Convertible

崩れそうなボロアパートを後にして、キッドは悩みつつ歩いていた。
オープンカーの、話?
何のことやらさっぱりだ。
普段なら、自分で探そうにも見当のつかない情報は圭介に頼む。
だが今回は圭介自身から求められたネタなのだから、そうもいかない。
しょうがなく、てくてくと住宅地の中を歩いていたときだった。

ある意味、オープンカー?

小首を傾げて見つめたのは、きゃっきゃとはしゃぐ男の子だ。
まだ幼稚園児くらいか、乗って遊べるおもちゃの車で走り回っている。
屋根が開いていて、車体の上から乗り込む形。
おーぷん、かー、かなあ……。
そんなことを考えて。
ついその子に近づくと、思い切り不審げな目でにらまれてしまった。
思わず立ち止まると、男の子が口を開く。
「なにっ!」
幼いながらに、何の用かときつい問いかけ。
誘拐事件も多い今日この頃だから、このくらいは警戒されても当然か。
「ああ、車見てた。ごめん。」
とりあえず素直に謝って、キッドはその場を去ることにした。
いくら何でも、この男の子が圭介の言う「ネタ」に関係するとは思えない。
一・二歩進むと、ガラガラガラと車輪の音が追ってきた。
さっきの男の子だ。キッドの前に回るとキキィッと言って止まる。
「ん?なぁに?」
今度はキッドが問う番だ。
男の子は、さっきとは別人のようにニコニコしていた。
「はいっ!」
何かを差し出す。
「くるま、すきなんでしょ!これもういらないからあげるよ!」
何かと思って手を出すと、小さなミニカーが乗る。男の子は満足げだ。
それはオープンカーの形をしていた。
ちょっぴり色がはげていて、ドアが一つないけれど。
ちゃんと屋根になる“ほろ”までついている、赤いオープンカー。
「いいの?」
何だかちょっとうれしくなって、自然と笑顔が浮かんだ。
男の子もうれしそうに、ヒマワリのような明るさの顔で笑う。
「いいよ!くるまずきどうしはなかまだ!!」
そう言って、男の子はもと来た道をガラガラと戻っていった。
手の中に残った、古ぼけたミニカー。
その赤い車体を見つめ、胸ポケットに納めた。キッドはまた歩き始める。
今日はついてるかも、などと思いながら。
それから、どのくらい歩いただろう。
時間にして約三十分後、国道沿いの歩道を歩いていたときだ。

一台の黄色いオープンカーが、すごいスピードで駆け抜けていった。

「あっ。」
思わず声を上げ、オープンカーの去っていった方を見る。
派っ手な車ー、などと思っている場合ではない。
考えるヒマもなく、キッドは車を追って駆け出した。
走りながら、何かものすごく無駄なことをしている気がしてきた……。
が、とにかく、今はしらみつぶしにオープンカーをあたる他はないのだ。
とはいえ、相手は自動車。しかもスピード自慢のスポーツタイプ。
どんなにキッドが俊足の持ち主だといっても、追いつけるわけがない。
結局、あっさり見失って立ち止まった。
息が切れる。
確かこっちの方に来た。だが、あの車を探して何になるのか?
答えは見えない。
圭介は『いいネタ』として『オープンカーの話とか』と言っただけだ。
だからそもそも、どこのどんなどういうオープンカーの話なんだー!
などと絶叫したくても、市街地のど真ん中なんだから、我慢我慢。
とりあえず息を整えて、キッドは天を仰いだ。
そして思わず、声に出してしまった。
「わぁーお、また来たー。」

今度は巨大なオープンカーが、遠くの方からこちらを見ていた。
キッド好みの深くて鮮やかな青色をしたオープンカー、の看板が。

あらためて、看板に向き直る。
目を細めて見やったキッドは、ん?と軽く疑問の表情になった。
今何か、光ったようだが?
もう一度、今度は気をつけて見る。正体不明、だが何かがある。
あれは、なんだろう?
ここへ来て初めて、キッドは、勘というか、ピンと来るものに出会った。
また光る。やはり何かあるが、ここからではよく見えない。
とにかく近づいてみるのが一番だ。キッドは看板の方へと走り出した。
……。
………。
…………。
「って、遠いッちゅうねん!」
思わずわけのわからんツッコミを入れるほど、看板は遠かった。
巨大だったせいで、もう少し近くにあるように錯覚をしていたのだが。
徒歩では時間がかかる距離だ。日が暮れる、とまではいかないが。
「疲れた〜。」
汗をぬぐいつつ、たいして疲れてもいないような顔でつぶやく。
どうやらさすがのキッドも、あそこまで徒歩というのは嫌らしい。
そのとき。
突然、思い出したことがあった。
あの看板の上にもし登ったなら、よく見えるであろう場所がある。
「……警察署じゃん、あの辺。そうだよ、中、見えるんじゃねー?」
ひとり言、のち、慌てて周囲を見回す。
幸い周りには人の気配はなく、誰にも聞かれなかったようだ。
なぜか、とても大事なことに気づいた予感がした。
路線バスなら、目的地のすぐ側まで10分もあればたどり着く。
バス停留所は警察署の前にあった。
看板は建物の裏側、やや横手に立っている。
間近で見るとかなり大きい。圧迫感があるほど巨大な看板だ。
キッドは、看板の下から光っていた辺りを見上げた。
特に何もない、ように見える。
だが何かある、ように思える。
遥かな高みからキッドを呼ぶのは、青くて巨大なオープンカー。
しばし迷っていたが、結局、キッドはこう決断した。
「登っちゃいますかっ。」
危ないよ!
などという忠告はいらない。
だって彼は、危険の意味など忘れるくらいのブローニング・キッド。
巨大看板の足を支える建物にさっくり侵入し、屋上へ向かう。
屋上に出れば、看板はもう目の前だ。

08(1) ←      → 08(3)

前書  EXIT  TOP


inserted by FC2 system