狙い、二人の銃が火を噴いた。
一発。
二発。
三発。
外れるはずのない弾丸が、ジェミスターの銃口を飛び立つ。
異変。
ジェミスターは三発目で撃つのをやめた。
当たらない?
外したのかと思い、次の瞬間、別の答えに行き当たる。
否だ、狙いは正確。外したのではない、外されたのだ。
少年が撃った弾丸によって。
彼が狙っていたのはジェミスター本人ではなく、ジェミスターが撃った弾だった。
いかに威力の差がある銃とはいえ、弾どうしが当たればどちらも弾道が変わる。
それによって、少年は自分に向かう弾丸の行き先をそらしていた。
しかし、そんなことが可能だろうか?
打ち出された弾丸を狙い打ち、命中させることなど。
ジェミスターが息を呑む間に、少年の乗るリフトは頂上までたどり着いた。
その場で少年が見上げたのは、はり渡された鉄骨だ。
鉄骨までの距離は2メートル以上ある。
いかに優れた脚とはいえ、一飛びでは届かないだろう。
気配。
向き直った少年に向け、ジェミスターが再び銃を構えた。
二人の発砲は、ほぼ同時。
空中でぶつかり、それる。
再び起きた出来事に我が目を疑うジェミスター。
そのわずかな隙をつき、少年は壁に手をかけて飛び上がった。
もう一度ジェミスターが撃つ。
今度は、少年が撃ち返すまでもなく、弾は壁の薄っぺらい金属に突き刺さった。
壁には足がかりとなるものがあるらしい。
登る途中だというのに、簡単に体勢を変えてかわされてしまう。
ジェミスターはくり返し狙い撃つが、ことごとく当たらない。
まるで何者かに魅入られたように、わずかにそれる。
ジェミスターの額に、知らず知らず汗が浮かんだ。
さらに二度ほどか壁を蹴って、少年が鉄骨の上に姿を消す。
ジェミスターは冷静に足場を降りようとした。
鉄骨に上られては分が悪い、足場の上は丸見えだ。
少年は鉄骨に乗ったばかりで、まだこちらを攻撃する体勢にないはずだ。
安全な場所に移動するなら、今がチャンスだった。
ちゅいんっ。
ジェミスターの足が止まる。
弾が何に当たる音。
何だ?
少年がいるであろう方向を見て、様子をうかがってみる。特に異変はない。
次の瞬間、ジェミスターはガラにもなく声を上げた。
爆発。
爆風に吹き飛ぶ。
圧搾機側の手すりにぶち当たる。
衝撃で手すりが折れ、足場から落ちかけた。
全身で踏ん張り、何とか体勢を立て直す。
その間、数十秒といったところか。
少年には十分な時間だったようだ。
ジェミスターの目の前に。上空から鳥のように降り立つ、少年。
目が合う。
笑み。
ジェミスターが見たのは、少年の、笑みの形を描く唇の曲線だ。
どん。
少年がジェミスターを突き飛ばした。
よっぽど急いで走ってきたのか、少年は息を切らせている。
つつっと一滴、頬を汗が流れていった。
少年がジェミスターに投げつけたのは、皮肉にもジェミスター自身のものだった。
さきほど脱ぎ捨てた装備についていた、小型の手榴弾。
さっき移動する際、近くを通って拾い上げたのだ。
いや、正確には「蹴り上げた」か。
足で蹴り上げ、手で受け止める。
一連の動作にまったくよどみがなく、ジェミスターですら気づかなかった。
もちろん、持ち主当人は少年の通り道に手榴弾があったことくらい承知の上だ。
それでも気づかぬほど、滑らかに拾った。
まったくもって、非常識な少年だ。

「やるぅ。」

少年が笑う。
鉄の床の端に並ぶ、筋張った指を見ながら。
ジェミスターは指先だけで、必死にぶら下がる。
全体重を支えるには辛い状況だ。
足の下ではうなりを上げるベルトコンベア。そして、圧搾機。
爆風にしびれた今の身体では、落ちれば即、圧搾機行きだ。
砕かれる運命が決まってしまう。
命はない。
ジェミスターの耳に、自分の速い息遣いだけが聞こえる。
やがて、ざりっ、とかすかに靴底がなる音が、頭上から。
思わず、目を見開く。
ジェミスターの視界は二つに分けられていた。
自分が必死でぶら下がっている足場の裏と、むき出しの天井に。
「つかまえたぁ〜♪」
嬉しそうな声が響く。
すぐ側だ。
足場の上では少年が頬に汗を光らせ、嬉しそうに笑っていた。
その手に、見覚えのある四角い刃物がある。
刃物使いが持っていた武器だ。
どうやらこの少年は、他人の物を有効に利用するのが得意らしい。
大きく振りかぶり。
「うぁぁっ!!」
ジェミスターの苦鳴。
皮のグローブごと指が半ば切断されかけ、骨が見えた。
横一文字。
引っ掛けられた全ての指にかかるように、刃物が叩きつけられている。
ジェミスターはうめく。
脂汗を流しながら必死ではい上がろうともがくが、どうすることもできない。
いたずらに、刃が指に食い込むだけだ。
刃物の上に、少年の足がそっと乗る。
「ゆーびきーりーげーんまーん、うーそつーいたーらはーり千本飲ーます…。」
歌が聞こえる。
日本独特のマイナーコード。楽しげに歌ってもどこか悲しげな曲調。
少年の歌声はジェミスターを凍りつかせた。
廃工場内に反響する歌声のみで顔が見えない。
怖い…?
内臓から全身に向けて、震えが走った。
歴戦の猛者が心底震える恐怖と高揚感。
破滅の予感。
「…指切った。」
ふわりと足を上げて。
衝撃。
少年が、華奢な体でよくもと思うほどの強さで刃を踏みおろす。
一撃で、ジェミスターの指は残らず押しちぎられた。
必死で命をつなげていた指を切断され、いやおうなく宙に放り出される。
ジ・エンド。
落下スピードに身を任せつつ味わう敗北は、なぜか不思議な興奮を伴って。
背中からベルトコンベアに叩きつけられ、息が止まる。
そのまま運ばれる。
長い、長い数秒間。
回転する圧搾機。
砕ける骨の音が絶叫にかき消される。
潰れながら、完全殺戮と呼ばれた独りの男は、なぜか幸福な笑みを浮かべていた。

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