Puddle

※ caution!! ※
 この先には、暴力表現・残虐表現が含まれています。
 血や大怪我が苦手な方はご注意を!
 また、暴力表現のため、R−15指定になります。
 身体か心の年齢が十五歳以下の方は見ちゃダメ。

雨が降っている。
波紋型に歪んだ街灯の明かりが、一際大きな水たまりに映る。
空は暗い。
水たまりに映るのは街灯だけだ。月も星も、黒雲さえない。
細かい、細かい光の輪がいくつもでき、水面で揺れている。
男は、視線だけ向けていた窓から不意に目をそらした。
物のない室内は無機質な印象だ。
安すぎる宿。
真っ白い壁とベッドだけの無味乾燥な空間である。
白く細かな柄入りの壁は、暗闇の中、ただ濃灰一色にしか見えない。
先ほどから数回の連絡があり、そのたびに同じ言葉を告げた。

異常なし。

連絡用の無線が切れた後、再び外に目をやった男が、かすかに息を呑む。
やや遠くの、曲がり角から伸びる影。
少年が現れた。
傘もなく、濡れ鼠。
寒そうに、両手をポケットに突っ込んで。
聞いていたとおり、今風の、どこにでもいそうなガキだ。
こんな子どもを、なぜ消さねばならないのか?
今更ながらにいぶかしく思ったか、男が片眉を上げる。
だが、それも一瞬のこと。
北風。
一際大きな水たまりが揺れる。
男は、ずしりと思い44マグナムを取り、ふところに収めた。
立ち上がる、音もなく、すり抜ける部屋、暗闇。
部屋を出て、廊下の窓から路地に降りる。傘を開いて、その間、約1分。
少年は水たまりの手前まで歩みを進めていた。
通りに出た男も歩き出した。
少年の後ろから、やや早足で近づく。
コートの前を合わせ、寒さに帰路を急ぐような風体だ。
もうすぐ。
男が少年を追い越す。
今まさにすれ違おうとする男と少年。
間近に迫った二人が、一際大きな水たまりに映る。
水たまりの中で、映りこんだ男が逆さまに笑った。声もなく、ただ、にやりと。
ゆっくりと、相手の少年に向け、動き出す腕、右手に短めの黒い銃身。
瞬間。
振り向きざまに、少年の両手がポケットから跳ねた。
小さな銃口が二つ並ぶ。
予期していなかったのか、夜目にも男が目を見開いたのがわかる。
街灯の光をはねかえし、銃身がクッと揺れる。
続いて、くしゃみ程度の銃声が響く。
こうもり傘が舞う。
あっという間の出来事だ。
血の飛沫はない。
ただ、必死に目を押さえ、もがく人影だけが敗者を知らせている。
貫通力がたりないために、弾丸は頭蓋骨の中に留まっているのだろう。
下方向から放たれた弾は、頭蓋骨のもっとも丈夫な部分を内側から削るはずだ。
両目に一発ずつ、同時に叩き込まれた弾丸。
柔らかい眼球を簡単に突きとおし、脳内に食い込んだ。
大きな水たまりの中に倒れ痙攣する頭上に、一歩、水音が近づく。
うなじのくぼみに向けて1cmの距離から、さらに一発。
しばし待ち、身動きがないことを確認して銃は引っ込められた。
再び少年のポケットに収まる拳銃を見れば、FN ブローニング・ベビー。
もともと護身用として知られる銃だ。
練習しだいでは、素人や女性でもそれなりに扱える。
まさに手のひらサイズであり、形も凹凸が少ないためポケットから取り出しやすい。
護身用という本来の目的のみならず、時には暗殺用にも使われるものだ。
何事もなかったかのように、急がず、ためらわず、ごく当たり前の歩みで立ち去る少年。
角を曲がれば、にぎやかなバス通りだ。
少年はポケットに手を突っ込み、少し寒そうに肩をすくめた。
あたりは、いつもの日常で包まれている。
どこかで聞こえる車の音や生活音。
立ち去る姿を見る者はなく、ここで起きたことを見た者もいない。
ただ、水たまりだけが全てを映し、揺れる。
やがて近づく黒い人影。
倒れた男、その愛銃、傘、血痕。
すべてが存在しなかったかのように片付けられた頃。
暗雲が重く覆っていた空に、やっと晴れ間が指し始めた。
そして、朝日が昇り、また新しい一日が始まる。
歓声を上げながら、駆けていく子どもたち。
いくつもの足が、濡れた黒い道をばしゃばしゃと走る。
子どもたちが水をはねかえして駆け抜けた後、
一際大きな水たまりの水面は、波紋型に澄み渡る空のみを映していた。

Fin.

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