How to change the world


ファミリーの中では下層に位置する、チンピラたちの噂話にご注目あれ。
ざわめきの中から聞こえてくるのは、意外に真実であることも多いものだ。

ぴったりじゃないか。
どこかイッちまった笑みを浮かべて、ボスが握ってた銃がよ。
「ピース・メーカー」っつーんだと……



ジェノサイドこと、ジャック・ジェミスター。
手に入れるはずだった男だ。
明日には。
これで我が家(ファミリー)が世界最強となる、と大見得を切った。
披露目のつもりで四度目のゲームに送り出し、各界から多くの見物客を招き、
ああ、何と言う番狂わせ。
あんなガキに?
まだ信じられない。
ファミリーは、仇なした者を決して許さない。
掟にのっとり、削除を命じた。いつもどおり。
帰り道に潜ませた刺客も自慢の逸品だった。
ジェノサイドを倒し、あのゲームを制した子供。
ガキとはいえ、侮るつもりはなかったのに。
名誉挽回のつもりで大々に宣言までして、なんとあっさりと。
最悪の。
返り、討ち。
前もって相手の情報を十分に与えなかったのは失敗だった。
あんな小物の銃に、自慢の手ゴマが遅れを取った羞恥心から。
体裁と見栄がすべての理由。
その結果、このざまか。
何と言う皮肉。
部下への体裁を保とうとして、すべての権威を失墜させるとは。

明日から

明日から

恐ろしかった。冷たい汗が湧いていく。寒い、寒いのに汗が。
うめきも出ない。
出ないのに、聞こえる。自分の声。絞るように、かすれゆく声が。
本当か?
これは、本当に自分の声か?
それとも、数多の死神たちが這いずり寄ってきたのか、取り殺しに。

明日から

明日から

今夜は後、数十分で終わる。
明日まで、ほんの。
それだけあれば充分だ。噂とさらに悲惨な真実が敵・味方に広まるまで。
がたがた震える両手があがる。
顔を、つかむように曲がる指は、死神のように、カギ爪のように。
こわばった自らの手。
離したいとかすかに思う。離せない、言うことを聞かない指を。
明日から、世界が変わるのだろう。
すべてが思うままだった昨日よ、留まれ、お前は実に美しかった。
いっそこのまま明日が永遠に来なければ良い。
なんとか時を止める方法はないのか。戻す方法は?
下につく者も、抑えていた者たちも、
明日からすべてが牙をむく。
この世界に弱者が生きる場所などないのだ。

明日から…!

明日から、明日から…!

切ないほどに祈った。
今まで、ついぞ祈ったことのない何者かに祈った。救いたまえ、どうか、我を。
世界が。
世界が変わればよい、と。
己の周囲を埋めた、この血と殺戮にまみれた、力の世界。
そっくりそのまま、他人の世界と入れ替えてしまえたら。
いっそ、自分がそこらの凡夫だったなら。
心配事といえば家のローンと同期のリストラ、子供が最近髪を染めたことか?
何という、何と、平和な悩みだろう。
昨日まであざ笑っていた愚民の生活が、何と安全な楽園に見えることか。
ああ、ありえない。
そんな生活は自分が最も忌み嫌うもの。
自分はここまで壊れてしまったのだろうか。
心の中、闇を見つめ、暗闇に身を没しようとする。
救いを求めて。
現実には、予想もし得ないほど残酷な明日が待つのみ。
朝日が昇れば、己の身はどうなってしまうのか。
どうか、どうか、どうか。
変えさせたまえ、すべてを。与えたまえ、安穏を。
この悪夢から目が覚めたら。ああ、何もかも夢となれ。
どうか、この身に、安らぎを。

天啓。

神はそこに居られたか?

やっと顔を上げた。
救われた安堵に、今度は暖かい汗がどっと噴き出してきた。
そう、こうすればよい。簡単なことだ。実に簡単な。
なぜ今まで気がつかなかったのか。
デスクの引き出し。
あけて、すぐ手が届くところに。
ああ、なんて美しい。
重々しい、鉄の芸術品よ。愛すべき形。
引き金の金具は、子守唄を奏でるオルゴールの歯だ。おやすみ。
もう恐れなくても良い。




ファミリーの中では下層に位置する、チンピラたちが噂する。
昨夜、絶頂の権力を地べたまで失墜させた男が作った、哀れな平和の詩を。

ぴったりじゃないか。
どこかイッちまった笑みを浮かべて、ボスが握ってた銃がよ。
「ピース・メーカー」っつーんだと。
古臭い西部劇みたいな銃でさ、昔から気に入りの品だってんだけどよ。
過去の栄光、握ってさ。
平和を作っちまったんだろうね、自分の中だけに……。

Fin.

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