Convertible

※ caution!! ※
 この先には、流血・死体の描写が含まれています。
 血や大怪我が苦手な方はご注意を!

足をもつれさせながら、必死で逃げる人影を見送る。
まあいいか、とキッドは視線を外した。
とりあえず自分を知っていたようだから。
邪魔したのが誰かわかれば、何か言ってくるだろう。
宣戦布告ならいつでも歓迎だ。
風が、吹き抜けていった。
四方を看板の壁が囲む、四角い空洞の中に。
かすかに浮いていた汗が風を受けてひんやりと冷える。
なぜか思い浮かんだのは、初めてまともに銃を使ったバトルのこと。
また、風が吹いた。いつかと似た風。


手に取ったのは、看板に描かれたオープンカーとよく似た青。
携帯電話を開き、圭介のナンバーを呼び出す。
圭介が出るまでコール音を数える、1回、2回、3回目。
≪もしも〜し。≫
「ひでーよケイさんっ、最初っから知ってること全部言えよ!」
網目の鉄板に座り込みながら、軽く言葉でかみつく。
圭介は笑いながら答えた。
≪おいおい、人聞き悪いなぁ。俺が何したってのよ。≫
いかにも、意外でたまらない、という風に。わざとらしいズルイ響き。
「こんなめんどくさいことさせないで、そのまま言えばいいのに!」
≪何を〜?≫
低音で問い詰めるキッドに対し、圭介はとぼけた声だ。
≪ところでさ、お前、今どこにいる?≫
突然、圭介が問いかけてきた。
ひゅるり、風を受けながらキッドは視線を上げる。
板と板の隙間、指二本分ほどの空間へ。
すると、さっき謎の男たちが狙っていたはずの場所が見えた。
朝の運動の時間はそろそろ終わりらしい。
「ケーサツの裏……、つーか留置所がやたらよく見えるとこ。」
≪あー、直後か。ご苦労さん。≫
これはこれは。
圭介はさらっと言ったが、全てを知る者にしかできない発言だ。
どう考えてもここはツッコむところだろう。
「やっぱ知ってるし!だいたい、なんでオレにやらせたわけ?」
というわけで、心置きなくツッコミを入れる。
圭介からの返事はなかった。
携帯電話から伝わるのは、ゆるい沈黙だけ。
やがて圭介は、ゆっくりした口調で話し出した。
≪お前が絡んだとなれば、誰だって、そうそう手は出せないだろ。
 あのおっさん…狙われていた人も、安心できるってことだ。≫
「ふーん?……じゃ何で正式な依頼じゃないのさ。」
≪お前に『正式な依頼』ができない人からの依頼だったんだな。≫
何か、自分で勝手に納得しているような話しぶりだ。
キッドはきゅっと眉根を寄せた。
「意味わかんねー。あと、誰?あの人。」
≪ん〜?≫
「ね・ら・わ・れ・て・た・ひ・と!」
怒りながら念を押す言葉は、スタッカートの弾ける響き。
そんなキッドの勢いに苦笑をもらし、圭介の声が応じる。
≪まぁまぁ細かいことは気にすんなって。人助け、人助け。≫
「何が!?」
とんだ争い事を引き起こしておいて、何が『人助け』だか。
当然、キッドだって納得はいかない。
≪ヒト一人救ったろ。いいことしたね〜。≫
幼い子どもをあやす口調で圭介が言う。
キッドは、遥か下の方をのぞきこんだ。
コンクリートの屋上に落っこちた二人はぴくりともしない。
きっと近くで見れば、目や口から血の泡を噴いているだろう。
高いところから落ちた液体は衝撃で泡立つ。
人の体内にある血液も例外ではない。
「二人殺ったー!!全然ダメじゃん!」
座っている鉄の網板をガンガン打ち鳴らしながら言ってやる。
電話越しに伝わる雰囲気が、ふっ、と変わった。
≪大丈夫。お前は何千・何万人を助けたんだからさ。≫
ほんの少し真面目な声で、圭介が語りかけてくる。
ようやく本筋にかかわりそうな発言が出てきたようだ。
しかし、これだけでは意味がわからない。
「は?」
短く聞き返すと、圭介はこう尋ねてきた。
≪合成麻薬って聞いたことないか?≫
もちろん知っている。
ただ、使ったことはないし、使おうとも思わない。
薬なんかなくたって十分に人生を楽しめるキッドには無縁の品だ。
「聞いたことはあるけど、『MDMA』ってやつ?」
≪それは今流行ってるやつの名前だな。
 今回のは別物。合成麻薬っつっても一種類じゃないんだ。≫
ガサガサと何かの音をさせながら、圭介が答える。
「あー、それくらいはわかるけど。で?」
もっと詳しく、と先をうながす。
だが、帰ってきたのはこんな言葉だ。
≪ま、詳しい話は帰ってから。昼飯食わしてやるからウチおいで〜。≫
最後に聞こえたのは冷蔵庫のドアが閉まる音。
電話はここで切れた。結局、家まで行くしかないらしい。


携帯電話を閉じてから、しばらくの間、黙って風に吹かれていた。
どうも、してやられた。
圭介の家で欲しがったもののことだ。
あれはほんの数週間前、一度は手にした拳銃。
あの日は放り投げてしまったけれど、ずっと気になっていた。

「惜しかったなあ、アレ。持ってくればよかったぁ〜。」

そんなことを言った気がする。
確か危険なゲームの翌日、圭介の家で。
今朝の、圭介の部屋。
圭介が触っていた銃と、圭介自身の姿を思い出す。
今にして思えば不自然だったような気がする。
何でわざわざオレの前で銃の手入れをし出すのか、という話だ。
普段、圭介はキッドに、あまりいい銃を見せたがらない。
一度ブローニング・ベビーを強奪頂戴して以来のことだが。
圭介が手入れしていたのは、二挺の同じ銃だった。
総弾数は一挺につき20発。
大きさ・重さともにキッドの銃とくらべると約1.8倍はある。
鋭くとがった独特の弾丸は、硬い物を貫き、軟かい体内で暴れる。
厚手のボディアーマーをもぶち抜く威力の持ち主だ。
かつてジェミスターという男が使ったのと同じ拳銃、その名は『57』。
ブローニング・ベビーと同じ『FN』を冠に持つ、『FN ファイブセブン』だ。
今はまだ使うことはないだろう。
だが、もしかしたら、いつかは。
そんなことを思ってか、ずっと心のどこかに引っかかっていた。
その『57』が、目の前で手入れされている。
しかも二挺使いのキッドに合わせたかのように、二挺そろって。
欲しがらないわけがない。
要するに、最初からすべて圭介の策略だったということだ。
上手いことキッド自身の意志で動くように。
しかも背後に隠れた圭介の気配が出てこないように。
キッドにしてみれば、まんまとエサに釣られたことになる。
そう思うと腹立たしいやら悔しいやら。
だんだんと増す敗北感。
二・三回ほど頭を振り、キッドは重い腰を上げた。
足場から足場へ、鉄骨から鉄骨へ飛ぶように降りていく。
下まで降りると、さっきのお二人さんがお出迎え。
うつぶせにごろんと転がっている一体を足先でひっくり返してみる。
思ったとおり、顔中の穴から血の泡が噴き出していた。
朱色に濁った目がうつろなまま開かれている。
歯とコンクリートにはさまれ、唇が引きちぎれかけた半開きの口。
衝撃で折れたのか、いくつかの歯が根っこをさらしていた。
一瞬、目をそらして。
キッドはすっかり機嫌を損ねつつ、圭介の住むアパートに戻った。

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