Convertible
看板を支える足の部分は、白くて滑らかな鉄の柱だった。
屋上から看板の板までをつなぐ柱は、3mほどの高さがある。
登りにくそうな太い柱だ。さて、どうしたものか。
まだかろうじて朝と呼べるくらいの早い時間。
時間帯も幸いしてか、周囲に人の気配は無い。
人目が無いのをいいことに、キッドは看板の足を全部調べて回った。
誰かが見ていたら、不審者丸出しだ。
すると、そのうちの一本にハシゴのように登れる場所を見つけた。
柱にコの字の開いた側をくっつけたような鉄の段が生えている。
段は、看板の内側まで続いているようだ。
さっそく登り出す。
身軽なキッドさまが看板の内側に入るまで、ものの数秒。
内側は、意外と明るい世界だった。
看板が壁のように四方を囲む、天井のない部屋に似た空間。
それ自体が建物のようにも見える、巨大な立体広告だ。
遠目にはわからないが、板と板の間には指二本分ほどの隙間があった。
上からの光にくわえて、隙間からも光が差し込んでいる。
空間の中から見上げると、看板の裏は細い鉄骨で支えられていた。
看板を取替えるときのためだろうか。
鉄骨は思った以上に登りやすく組みあげられている。
まるで、鉄のジャングルジムだ。
ところどころに、網目状の鉄板でできた足場のような場所もあった。
登るルートを思い描いて、天井のない部屋を見渡す。
下からのぞいたときも確認したが、やはりここにも人の気配はない。
目指すは……、どこだ?
外から見たときに、何かあるように思えた辺りを探す。
鉄網の足場の一つに、それはあった。
「発見。」
含み笑いでつぶやいて、素早く近づいていく。
ひょいひょいと登ること、約ビル三階分の高さ。
カン。
軽い足音を立てて問題の場所にたどり着く。
遥かな高みからキッドを呼んだ物の正体とは?
ひょい、と無造作に拾い上げた。
キッドの手の中で、ずっしりとした重みが冷えた感触を伝える。
チャキッ。
スコープをのぞき込んで、猟師か狙撃手のポーズ。
「ゴ●ゴ13、……うそ。」
あまりに似合わないモノマネなんかしたせいだろうか。
ちろっと舌を出し、誰もいないのに照れ隠しまでしてしまった。
発見した物は、すらりスマートな形がキレイな長い銃だ。
だいたい1mちょいのナイスバディ。
木製パーツの色合いが美しい。
この形は、明らかに、遠い標的を狙い撃つためのもの。
その証拠に、遠距離を狙うためのスコープも付いている。
何か光った気がしたのは、きっとスコープに反射した陽光だろう。
コイツの獲物は遠くにいるらしい。
では、どこを狙うつもりだったのか?
しっかり設置していてくれたなら、狙っている目標はすぐわかる。
だが今回発見したとき、銃はどこを向くでもなく寝そべっていた。
設置というより、ちょっと置いてあるといった感じだ。
首をひねる。
人目に付かない場所とはいえ、あまりにも無防備すぎる。
すぐ近くに持ち主がいると考えるのが自然だろう。
だが。
この銃を置いたはずの人間は見当たらなかった。
形跡はある。
キッドは足元から赤い缶を拾い上げた。
冷え切った、飲みかけの缶コーヒー。
見逃しそうな片隅に『ホット専用』と書いてある。
中身は半分ほどが入ったままで、揺らすとちゃぷちゃぷ音がした。
もとは熱かったはずの缶をそっと元に戻す。
たぶん、人がいたのだろう。
コーヒーが冷めるくらいの時間は、ここを離れたままでいる。
しかし、持ち込んだ武器を片付けていくほど遠くには行っていない。
もう一度銃を見る。
ボルトを手で操作して弾を装填・排莢するタイプの銃だ。
次弾発射可能までの時間はセミ・フルオート式の銃より格段に遅い。
簡単に言うと、連発ができないタイプの銃だ。
毎回自分で弾やら何やらをつめなおさなければ、次が撃てない。
ということは、おそらく、コイツの目標はピンポイント。
たった一人、またはたった一つの標的を撃つために用意されていた。
目標はどこだ?
発見場所の周りを中心に、上下左右、素早い視線を走らせる。
ふと、上下に並んだ板どうしの隙間に、違和感を感じた。
近づいてよく見ると、下の板に不自然なくぼみがつけられている。
まるく、無理やりへこませたような。
もう一度さっきの銃を拾い上げ、くぼみに当てると……ジャストフィット。
銃を戻して、くぼみの辺りから外をのぞいた。
やはり。ここに来る前、直感的に思い出した場所が見える。
警察署の裏だ。
こっちの方が高いから、『よく見える』というところまでは当然ではある。
だが、塀の中まで思いっきり丸見えなのはいかがなものか。
キッドの目に、何やら動く人々が映った。
ちょうど署内の留置所にいる人々が、朝の運動に出る時刻のようだ。
おや。
何やら、おびえるようにきょろきょろしている人物が一人。
周囲にはなぜか警官がいて、彼をガードしているようにも見える。
何か引っかかるものを感じながら、もっと観察しようとしたときだ。
物音が聞こえた。
すっと板の隙間から目を離し、下を見やる。
建物から屋上へ出るためのドアが開いていた。
人影はまだ、出てはこない。
ただ、入り口で何か話しているのが聞こえる。
二人? いや、三人だ。
耳を澄ましていたキッドは、さっと辺りを見回した。
部屋の角にあたる部分には太い鉄骨が多く使われている。
重なり合う鉄骨に乗れば、下からは死角になりそうだ。
判断は一瞬で決まる。
キッドは、音もなく、呆れるほどの素早さでその場を離れた。
より高いところへ。
先程の場所より一・二段高い位置の角を目指す。
数秒後、ドアの中から三人の人物が現れた。
三人の人物が看板の内側を見上げた頃。
すでにキッドの体は、ひときわ太い鉄骨の陰に吸い込まれていた。
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