Autograph album

『サイン帳』、と呼ばれるリストがある。

人の命を奪うことを生業とする者や、本業でなくともそれを厭わない者のリストだ。
早い話が、ヒットマンズ・リストである。
成功、失敗、仕事の様子は全て『サイン帳』の管理者によって依頼主に伝えられる。
『サイン帳』と呼ばれる由来は、登録条件が本人直筆のサインであるということだ。
さまざまな紙切れ、切れっ端、何でもいい。本名でも、通り名でもかまわない。
直筆でサインした紙等を、リストの管理者に渡せばいい。
それと、リストに名を連ね、仕事を得たいという意思表示。
この二つさえあれば、誰でもこの世界で働くことが認められてしまう。
文字通り、認められるのである。
個人で行う『行為』は、ただの殺人。
やりっぱなしでは警察を始めとする公機関に追われるだろう。
痕跡を隠すには自分自身で何とかするか、高い代金を払ってプロに頼むしかない。
うまく世間には隠しおおせても、被害者の素性によっては思わぬ報復を受けることもある。
特に、相手やその身内がマフィアやギャングなどと呼ばれる組織の人間だった場合。
その手の組織の目はごまかしがたい上に、報復はかなり厳しく、執拗だ。
しかし、『サイン帳』に載っている者の『行為』はどうか。
それは仕事として認めねばならない。
誰を、いつ、どこで、どうやって。
何人葬ったとしても、仕事をこなしたことを責められる理屈はない。
仕返しを企てることもできるが、あくまでこっそりか、正々堂々の勝負を挑むことになる。
それが、『サイン帳』というものが成立して以来の不文律、暗黙のルール。
実際のところ、公機関からの追求すら『サイン帳』に行き着いた時点でストップするらしい。
『サイン帳』。
それはヒットマン開業の証でもあり、仕事の窓口でもあり、評価の窓口でもあるわけだ。
それだけ、特別な扱いが受けられるリスト。
当然、載りたがる者は多い。
リストを管理する者たちは、記載の意思を持つ者がリストにふさわしいかを判断する。
サインの受け渡し方法も限定される。
手渡しは受けつけない。
郵便を基本とする他人の手を解した手段でのみ、受け入れる。
管理者たちは、リストに載る者たちと直接会話することはないのだ。
リストの公平性を保つためとも、別の理由があるとも言われている。
多くの場合、これには何の問題もない。
例外は、リストに載りたいと希望した人間が誰かから狙われる立場にあるとき。
リストに載られてしまっては標的にしづらい。
他のリスト記載者からも、彼をヒットマンとして利用したい者からも不評を買うからだ。
そのため、彼を狙うものはストレートに命を狙う他、さまざまな妨害を仕掛ける。
もっとも多いのは、サインを渡させないようにすることである。
郵送などの手段はまず使わない方がよい。たいがい途中で無くなってしまう。
郵便機関の中にリスト記載者や敵対する人間の味方などがいることも多いからだ。




さて今回は、ある人物が『サイン帳』に名を載せた時のお話をしよう。
その人物は、先日、派手な事をしたために、早くも組織単位の敵を作ってしまっている。
『サイン帳』新規記載へのお話。
舞台はまず、一人の女の子が登場したところから始まる。
彼女は「みのり」。
小学校5年生。
あたしもそろそろ大人ねーと思い始めている、まだまだコドモな女の子だ。
彼女は大人びた服装や茶色に染めた髪を好み、女の子グループの女王のように振舞う。
だが、一歩外に出れば、必死に背伸びをしているだけのただの女の子だ。
彼女の自慢は友達が多いことである。
同じクラスになった人は全員が友達。
塾で話したことがある人は全員が友達。
たまたま出会って口を聞いた人はもう友達。
なんともまあ、お友達の意味が広い。
確かにこれなら、ともだち100人できるかな、などという歌もぐっと現実味を帯びる。
そんな彼女が示す友情の印は、ご自慢のサイン帳。
誰かれなく差し出すそれは、すでに二冊目に突入した。
プリクラ帳をかねたもので、いかにもコドモっぽいキャラクター物である。
彼女は今日、大変ご機嫌斜めだった。
今どき、彼女くらいの年頃でも、「カレシ」と呼ぶ異性の相手がいる子は多い。
みのりにもカレシがいる。
一つ上の学年の、なかなか顔立ちのよろしい男子だ。
だが、どうも他の子のカレシたちにくらべ、彼女のカレシはノリが悪いようなのだ。
今日、カレシは他の男子と約束をしたからと、今週末にデートしようとの誘いを断った。
みのりは、すっかり機嫌を損ねて学校を後にした。
すごい勢いで歩くみのりを、何人かの人が不思議そうに振り返っていく。
ぷりぷり怒りながら、みのりは英会話塾へと向かった。
今日は週一の英会話の日なのだ。
叩きつけるようにドアを開く。
そのまま勢いよく入りかけたみのりは、びっくりして立ち止まった。
目の前に、人がいる。
「ちわ。」
にこっと笑いかけてきたのは、初めて見るお兄さんだ。
みのりは突然のことに驚いてしまい、小さくお辞儀するのが精一杯だった。
脇に避けてくれたお兄さんの横をすり抜けて、中に入る。
なかなかにイケメンなお兄さん。
教室に入ったみのりの元に、取り巻きの女子たちが駆け寄ってきた。

