Garbage box

塾の帰り道。
僕は、バス停で乗るべきバスを待っていた。
当時、小学生。三学期も終わりに近づいた頃だったか。
広いバス通りをはさんだ向かい側のバス停に人影が現れる。
寒そうな格好でバスを待つ女子高生。
この寒い時期に馬鹿みたいに短いスカートで、上着も着ずにマフラーだけ。
誰に何を見せたいんだか知らないが、僕には関係のない人種だ。
くだらないと決めつけてろくに見もせずにいたら、ひゅうっと冷たい風が吹いた。
「意地悪だねぇ♪」
ひどく楽しそうな声が聞こえた。
眉と眉の間にしわを寄せて振り返ると、同級生くらいの男子が一人。
一瞬誰だかわからなかった。
普段とは異なった、同い年とは思えないような大人びた服装のせいだ。
顔を見てクラスメートだとわかったが、突然の登場に少なからず驚く。
だいたい、何が意地悪なのか。僕のことなのか。
「何が。」
短く言ってやった。
彼は答えずこう言った。
「よぉっ、奇遇だねぇ。」
とりあえず挨拶でお茶を濁されたかっこうだろうか。
確かに、こんなところで会うとは奇遇ではあった。
学校以外で出会うこと自体が珍しい相手だ。別に親しい仲でもない。
実のところ、僕はこのお調子者があまり好きではなかった。
ますます眉間のしわを濃くする僕だったが、あいつは気にも留めない様子で。
後ろから近づいてきたかと思うと、いきなり肩を組んできた。
馴れ馴れしい。
今日は大切な日なのだから、邪魔をしないでもらいたいものだ。
「意地悪じゃない?今の風。」
唐突にあいつが言う。
耳元でささやく口ぶりに少しぞわっとした。
「風。」
馬鹿みたいに繰り返す僕に、あいつは笑ってこう言った。
「きれいなおねーさんが生足出して立ってんのに、冷たぃっ。」
あほだ。
僕は思い切り侮蔑の視線を浴びせてやった。
道の向こうではさっきの女子高生が震えている。
まもなく、あっち側のバスがやってきて女子高生を拾っていった。
向こうで信号が変わったのか、何台かの車が通り過ぎていく。
ヘッドライトが真っ暗な道路の先に向けて消えていった。
「バス遅いなー。」
白い息を吐きながらあいつが言う。
バスが遅れるのはいつものことだ。
5〜10分間の遅れ。
道が凍るこの時期にはこれが常識で、僕には当たり前のことだ。
どうせ、普段バスに乗ることがないからわからないんだろう。
無視を決め込んでいたら、バスがやってきた。
乗ろう。
「あれ、これ乗んの? これ違うじゃん。」
ああ、うるさい。
邪魔者をにらんでいると、ぷしゅー、と聞きなれた音がした。
しまった、と思ってバスを見ると、ドアを閉めて動き出している。
こいつのせいだ。
「……。」
改めてにらみつける。
たぶん、よほど殺気だった顔をしていたのだろう。
「悪りぃ、ごめん、すんません。怖い顔すんなって。」
あわてたように謝ってきた。
腹立たしい。
「なぁ、」
図々しくも、また話し掛けてくる。
無視したら、きっとしつこく声をかけてくるだろう。
仕方なく相手にしてやることにして、返事をした。
「……何だよ。」
「あのバス、俺らの家の方と全然別んとこ行くやつだったよな?」
のんきな口調で奴が言う。
そんなことはわかっている。
今日の僕にとっては、どのバスでもよかっただけだ。
そもそも、バスに乗ろうとした相手の邪魔をしたのに謝りもしないなんて。
何か用事があってあのバスに乗らなければいけなかったのかもしれない、
そんな可能性を考えないのだろうか。
頭痛がするほどいらいらしながら、僕は次のバスを待った。
幸か不幸か、というのはこのことだろうか。
次に来たのは、僕やあいつが住む地区へのバスだった。
今度は呼び止められる心配はない。
だが、しかし。
当然、あいつも乗り込んでくる。
堂々と隣りに立ったあいつに心底めんどうくさい気分になりながら。
僕はバスの揺れに身を任せた。
はやく、はやく。
心の中でバスを急かして、どこで降りようか、そんなことを考えていた。
窓の外、見慣れたいつもの町並みが過ぎ去っていく。
どこで、降りようか。
無意識にきつく唇を噛んで、窓の外をにらむ。
隣りであいつが何かしゃべっていたけれど、内容は覚えていない。
ただ、声変わりしかけたハスキーな声が意外と聞きやすかった記憶がある。
降りる決心がつかない。
ぐすぐすしているうちに、バスは、僕が通う学校の前に差しかかった。
降りるなら、今だ。
心の中で(えい!)と勢いをつけて降車ボタンを押す。
「あれ? 藤原もここ?」
隣りであいつが疑問系の声を上げた。
……『も』?
こいつもここで降りるのか。最悪だ。
うんざりしつつ、僕はあいつと並んでバスを降りた。
「じゃ。」
短く告げて、さっさと歩き出す。
後ろであいつが何か言ったけれど、無視して僕はその場から去った。

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