Convertible

どかどか階段を踏み鳴らし、圭介の部屋に向かう。
乱暴な勢いでドアを開けると、部屋の主が温かく出迎えた。
「おかえりー。」
胡散臭いほどさわやかな笑顔である。
「おかえりじゃなくて、何かオレに言うことない?」
キッドの方はひたすら低音の声。
圭介は笑いをこらえるように頬をひくつかせて、首を横に振る。
「とりあえず入れよ、今日は鍋だよ鍋。美味しいよー。」
心底楽しそうな、圭介のにやついた顔。
昼間っからナベかよッ!とツッコむ気にもなれない。
にらみコロス!とばかりに鋭い視線を突き刺したが効果はゼロ。
へらへらしている息に、かすかなアルコールの匂いがする。
部屋の中には、空っぽの缶ビールが二個ほど転がっていた。
どうやら少し酔っているらしい。
まっ昼間っから酒かよッッ!と怒鳴る気も起きなかった。
「さっきの話なんだけどな。」
部屋に入ると、圭介が話しかけてくる。
キッドは無言でうなずいて見せた。
さっきの話とは、携帯電話で言いかけた合成麻薬のことだろう。
キッドが連想したのは、現在最も出回っている『MDMA』だった。

「今回のは完全に新式の薬さ。その辺のとは化学式も全然違う。」

まだ未完成で、仮に『オープンカー』と呼ばれていた物質がある。
新式の合成麻薬だ。
圭介によれば、まだ出回るどころか完成すらしていないという。
この名を知っているのは開発者たちのみ、のはずであった。
それがもれ出したのはつい昨日のこと。
開発者の一人が良心に目覚め、警察に駆け込んだらしい。
良心なのかどうか、本当の事情はともかく。
その人間は警察の保護・監視のもと、留置所に入ることになった。
裏切り者の口から製法や密売ルートが暴かれては困る。
おそらくはそんな理由から狙われた男を、今日、キッドが助けた。
『オープンカー』は若者を狙った新製品だったらしい。
原料の入手や薬自体の生成に手間がかからず、量産もできる。
結果的にコストが安くなり、売値も低くできるわけだ。
大量に売りたいならば、まさに理想的。
その上、効き目もいい、らしい。しょせんは偽物の快楽でも。
そして。
何より恐ろしく、何より開発側のセールスポイントとなったのは。
習慣性である。
この新式の合成麻薬は、恐ろしいほど習慣性が強いというのだ。
効き目が切れればすぐ欲しくなる、耐えられない禁断症状。
飲めば飲むほど欲しくなる、使えば使うほど欲しくなる。
一度使えば逃げ出せない。
地獄の底までハイスピードで運んでくれる、死神オープンカー。
運転手は死と破滅。残るのはズタズタになった元・人間だけ。
これこそ、圭介が言った『オープンカー』の正体だった。
「パーッとオープンな気分になれて、しかも効き目は即効性。
 オープンで早い、で、仮称が『オープンカー』。」
鍋を取り分けるための器を準備しながら、圭介が言う。
「だっさぃ。」
一言で切り捨てるキッド。もちろん、何も手伝わない。
「まぁ、そう言うなよ。こーゆーの考えんのはおっさんだからさ。」
自分もおっさんくさい口調で言って、圭介が笑った。
キッドはますますご機嫌ななめだ。
ほい、と渡してきた器を受け取り、座ったまま圭介をにらむ。
それからキッドは、何か文句の一つも言ってやろうと口を開いた。
その口に絶妙なタイミングでハシをくわえさせ、圭介も席につく。
やられっぱなし。珍しく、負けて悔しいキッドなのだった。
今日の昼ご飯は寄せ鍋である。
どうやら二人前以上の量で作られているらしい。
ぐつぐつ、鍋はおいしそうな音を立てている。いい匂いだ。
「合成麻薬なんてどんどん新しいのが出てくんじゃないの?」
鍋の中をのぞき込みながら言ってみる。
キッドの声に、圭介はちらりと視線を上げた。
「まぁな。」
「だったら、一個くらい邪魔したって変わんなくない?」
素直に思ったままを言葉にする。
なぜ圭介は、自分を使って、さほど効果のないことをさせたのか?
味噌仕立ての汁の中にハシを入れながら、キッドは考える。
どうせなら合成麻薬を扱っている組織ごと壊した方が早いだろう。
取引ルートをつぶすなら、自分より圭介の方が得意なはず。
今回の話、どうも納得ができない。
ぱく。
一番おいしそうな肉を選び、食いついた。
「焼け石に水なのはわかってるけどさ。ま、いいんじゃないの。」
圭介が答える。
こちらは鍋よりビールを楽しんでいる様子だ。
ちなみに、キッドは未成年なので飲み物はお茶である。
「いつからそんな正義の味方になったわけ?」
「ふっ、んなわけないだろぉ、この俺が。」
得意げに揺れる圭介の手は、指で輪を作って『お金』の仕草。
圭介がこれをやるのは本当にかなりの高額が入ったときだけだ。
「あーっ!きったねー!」
キッドが叫ぶ。
「オレにタダ働きさせといて、自分はそんっなにもうけたわけ?」
怒りながらも肉を取る。
もう一つ肉を取る。
連続で肉を取る。
「んま、そうなるかね。……野菜も食え、野菜も。」
冷静に答えながら圭介が選んだのは白菜。
キッドの器に放り込む。
「『そうなるかね』じゃねーって!」
白菜を鍋のど真ん中に戻しながら、キッドが叫ぶ。
ドンと足を鳴らし、階下の住民にも迷惑のおすそ分けだ。
「だーから、ご褒美やっただろ。」
ぐっ。
言葉に詰まる。
視線を落としたキッドの側には、しっかりと箱に入った『57』たち。
しぶしぶ、キッドは口をつぐむしかなかった。
勝ち誇ったかのようにネギを口に入れ、圭介は笑っている。
「 くぅー…、誰に頼まれたんだよぅ。」
悔しまぎれに依頼人を問う。だが、圭介は答えない。
珍しく大人しいキッドをつまみに、くすくす笑ってビールをゴクリ。
勝利の美酒というやつか。そう思うと、また腹が立つ。
「ああ、ちょーどいいや。」
そのとき、圭介が何かに気づいた様子で指さした。
「あのマークの人からさ、依頼。」
指の先にあったのは、テレビ。ニュース番組の途中のようだ。
「うそぉん。」
圭介が示す場所に目をやり、顔をしかめてぼやく。
レポーターの背後に映る建物に、ソイツはくっついていた。
それは、桜の紋章。
ちょっとゴツくて金色の、どっかで見たような桜のマーク。

Fin.

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