Waiting in vain

待ちぼうけ、待ちぼうけ。
奇しくも、同じ日、同じ時、同じ町で、二人の女性が待ちぼうけをくっていた。
小柄な白いコートの女の子と、気だるげな紅い唇の女。
一人は約束に遅れた彼氏を待ち、一人は帰らない男を待ち。
白いコートの女の子は、レンガ造り風のアパートの壁、角近くに寄りかかって。
紅い唇の女は、レンガ造り風のアパートの中、薄暗い窓辺にため息をついて。
彼女が座る窓の下と、彼女が立つ頭の上とで。
彼女たちはお互いに気づくこともなく、愛しい人を待ち続けた。


待ちぼうけ 待ちぼうけ
壁の角から道をのぞいて、
腕時計を確かめて、
まだかな、まだかな、

十二時じゃなくて、二時だっけ?
それとも十時だったのかな? もう帰っちゃったのかな…。
ちらちらと腕時計を確認しながら、そわそわと待っている少女。
ユキは情けない表情で、何度目かの時計の見直しをした。
いつもは約束の時刻より早く来ている彼氏が、今日はいないのである。
約束の時間を過ぎて早や五分。
たった五分にもかかわらず、ユキはたいへん不安になっていた。
何か事故でもあったのか。
なにやら穏やかならぬこともしているらしい彼だから、とても心配。
いや、きっと何もないだろう。いや、何かあっても不思議じゃないかも。
次から次へと悪い想像が働いてしまう。
待ちぼうけ、待ちぼうけ。
壁の角から道をのぞいて、腕時計を確かめて……
ユキのそわそわは続く。


一方こちらは、当の彼氏。
寝ぼけまなこで寝ぐせを直し、家を出たのは早朝4時だ。
ねむい。
あくびしいしい、指定された場所に向かう。
ちょっとした河川敷だった。
あまり手入れもされていない、町外れの川だ。
堤防の内側に広がるスペースは、ほとんど利用されていないようだった。
元は整然と並んでいたはずのコンクリートブロックも、時が経ち、朽ち始めている。
ガタガタとずれるものあり、欠けているものあり。隙間からは雑草が茂る。
閑散としている。
遠くで、列車の行く音が響いていた。
橋の下で。
もはや何本目とも知れないタバコに火をつけ、男がゆっくりと息を吸っていた。
タバコの先が赤々と光る。
「本当にまだいたんだ。」
声をかける。
男はドキリとした様子で声の主を探し、煙を吐いた。
「……おはよう、『キッド』坊や。」
「坊やじゃない。…けど、おはようございます。」
キッドは珍しく、大人しい態度で頭を下げた。
実はこの待ち合わせ、相当な遅刻だ。
指定された時刻は、18時。
現在、早朝4時半である。ただし、三日遅れの。
「ずいぶん豪勢な遅刻だな。」
くわえ煙草のまま、男がにやっと笑った、ような気配があった。
ハイそのとおり、である。
男は橋の下から出てこない。
よく見えない男の顔は、真っ暗い影の中だ。
「悪かったよ、しばらく忙しかったから。」
歯切れ悪く言い訳をしてみる。
さすがに今回のは自分が良くない、と認めないわけにはいかないようだ。
「久々に『リスト』の依頼チェックしたのが、昨日の夜中で…ふぇ……ふぁぁあ…」
ここで、あくびが邪魔をした。
「おいおい、大丈夫なんだろうな?」
橋の下から笑い声。
「ん、平気、です。…てか、………遅れて、申シ訳ゴザイマセン。でした。」
固い固〜い、謝罪のコトバ。
言い馴れないから、ぎこちない事この上ない。
「ぷっ、くくくく………。」
たまらない風に噴きだして、影から男が現れる。
どこかにいそうな、遊んでいる風の男。
少し崩した服装が、男っぽく粋にも見える。
ただし、無精ひげは、たぶんキッドのせいだ。
「ご依頼は『頂上決戦』だったけど?」
問いかけながら近づく。
キッドに依頼していた、この男。
現役最高、と言われる腕利きの――『ガンマン』である。
「長かったよ、二日……三日か。」
男が顔をしかめる。
少しこけた頬。
「まあ、君の動きはわかってたよ。一応。」
ひげの生えたあごをなでて、男が苦く笑う。
「じゃ、帰って待てばよかったのに。」
話しかけるでもなくぼやく。 キッドのぼやきを鋭く拾って、男が早口に返した。
「でも気が向いてこっちに来るかもしれないだろ?
 気まぐれなガキが相手じゃ買出しにもいけない。
 その間に来られちゃかなわないしな。」
苦笑。
煙草だけは切れなくて良かった、とうそぶく相手をまじまじと見てみる。
「あんたさぁ、飲まず食わずなわけ?」
「大人に口を聞くのに、そんな言葉づかいはない。」
思わず訊ねたキッドに、厳しいご指摘だ。
ぐっと言葉につまりつつ、やはりこれも自分が良くないと認めざるを得ない。
「ずっーと、待ってたんですか?」
しかたなく、丁寧語にアクセントをつけて言い返した。
普段ならもっと上手く切り返してやるのに、どうも頭が回らない。
脳の大事な部分が、まだ寝ているのかもしれない。
コンクリート製の橋の足によりかかり、男がやれやれと言う。
「ああ、ずーっと待ってたんですよ。腹減ったし喉も渇いた!」
むかっ。
そりゃあ悪かったなと腹にわいた言葉を飲み込んだ。
買出しぐらい行けばいいのに、待ちつづけたのは男の勝手。
第一、三日も来なかったのだから、日を改めて出直せばよかっただろうに。
おれのせいかよ、あんたの勝手じゃん、と思わんでもない。
こちら寝不足の不機嫌なワカゾウなので、余計に腹も立つ。
だから。
「だったら待ってろ!」
返事も聞かずに、ダッシュで堤防を駆け上がった。
朝露で濡れる。
堤防を覆う草は膝ほどの高さ。
草に光る露で、ジーンズが半分、濃いブルーになった。
風のような速さで去るキッドに、男は呆然と見送るばかりだ。
「……まぁだ待たせるのか?」
呆れた口調のつぶやきは、もう届かない。
あっけに取られた様子の男を取り残し、キッドは駆けていた。
行き先は、どこ?
その頃、さっきの橋の下では、再び待ちぼうけを喰らう男が一人。
まあいいさと気楽な構えで座り込んでいた。
こっちは気短なガキじゃあない。
聞いた話じゃアイツは気まぐれらしいから、またすぐ来るかもしれないさ。
などと。
大人の余裕をかみ締めながら、もう一度、男はゆっくりとタバコをふかす。
根元まで吸いきって、地面でにじり消した。
ふと気になって胸ポケットをのぞいてみる。紙箱の中は空。
最後の1本だった。
キッドを呼び出した男は、そう待ち疲れた風でもなく。
「ギリギリ、セーフ。」
ちょっとつぶやいて、少しだけ、目を閉じた。

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