Irregularity

※ caution!! ※
 この先には、若干の暴力表現が含まれています。
 身体か心の年齢が十五歳以下の方は見ちゃダメ。


出会ったのは本屋だ。奇遇だねぇと声をかけたのは、キッドの方だった。
いつにもまして満面の笑みで近づくキッドに、相手の少年は警戒全開の表情。
「で、何の用があると。」
あからさまに不機嫌そうに問いかける。
ちょいと眼鏡を上げるしぐさがどうにも優等生くさい。
「ん、サクヤくんと一緒に茶でも飲みたいと。」
キッドは彼の口調を真似て答える。
『さくや』と呼ばれた彼は、キッドの幼馴染。
コンピュータにやたら詳しく、今では時々仕事も手伝ってくれるよき友だ。
ただし、体力系の活躍は全く期待できない。
本人によれば、運動不足かつ不規則極まりない生活のせいらしい。
朝寝て、夜起きて。
夜と朝と昼と二度目の夜をすごし、一睡もせず夕暮れを迎える。
まったく寝ない日。
14時間も寝続ける日。
寝たり、起きたり、寝たり、起きたり、一日中繰り返す日。
不規則な生活。
これが、彼の日常だ。
ときどき図書館と本屋に行く以外、外出もしない。
彼の紹介はこの辺で終わり。
つけくわえるとすれば、とりあえず、二人の仲は悪くはない。
本屋さんのレジ前で、二人の微妙な会話は続く。
「今まで茶なんて誘ったことないだろ。なぜ、どういう理由で。」
「会うのも久々なので、奇遇だなと話しかけたついでに茶に誘いたいので。」
再び尋ね返した彼の口調を、再び真似てキッドが答えた。
にやり。
なんだか妙な笑みだ。
良く言えば、いたずらを考えついた子どものような笑みである。
悪く言えば。
「何たくらんでんだ、きさま。」
この表現となる。
もちろん、言ったのは思い切り不審そうな顔のサクヤ。
町の本屋で偶然出会った二人は、実に奇跡的な確率で同じ本を手にしていた。
キッドにしてみれば、自分の趣味では絶対に買わない本。ちなみにfor 仕事。
サクヤにしてみれば、たまたま目に付いておもしろそうだと衝動買いした本。
どうやらその偶然が、キッドのハートに何らかの火をつけてしまったらしい。
結局サクヤは、キッドにより強引に連れ去られた。
「久々に会ったトモダチ同士、立ち話じゃなんでしょお。」
「久々って、先週の月曜に会ったばっかじゃないか!」
そんなサクヤの悲痛な叫びは、さわやかなまでに無視。
こんな関係も昔から、らしい。


妙な相手だった。
不規則なようで、やけに規則的なリズムで撃ってくる。
タン、タン………タタン
乾いた音。
質の良くないサイレンサーを使っているのか、小さいけれどはっきり聞こえる。
空白の時間、連発、ランダムな間を挟んで響く銃声。
やはり不規則か?
だが、デタラメなリズムではない。
一定の間隔なわけではないのに、なぜか、やけに、規則的な、気がする。
この違和感。
首をひねって。
タン。
軽い銃声を聞く。
うん、とうなずき、気がついた。
これは規則的だ。
だって予想できる。
間違いなく、次に撃つタイミングと弾数を。
タタン。
そうそう、知っている。
このタイミングを知っている、音のリズムを、曲を。