「みのちゃん、見た?」
「見た!玄関にいた人でしょ? よくなーい?」
「いいー!」

女の子たちはきゃいきゃい騒ぐ。
そこに、奥の部屋から英会話塾の先生が現れた。
玄関に向かう先生の背中。見送りながら少女たちはそろって廊下をのぞきこむ。
先生は玄関に着くと、お兄さんと二言・三言の言葉を交わし、さっさと戻ってきた。
先生の後ろでは、イケメンなお兄さんが玄関を出て行くところだ。
みのりたち、おませな女の子たちはいっせいに落胆した。
玄関のドアが閉まったとたん、女の子たちは一斉に廊下に飛び出した。
「先生!今の人、誰?」
先生を取り囲み、口々に声をかける。
「お客さんだよ。」
声は、玄関の外からやってきた。
再びドアが開き、ひょっこり笑顔が現れる。
さっきのお兄さんだ。
まだ玄関の外にいたらしい。ドアを少し開けて、顔だけ中に差し入れている。
思いがけない出来事に固まる少女たちの中で、みのりだけが、すぃと前に出た。
「日本語わかるの?」
お兄さんの瞳をまっすぐに見つめて問いかける。
みのりの目の前で、お兄さんは愉快そうに髪をかきあげた。
「わかるよ。俺、日本人だし。」
そう言うお兄さんの髪は茶髪とも金髪とも少し違う、アッシュグレイ。
肌も色白だったせいで、外国人なのかと思ったらしい。
予想が外れてしまったせいか、みのりは少し不機嫌な調子でさらに問いかけた。
「何しに来たの?」
「君に逢いに。」
さらっと言い、お兄さんはさわやかに微笑む。
くらり。
みのりの胸が高鳴った。
突然のこの台詞、口説かれ慣れていない小学生にはかなり刺激的だ。
「一回外に行くけど、今日は俺も一緒にレッスンだから。」
ウインクを残してお兄さんは顔を引っ込めた。
あとには、呆然と立ちつくす顔の赤いみのりと、何事かと騒ぐ女の子たち。
その日の塾はこの話題でもちきりとなった。
お兄さんは先生の知り合いの知り合いだとかで、今日の特別講師である。
「Hi,everyone.Nise to meet you.」
イギリス発音だというお兄さんの英語は、とても綺麗で聞き取りやすい。
「「ないすとぅみーちゅー。」」
声をそろえる子供たち。
「なんでみのちゃんに会いに来たのー?」
どこからか、元気な女の子が声を上げる。
みのりはまた真っ赤になって照れ笑いだ。
どうせ冗談だというのはわかっても、やっぱり照れくさい。
「なぜかって? ん〜、Because ●×◎▲★□.」
早口の英語。
ビコーズ以外が聞き取れなかった子供たちの頭上に?マークが浮かぶ。
それを見ておかしそうに笑うお兄さん。
先生が、『彼女がとてもかわいくてキュートで僕の好みだからさ』と訳してくれた。
きゃーやらひゅーやら、お約束どおりの反応を示すみんな。
みのりは恥ずかしいような誇らしいような気持ちで笑った。
全員がお兄さんに気を取られつつ、本日のレッスンは無事終了。
終了後、子供たちは待ちかねたようにお兄さんを取り囲んだ。
お兄さんはニコニコと子供たちと言葉を交わす。
相手にするのはみのりだけではない。みんな同じように声をかけ、質問に答えている。

「何で今日だけ来たの?」
「一緒にプリクラとろー!」
「先生は何歳ですか?」

寄ってたかって騒ぐ人垣を押しのけて、みのりもお兄さんに近寄った。
「すいません!これ書いてください!」
差し出したのは、ご自慢のサイン帳。
「いいよ。」
お兄さんが、くすっと笑った。
さらさらと。
ペンが滑らかにすべる跡。
筆記体の英語で書かれた名前を、満面の笑みで見つめる。
そんなみのりの肩に手を置いて、お兄さんは笑顔で言った。
「ねえ、もう一枚書かせて。」
きょとんとするみのりの手から、サイン帳を取り上げる。
次のページを開き、もう一枚、名前らしきものを書く。
どうやらさっきとは違う名前のようだ。
なんだろう。
不思議そうに見上げてくる瞳にウインクをし、お兄さんが言った。
「みのりちゃん、彼氏いるんでしょ。これ彼氏に渡してね。」


