Whining

※ caution!! ※
 この先には、少々ですが流血表現が含まれています。
 血や大怪我が苦手な方はご注意を!

ランダムに入れ替わる映像。
ベースの効いた、速くてダークな音楽が大音量でなり続ける。
いいかげん耳がおかしくなってきた気がして目の前のスクリーンをにらめば、
鮮やかな紫と緑の光が回転模様を作っている。毒々しい華のようだ。
そうかと思えば、画面は黒一色に。
再び音楽に合わせて、今度は白っぽい光が吹雪のような絵を描いた。
ロックもテクノもみんな嫌いじゃないが、ここまでガンガンやられると頭に響く。
いつもならまだしも、今日は。
キッドは朝から頭痛にやられていた。
どうにも止まらない、鈍い痛み。
風邪でもひいたかと思ったが、セキも鼻水も出ていない。
ただ、熱は少しあるようで、ぞわぞわと寒気がする。
しかたなく“半分優しさでできている薬”なぞを飲んでごまかしてみたのだが。
昼を過ぎた頃から頭痛はあっさりと復活。
どうやら薬が切れてきたらしい。
しょせんは原因も考えない応急処置。まあ、こんなもんだろう。
一番の失敗は、薬を持ってこなかったことだろうか。
それとも、早めにお仕事切り上げて、さっさと帰らなかったことだろうか。

「うがー……。」

弱々しくほえてみたものの、痛みが軽くなるでもなし。
予定では、あと七分で待ち合わせの相手がやってくる。
それまで席を離れるわけにはいかないのだ。乗りかかった船ってやつだから。
七分間は長い。
カップめんができた後にウルト●マンが戦い終わるより長い。一分も。
鈍い痛み。
16ビートに合わせてズンズン響く頭痛。
重い。
身体も気分も激重い。コンディションは超最悪。
めまぐるしく変わる映像。派手な色彩が脳内を引っ掻き回す。
こんなことに巻き込まれる前に帰るべきだったのだ。
今日のお仕事だけさくっと終わらせて、病院にでも行けばよかったのに。
彼はそうしなかった。
こともあろうに、薬買って家に帰ろう、なんて考えたりするから。

『もう限界』、などと言ってみようか。

らしくもなく、キッドがそんなことを思う。
すぐに唇が自信家らしい笑みの形を作り、浮かびかけた弱音を消し去った。
ふと。
キッドの顔色がかすかに変わる。
まずい、とでも思ったのだろうか。もしかすると七分持たないのではないかと。
一人用の狭いテーブルの下。
目をやる。あくまでも何気なく、誰の目にも触れない程度に。
テーブルというより、一方だけが開いた箱のようなものだ。
真っ白い板が組合された、いわゆる『立方体』の箱。
座る側だけが開いていて、横も正面も上の面もまったく同じ板でできている。
そんなテーブルに深く足をつっこみ、彼は何かを待っていた。
視線を、目の前のスクリーンに戻し。
思いっきり体重をかけて頬杖をつく。
当然、頬が押し上げられ。
ぐにぃーと表情が崩れて、変な顔。
目の前のスクリーンは、相変わらず奇妙でカラフルだ。
音楽は、明るい英語のラップに変わっている。
一瞬の変化。
するすると滑り降りるように移動するのは、意識。
再び、下へ。
キッドの、両足の間。
他の誰からも見えない、囲まれた空間に人影はいた。
キッドが携帯電話を取り出す。
メール画面に文字を打ち、なにげなく下ろす先は膝の間。

『生きてる?』

足の間にうずくまった人影は、その画面に答えるようにキッドの足に触れた。
ふっと息をつく。
キッドはメールを送るふりだけして、顔を上げた。
表情からは、彼が何を思うのかを読み取ることはできない。
それより気になるのは例の人影。
いったい誰なのか。
彼にとって、どのような相手なのだろうか。
どうやら、人影は女性のようだ。
まだ若い。
とはいえ、キッドよりはいくつか年上のようだ。
女は体育座りのような格好で、小さくうずくまっていた。
人間が一人隠れるには、少し窮屈な空間だ。
女は顔をふせ、かすかに震えているようにも見える。
足の間に人がいて、身動きもできず、頭痛はますますひどい。
こんな状況をどう感じているのか?
いつもは強気なキッドさまも、今日は渋い顔でスクリーンを眺めるだけ。
突然、フロアに男が駆け込んできた。
およそこんな場所に似つかわしくない、いかにも生真面目そうな中年男性。
必死の表情でフロアを見回す。
何かを、もしくは誰かを、必死で探している、男。
おや。
キッドに動き。
ちらり、周囲に視線を走らせた。
そして彼は、携帯電話をカメラモードに切り替えて。
一枚。
音もなく。なおも必死でフロアを見回す男の横顔を捕らえる。
再び、携帯電話は膝の間に。
予定には少し早い。待ち合わせの時間まであと三分。
はたして?
足の間で、女が息を飲むのがわかった。
動き。
女が身じろぎ、狭い箱から出たがっている。
間違いない。
あの男が七分後に来るはずだった待ち合わせの相手。
さっとキッドが立ち上がる。

「こっちですよ、ぉ……」

しかめっ面。
声はかすれていた。
どうやらのどの調子までおかしくなってきたらしい。
彼は少し赤い顔で首を押さえる。
だるさ、吐き気、悪寒。100点満点の発熱症状。
あわてたように、男が駆け寄ってくる。
男がたどり着くのとほぼ同時に、キッドの足元から長い髪の女性が現れた。
ひどく顔色の悪い女だ。
額にはびっしりと玉の汗。細い髪が、張り付いている。
男に抱きつくその背中には真っ赤な広がり。
どす赤い、しかし美しい、血液の染み。

