Red green pepper

真っ赤なピーマンがあった。
つやつやとしていて、いかにもみずみずしそうである。
赤ピーマンは甘みが強く、緑のピーマンのような苦味はない。


白いコートの女の子がやってきたのは、街の大きなデパートの地下。
食品売り場になっていて、品揃えがすごく良い。
料理好きな彼女のお気に入りのお店だ。
一人でもよく来るし、彼氏と一緒に来たこともある。
青果コーナーをのぞいていると、緑色の視界に、パッと明るい赤が飛び込んできた。
つやつやと光る赤色に惹かれて、思わず立ち止まる。
ほほに手をあてて、ちょっと考えるおばちゃんのポーズ。
彼女はユキという名である。
今、誕生日に作るメニューを考えている。
5日後に迫った自分の誕生日。
この日は、久しぶりに彼も来れるという。
ちょっとわがままで勝気なところがあり、鮮やかなウルトラマリンの青が良く似合う、
とても大好きな恋人がユキの部屋にやってくるのだ。
彼がユキの部屋に来るのは、どのくらいぶりだろう。
先月は外で会っただけだから、家に来るのは二ヶ月ぶりほどだろうか。
何着て逢おう、何を作ってあげようと頭を悩ませるも、また楽し。
特に料理は得意なだけに、ますます力も入ろうというものだ。
その前日には友だちとパーティである。
友だちが、ユキの部屋に集まって前夜祭パーティをしようと誘ってくれた。
しかも、親友の子が言うには、久しぶりに会う遠方の友だちも来てくれるという。
この前夜祭パーティには、残念ながらユキが腕を振るう機会はない。
何にもしなくていいから、あたしたちが用意するから!と宣言されてしまったからだ。
物足りない気もするが、どんな集まりになるのか楽しみでもあった。
準備に参加しないパーティなんて初めてのユキだ。
わくわくしながら、指折り数える誕生日。
こんなに誕生日が待ち遠しいなんて、子供のころ以来だ。


目の前に、真っ赤なピーマンが並んでいる。
つやつやとしていて、いかにもみずみずしそうである。
大好きな彼はピーマンが大嫌い。理由は苦いイメージが強いから。
赤ピーマン。
パプリカとラベルされたこの野菜は甘みが強く、緑のピーマンのような苦味はない。
ユキは、好き嫌いが多い恋人のため、これまでにもたくさんの工夫を凝らしてきた。
どれも、自画自賛ながら上出来だったと思っている。彼女は料理がうまい。
カレーに入ったにんじんしか食べない彼。
それならばとにんじんたっぷりの、ものすごくおいしいカレーライスを作った。
にんじんケーキやキャロットポタージュも作った。
結果、彼はにんじんを食べ慣れ、見事にんじん嫌いを克服した。
これは成功例。
なぜかバナナが大嫌いな彼。
生バナナ以外に、市販のバナナアイスなどもことのほか嫌がる。
においがいやなのか、他人が食べていると近寄りもしない。というか、逃げていく。
バナナシェークにしてみた。近寄らない。
意外と美味い焼きバナナ。逃げちゃった。
チョコバナナケーキは? 食べようと努力はしてくれたが、最後は涙目で謝られた。
結局、バナナはアウトのまま。
なんでも
「歯も生えない赤ん坊の時から、歯茎を食いしばって口に入れなかった」
ほど嫌いらしい。しかたがないなぁ、ということであきらめた。
これは失敗例。
ほかに成功したのは、ベーコン入りのコンソメ煮で大好きにさせたキャベツ、
中華で攻めたチンゲンサイ、
ちょっと高価だったけれどがんばったマグロ。
どれも今では彼の好物になった。
一度おいしければ次からは喜んで食べてくれる。もともと食わず嫌いが多いから。
何も、好き嫌いが悪いわけじゃない。
ただ大好きな人によりたくさんの楽しみを知ってほしいだけ。
おいしいと感じるものが増えたら、その分、毎日が楽しいでしょ?
そんなことを考えて、ユキはせっせと新メニューを創るのだ。
今回はピーマンに挑戦というのはどうだろう。
つややかな赤ピーマンを手に、そう考えた。
赤ピーマンは、肉厚で、甘酸っぱい味がする。
皮に張りがあるものが良い。
ピーマンらしい香りはあるが、きつくはない。
青唐辛子は好きだから、香りは嫌じゃないんじゃないかな。
唐辛子はピーマンと同じ種類の植物なので、香りは似ている。
特にまだ若い青唐辛子は、少し変わったピーマンのようなにおい。
あれが好きなら、この赤ピーマンもイケるんじゃないだろうか。
つやつや光る赤いピーマンは植物らしくなく、まるでオモチャのようだ。
見た目も彼の好みそうな色彩だし、悪くない。

「なんにしようかな♪」

鼻歌交じりにつぶやけば、きれいな野菜はますます赤く。
彼女のほっぺもほんのり赤い。
ふわふわの白い手袋をぬいで、滑らかな手触りを確かめ、かごに入れる。
炒めようかな、ピザにしようかな。ピラフやパスタ、イタリアンがいいかな。
緑のピーマンみたいに肉詰めにしてみようかな。
満点の笑顔で食べてくれる彼氏を思い、ユキの顔にも笑みがもれる。
かごの中でことこと揺れて、真っ赤な野菜も笑っていた。

Fin.

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