家に着き、自分の部屋に戻った彼女はさっそく携帯電話を取り出した。
登録ナンバー000。
一番最初に入れてある、カレシの家の番号に電話する。
今日は何分話せるだろうと時計をながめる。
携帯を持っていないカレシとの会話は、いつも最小限。
《もしもし?》
珍しい。
みのりは笑顔全開で電話の向こうからの声を聞いた。
電話に出たのはカレシ本人だ。いつもは母親に取り次いでもらうことが多いのに。
「もしもし、カズ?ミノでーす。」
《ああ、どうしたの?》
「今日、ミノ塾行ったでしょー?お客さん来たんだ、すっごいカッコいいの。」
《男?》
「当たり前じゃん。」
《男が来ても別にうれしくないよ俺は。》
「や、本当にかっこいいんだって。サイン帳書いてもらっちゃった。」
《へぇ〜。》
「で、なんかね。彼氏の分も、って書いてくれたんだけど、いる?」
《…いる。》
「珍しいー。 なんかねー、英語で書いてあるの、名前だけ。明日あげるね。」
《うん。いや、今日もらう。今から遊べる?》
「遊べるー。」
《じゃあ行くわ。》
ぷつりと電話が切れる。
何とも珍しいことに、向こうからのお誘いだ。しかも、彼から会いに来るなんて。
みのりはますます上機嫌にサイン帳をめくる。
やってきたカレシくんは、30分ばかり一緒にゲームをやって帰っていった。
まだ来たばかりなのにとだだをこねてみたが、夕食時だから、と言って去る。
かわいらしいサイン帳の一ページをふところに、カレシくんは帰り道を急ぐ。
歩きながら、彼は持っていないはずの携帯電話を取り出した。
メール画面。
あて先は、先日『サイン帳』と呼ばれるリストへの記載意思を示してきた男のところだ。
自分よりいくつか年上の、まだ若い男だった。
すばやく指を動かす。
メールの件名は【記載完了のお知らせ】。
少し迷って、内容の入力画面にも一行だけ書いて送った。

【怒っています。】

ほどなく、着信音が響く。件名は【Re:】。
開くと、一言、【ん?】とだけ記されていた。

【あいつ使った事。こういう関係は利用しないでください。】

慎重に、慎重に。
みのりの名やどういう関係かを出さないように気をつける。
どこでメールが盗み読まれているかわからないのだから、用心しなくては。
相手からの返信はすぐに来た。

【ごめんごめん。俺、敵多いし。これが一番安全かなぁと思って(≧▼≦)ゞ】

のんきな顔文字にキレかける。

【あいつ狙われたらどうするんですか。】

一押しごとに力をこめて送ってやる。
みのりを利用した受け渡し方法を提案されたときは、本当に驚いた。
もっと驚いたのは、自分の親がそれを認めたことだ。
手渡し以外なら、受け渡しの方法は何でもいいからだと言う。
いくら他人の子とはいえ、こんな受け渡し役をやらせるなんて心配じゃないのか。
普段はめったに意見など出さない彼だが、さすがに今回は抗議した。
もっとも、聞き入れられることはなかったが。
着信音が響き、メールが届く。
深呼吸をして開くと、再び顔文字交じりのタメグチ文が顔を出した。

【悪かったって(。_。;)
 とにかく、登録完了!ってことで。んじゃ、お父さんお母さんにもよろしくねー。】

【確かに記載完了しました。おめでとうございます。】

思い切りため息をついて、最後のメールを送信する。
現在『サイン帳』をとりしきる一家の長男坊は、小学六年生。
自分と親しくなった人には危険が及ぶことがあるとよーくわかったけれど、
友や彼女と別れたくはなし。
どうしていいのかわからないので、とりあえず石を蹴っ飛ばす。
いろんなことへの答えを出せるようになるには、彼はまだまだ幼い。
去りゆく男子小学生の姿を橋の上から眺めながら、パタンと携帯電話を閉じた人影一つ。
夕日に映える携帯電話は、鮮やかな青のボディ。
最新機種の青い体には、白でおしゃれに「KID」のロゴが入れてある。
胸ポケットに滑り込む携帯電話。
次いで、両手をコートのポケットに突っ込む。
中にいる先客は、小さな銃。
毎度お馴染み.25ACP『ブローニング・ベビー』が、左右に一挺ずつ。
かくして例の人物は、一切の妨害を受けることなく、リストへ名を連ねることができた。
これにて、『サイン帳』新規記載へのお話はおしまい。

Fin.

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