Garbage box

なんとなく。
足は学校に向いた。学校。それもいいだろうと思った。
早くあいつの存在を忘れたくて、僕は早足で学校の裏に向かった。
最近では考えられないだろうが、あの頃の学校はのんきだったのだ。
学校の裏には低い柵しかなく、簡単に学校の敷地に入ることができた。
ちなみに、今はフェンスと丈夫な塀で囲まれ、不審者が入れないようになっている。
とにかく、僕は学校の敷地に侵入した。
そこで気づいたのだが、玄関にはすでに鍵がかかっており、中に入れない。
仕方なく窓を調べてみたが、どれも固く閉まっている。
児童玄関や職員玄関まで回ってみたが、結局どこも無駄足だった。
一気に気が抜けた。
張りつめていた糸が、ふにゃふにゃにゆるんでしまったようなものだ。
せっかく心を決めてきたのに、と。
ひどくがっかりしたのを覚えている。
しかし心が萎えてみると、急に辺りの暗さや夜の学校の不気味さが迫ってきた。
とにかく落ち着かない。
何か幽霊でも出そうな雰囲気だった。学校の怪談、なんてものを思い出すほど。
認めたくはないが、あの時、僕は怖かったのだ。
背後で、物音がした気がした。
心臓がドクドク音を立てていたが、勇気を出して振り返る。
誰もいない。
つい、ほっとして。
僕はため息をついたのだったか。
そこは忘れてしまったけれど。
再び学校の方に向き直って、立ち去るでもなく、留まるでもなく歩き出そうとした。
そのときだった。
今度ははっきりと、後ろから足音が聞こえたのは。
音がする、と思った直後、肩をつかまれた。

「ひぃっ!?」

我ながら情けない悲鳴だったろう。
「いぇ〜♪ ビビった?」
呆然として、次に怒りが込み上げてきた。
そこにいたのは、バス停で別れたはずのクラスメートだったのだ。
つけられた!
しかも脅かされた!
しかも、笑われた。
僕を笑った。
 ぼ く は   こ れ か ら   『 死 の う 』 と   思 っ て
 こ の 上 な く 真 面 目 な 気 持 ち で   こ こ に い る の に

当時の僕は、耐え切れないほど、生まれて初めてというほど、真剣に怒った。
僕は相手につかみかかり……、
生まれてはじめて、取っ組み合いのケンカというものを経験した。
ついでに、生まれて初めてというほど圧倒的な、敗北の屈辱も。
僕のへなちょこパンチとあいつの刺すような一撃は、どれほど違っていたことか。
たった一発で、僕は息ができなくなってしまった。
その後、思わずうめきながらも必死で殴りかかっていったはずなのだが。
時間にしてどのくらいだったのだろう。
感覚的には、あっという間だ。
気がつけば、僕はうつぶせに組み伏せられ、腕をひねり上げられていた。
まるで、刑事ドラマの犯人のように。
顔が地面にすれて痛かった。腕も痛かった。何より、悔しかった。
まだ子どもだったから、こうなれば次にすることは一つ。
僕は大きな声でわんわん泣きだした。
あいつが背中から降りても、その場に起こされても。
終いにあいつが僕をなだめ始めても、僕は泣き止まなかった。
どうにも気まずくて、すぐに泣き止んではいけない気がしていたからだ。
いいかげん泣き疲れてきた頃。
申し訳程度にスンスン泣いていたら、あいつは呆れたように立ち上がった。
悔しい、恥ずかしい。相手はどんなふうに僕を見ているのだろう。
そう思ったら、あいつの顔を確かめずにいられなくなる。
恨めしい気持ちを込めて見上げると、あいつは心底うんざりした表情をしていた。
「なんだよ……。」
吐き捨てる口調。怒っているようだ。
少し怖い。
「………う、う、う…。」
で、僕は再び泣き出した。
怒られたときは泣くに限るんだ、と思っていたわけでもないんだけれど。
「あー!泣くなっ!もういいよ!! おれが悪かった…ことにしてよし!」
ついに降参したのは、あいつの方。
してやったり、と思ったわけでもないんだけど、内心ニヤリとした覚えがある。
やっと泣き止んで落ち着いたら、ふと、なぜ僕をつけたのかと疑問に思った。
「なんで、ここに、きた?」
涙声で理由を尋ねる僕に、あいつは逆に質問してきた。
「そっちこそこんな時間に学校来て、何の用事?」
しまった、と思ったがもう遅い。
結局、僕は彼の執拗な尋問に耐え切れなかった。
「はぁ?自っ殺ぅ?この程度で泣いててできるわけねぇー!!」
全くもって失礼なことに、あいつはゲラゲラと笑いながらこう言ったのだ。
ひどいと思わないかい?
僕は思った。心の底から。
「ひっ、ひどっ……うわーん!!
というわけで、僕はまたまた泣きわめいた。
「わー!泣くなっ! おれが…悪…いのかな、これ。とにかく泣くなー!」
へっ、ちょろいぜ、と思ったわけでもないんだけど。
しかし、さっきの態度にはやっぱり腹が立つ。馬鹿にしやがって。
そう思ってにらみつけたら、あいつが突然言ったんだ。
「入りたいんだったら、手伝おーか?」
そして、僕の返事も聞かずに、児童玄関に駆け寄った。
何をするのかと思ったら。
「せいっ!」
ガタッ!!
彼はガラス戸の一枚を選び、その鉄枠に見事なソバットをかました。
「!!?」
あわてて僕も駆け寄る。
すると、どうだろう。
戸の下の部分が外れて、5cmほど内側に入り込んでいるではないか。
「ぃよっ、と……。」
あいつは戸の隙間から器用に手を入れて、ガタガタやっている。
ほどなく、その戸はコンクリートの床の上へ完全に寝そべった。
「ここだけ壊れてるんだよねー、うちのガッコ。」
僕が『お前が壊したんじゃないのか?』と言いかけたのは言うまでもない。
だが、それを口に出す前にあいつはさっさと中に入っていった。
「早く来いよ、見つかるぞー。」
つっ立っている僕の耳に、あいつの声が飛び込む。
しかたがない。こうなったらついていくしかないだろう。
ああ、全く、ぼくはなんて不幸なんだ……。
そんなことを考えながら、僕たちは真っ暗い夜の学校に侵入したのだった。

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