「無事だったか、よかった…!」

男が言う。
キッドは、男からかすかに漂う匂いに顔をしかめた。
薬品。
これは彼が大嫌いな、病院の匂い。
とりあえず鼻は利いているらしいと思いながら、小さく咳払い。
びくっと振り向いた男は、キッドの足元にいた女とよく似ていた。

「君が、娘を助けてくれた人か。」

こっくりうなずき、女に目をやる。
白い顔。
だが、笑顔。
父親が大急ぎで駆けつけてくれたことだし、もう大丈夫だろう。
彼女との出会いはほんのちょっと前。
どうにも具合が悪いまま町の薬局に入ったキッドの目の前で、襲われていた。
背中を刺され、店の奥から飛び出してきたのだ。
最初は強盗かと思ったキッドだったが、すぐ違いに気がついた。
なぜなら。
店の奥から彼女を追ってきたのは。
キッドも良く知る、アブナいお兄さんだったから。
瞬時にヤバイと判断した。
目が完全にイッてしまっている。
恋をするたびに想う女性を追い回しては、何人も血の海に沈めてきた男。
だが警察には捕まらない。
なぜ?
だって、そのお兄さんは、こんなでも一応、暗殺者。
特に逃げ足の見事さで知られる人物。
また、必要以上の被害を出す問題児としても、有名な。
ヒットマンズリストにも『要注意』と載る彼を捕えるなど、常人にはまず不可能だ。
普段なら見なかったことにするか、相手を葬ってしまうところだが。
タイミングが悪い。
今日のキッドは具合が悪くて、バトルなんかしたくないわけで。
とはいえ、凶行を見たことは奴自身にしっかり目撃されてしまったし、それに……
たすけて、と。
求められてしまったから。

「ありがとう……。」

女がもらす、かすれた声。
指された傷は的確な場所で、しかも深かった。
持って三十分の出血量。
彼女を連れ、近くの小さなクラブに飛び込んで。
彼女の家族に連絡を取らせ、迎えに来れるまで十分はかかると宣告された。
しかたなく、彼女を足の間にかくまって、今に至る。
幸運なことに、敵は追ってこなかった。
少なくとも、ちょっと見た感じには。
血の気のうせた顔で、彼女は去っていく。
治療ならすぐに受けられるだろう。もう心配ない。
彼女を保護した男は、キッドに言った。

「君もお大事に。」

きらり、眼鏡が光る。
明らかに具合悪げなキッドを見てか、それとも職業柄の言葉か?
若き薬剤師のたまごであった彼女。その父は、医師だそうだ。

「はぁい、どーも。」

それだけ言って。
キッドはふにゃ〜と効果音がつきそうな様子で、テーブルに突っ伏した。
どうやら、いいかげん限界だったらしい。ご苦労さんでした。

負けたら負けだぞ、おれっ。

そんな当たり前のことをつぶやき、何とか胴体を起こす。
帰って寝てれば治ると思いつつ立ち上がれば、強烈なめまいに襲われた。
これはいけない。
仕方なく、しかし何気ない風を装ってイスに戻った。
おや、何だろうか。
キッドがぼそぼそとつぶやいている。
なんかの呪いだろーか、とすら思える表情で。

医者行きたくないー、医者行きたくないー、医者行きたく…(しつこくリピート)

この医者嫌いな少年に忠告をするならば、次の内容しか考えられない。
あきらめろ。
ついに観念したのか、キッドは呪詛のようなつぶやきを止める。
携帯電話の画面、車で迎えに来てくれそうな知り合いの番号を選びながら、
彼は、この状態なら行くのは内科かなぁ、などと首をひねった。
携帯電話を戻す、その瞬間。
ずっと感じていた気配の主に、ウインク一つ。
追ってきていないように見えていた相手は、観葉植物の影にいた。
イッちゃっているながらに警戒したのか、奴が襲ってこなかったのは。
たぶん。
いや、まちがいなく。
自分の邪魔をしようとしている相手が、誰なのかを知っていたからだろう。
だって彼は『ブローニング・キッド』。
いまや、ヒットマンズリストにも『超一流』と載る、とんでもない坊やだから。
再び観葉植物の向こうに視線を飛ばす。
まだ、いる。
ギラギラした目でこちらをうかがいながら。
とりあえず、奴の目標が自分に移っただけでもよしとしよう。
とりあえず、さっきの女の人は助かるだろうから。
そんなことを考えながら、キッドは小さく笑って見せた。
まだまだ弱音なんか吐いていられない。
少し眠いだけというふりをしながら、彼は今までで最大の敵と戦っていた。
相手が人間なら、負けることなどないキッドなのだが。
敵は手ごわい、自分自身の体調不良。
フロアを流れる曲が変わった。
また、ベースの効きまくったダークな雰囲気の音楽が大音量でなり始める。
目の前にはランダムに入れ替わる映像。
16ビートの頭痛と寒気が、眠気と一緒に襲ってくる。
そして彼は思った。
らしくもないけれど。
弱音なんて物を一つ、吐いてみようかな、と。

ため息一発。

結局飲み込んだ降参の言葉は、『あったま、痛ぇー……』。

Fin.

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