*  *  *  ***  ***  *  *  *  *

たんたんたん、たたたん、たたたん、たん、たんたんたん。
クラシック。オーケストラの演奏で。
くすり、思わず笑った。
なんとユーモラスな相手だろう。
このリズム、テンポが遅くなってはいるが、確かに聞き覚えがある。
「なんだっけ、この曲!」
楽しげに声を上げれば、気づかれたかと相手は笑った。
「そろそろフィナーレと行こう、キッド君」
今日の相手が声をかけてくる。
さっきから逃げ回り、まったく攻撃をしないキッドをからかったのだろうか。
口調はあくまでも紳士的に、ユーモアのセンスある人物はマガジンを取り替えた。
弾の数で圧倒しようという腹だろうか。
「私の音楽会は君の悲鳴で終わる。いい幕切れだろう?」
グッド・エンディングを疑わない、得意げな言葉。
キッドの手に銃は見えない。
二挺の相棒は、まだポケットの中だ。
相手が一歩、踏み出した。
同時に。
キッドが、駆けた。
壁に寄りかかるようにして座った死体の頭を足場にして、キッドは高々と飛ぶ。
キッドが来たときからそこに『あった』見知らぬ誰かさんだ。
今日のお相手がすでに倒していたらしい、誰か。
相手の撃った弾痕が、緩やかなカーブの軌跡を描く。
壁と、すでに死体となった誰かの上に。
キッドにはかすりもしない。
完全に読みをはずされて、今日のお相手は顔をゆがめた。
ジャンプと同時に、両手がポケットの中へ。
震える空気。
一瞬だけ反応が遅れた相手の胸には、赤い点が現れた。
小さな二挺拳銃からの弾丸で描いたのだろう。
もちろん描き手は、言うまでもなく。
いつの間にかポケットを出たキッドの手には愛用の相棒が握られている。
狙撃まで、ほんの0.X秒。
赤い点は一つきり。
しかし、キッドの手から放たれた弾は、両手合計で5発。
いわゆる1ホール・ショットだ。
威力のないブローニング・ベビーでも同じ場所を撃ち続ければダメージはふくらむ。
5つの弾丸は1mmの狂いもなく同じところへジャストミート。
叩き込まれた続けた弾丸は、ついに優雅な音楽家の心臓に食い込んだ。
着地。
両手がポケットへつっこまれてダブルなベビーは姿を消した。
「いつもいつもグッドエンドじゃ、変化がなくてつまんないだろ?」
キッドの台詞。
倒れ伏す相手に背を向ければ、鮮やかに青いマフラーが揺れる。
ひらり、ひるがえったコートのすそが、音楽会の幕を閉じた。


「ということがあったんだけどさ。」
ブラック&アメリカン。薄くても香ばしい苦味をすすりながら。
キッドの話はここで途切れた。
あまりにも非日常的な会話は、本屋の隣りのコーヒー店、窓際の席で。
サクヤは(やれやれ、やっと解放されそうだ)と息を吐き、視線で先をうながす。
コーヒーの湯気で眼鏡がくもってうっとおしそうだ。ちなみに、こちらはカプチーノ。
「なんだっけ、この歌。」
ふんふんふーんと鼻歌で聞かせる。
眼鏡の奥で、切れ長の目がすっと閉じられた。
開く。
「『展覧会の絵』だ、ムソルグスキー作曲。」
落ちついた調子のサクヤの声が、名曲のタイトルを告げた。
ひゅーっ、と口笛。
「へぇ〜物知り。やるじゃん、いっp…」
感心したらしいキッドが何かを言いかけた、まさにその瞬間。

「その名で呼ぶなぁーっ!!」

バキィッ!! と。
あのキッドすら避けられなかった、予測不能のスピードで。
彼の正拳突きはキッドの顔のど真ん中に見事なクリーンヒットを果たした。
人間というものは、いつも必ず同じ実力とは限らない。
よくある話ではないか。
火事場のバカ力とか、物を隠すときだけ異様に素早いヤツとか。
目の前が真っ白になる中、キッドはうっすらと思った、らしい。

……これが不規則生活でだらけきった体のパンチか…ありえねーし……

合掌。
最初に紹介し忘れていたが、サクヤくんは自分の名前が何よりも嫌いだ。
ハンドルネーム、そしてハッカーとしての通り名を、『咲哉 -サクヤ- 』という。
彼の本名は『藤原 一平』。とっても多感なお年頃。
たぶん、龍の逆鱗に触れるとかいうやつだったのだろう。
凄まじく怒ったとたんに性格が激変し、とんでもなく怒り狂う例えだ。
性格や気分だって、機械のように規則的なものではない。
親しき仲にも礼儀あり。親しき友にも少ーしは気を使え、と。
拳を突き出したまま、彼はぜいぜいと荒い息を吐く。
その横で、キッドは鼻を押さえてイスからずり落ちた。

……鼻血出るかも……。

ああ、主人公なのにかっこ悪い終わり方。
何だか最近、こんな終わり方が増えた気がする。
なぜ?
いつもいつもグッドエンドじゃ変化がなくてつまらないから、かもしれない。

Fin.

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