Two cream puffs,yeah!

彼の前にはシュークリームが一つ。
彼女の前にもシュークリームが一つ。

薔薇ような女性だ。
古い赤ワインのようなダークレッドのマニキュアがよく似合う。
「交渉は決裂かしら。」
穏やかな声で、彼女が語りかける。
「決裂決裂、めっちゃ決裂。ありえないです、ゴメンなさいっ!」
彼女と向き合う席には、リズミカルに答える少年が一人。
対決のイメージは深紅と紺碧だ。
血よりも濃厚なダークレッドと、底抜けに明るいウルトラマリンブルー。
「もう一度聞くけれど。……私と組まない?」
女が小首をかしげると、豊かな黒髪がしっとりと流れた。
「嫌だ。」
少年の返事は短い。
彼はジャケットの袖を少しだけまくり、腕時計をのぞかせた。
ウルトラマリンブルーの文字盤を眺める。
二人が『勧誘⇔断る』のやり取りを始めてから、すでに一時間が経っていた。
美味しいお菓子のもてなしも、ここまで続くと単なる嫌がらせだ。
「いーかげん帰りたいんですけどー。」
濃い目のコーヒーをがぶりと一口飲み込んで、少年は帰宅を求める。
そうはさせまいとばかりに、女は彼のために7杯目のコーヒーを頼んだ。

サクリ、シュー生地をかじる。
とろり、ステキなクリームが広がる。
甘くとろける生クリームとカスタードのハーフ&ハーフ。
コーヒーで流し込む。

言うまでもなく、少年はうんざり顔。
女は淡いため息を混ぜて、甘ったるい声を出す。
「ねぇ、キッド。賢く生きましょう?
 ここは私のお店、周りは部下ばかりよ。この意味が、わかるでしょう。」
一瞬だけ瞳に鋭さを宿し、女が両手を組み合わせる。
なまめかしい指にはめられた、ゴールドの指輪がひどくまぶしい。
指輪が放つ金色の輝きは、トゲの痛みを思わせた。
キッドと呼ばれた少年は無言。ただ、片眉だけをひょいと上げる。
決戦の舞台はオシャレな喫茶店だ。
9階建てショッピングセンターのちょうど真ん中、5階にある。
ふと、女の左手が、右手の指輪に触れた。
空気が変わる。
指輪に触れることが合図だったのだろうか。
店内に『部下』とやらの気配が漂い出した。
探る必要も感じないほど、嫌味なくらい濃く、あからさまな圧迫感。
キッドを狙う気配たちの息遣いが聞こえる。
こちらを見続けるカウンタ奥のウェイトレス。
アルバイト風の少女さえも、放っているのはかすかな殺気だ。
とはいえ、目の前に座った女、ご本人よりはマシだろう。
女は深紅の爪を光らせながら、何度も足を組み替えている。
まるで、わざと見せつけるかのように。
彼女の服装は大胆なスリット入りのロングスカート。
足が動くたびに、スリットの奥から太ももがのぞく。
男のサガでつい目をやると、太ももの横に拳銃らしき物がちらりと見えた。
「トイレ。」
ふいをつかれた表情の女に捨てゼリフを残し、キッドは突然席を立った。
実際、7杯もコーヒーを飲まされればトイレにも行きたくなる。
ムッとした顔のまま、キッドはレジ前を通り過ぎた。
そのまま、店舗のすぐ隣りにある階段の方へ。
トイレは店舗内にはなく、各階ごとの階段脇にだけ配置されている。
息のつまる空間を離れるにはいい口実だった。


清潔な小便器の前に立ち、用を足しつつ考える。
そもそも、依頼という名の呼び出しをくらったのは、先週のことだ。
一週間。
それだけあれば、依頼人の正体を探ることなどわけはないはずだった。
だが、しかし。
キッドの情報網をフルに生かして、わかったことはたったの1つ。
正体不明。
ただ、それだけだった。
『嫌な感じだな』
そう言ったのは、馴染みの情報屋だった。
『……。』
こわばった表情だけを見せたのは、幼馴染のハッカーだった。
『まあ、行って来るといい』
運び屋の老人は、頼んでおいた指輪用の化粧箱を手渡してくれながら薄く笑った。
送り手たちの反応に、キッドはほんのりご機嫌斜め。
正直、幸先のよいスタートとはいえない雰囲気だ。
とはいえ、出かけないことには何も始まらない。
始めなければ終わらない。
いつまで経っても、終わらない。
ならば早く終わらせてやろうと考えるのは、彼の性格上、ごく自然な流れ。
……というわけで、しかたなく呼び出しに応じたわけだが。
「なんか用?」
用足し真っ最中であるキッドの両脇を、屈強な体つきの男が固める。
男性用トイレに入り込んできた人物たちは、ウェイターとパティシエの服装。
「念のため、です。」
パティシエの方が口を開く。
なるほど、先ほどの女が『私のお店』と言っていただけのことはある。
確かに周りは敵だらけだな、とは思っていたが、どうやら厨房の中も同じ条件のようだ。
おとなしく用を足してトイレを出ると、踊り場で先ほどの女が待っていた。
「すっきりしたかしら、坊や?」
妖しく微笑む、薔薇の花。
言っている内容はなんだが、物腰はあくまでも優美だ。
「わざわざ出迎え?」
肩をすくめてあきれたポーズ。キッドの方もなかなかサマになっている。
踊り場にいたのは女一人ではなかった。
彼女を囲むように、女性ばかりのガードたち。
数名のウェイトレスたちも、トイレの出口に張り付いている。
手ぶらに見える彼女らだが、武器か何かを隠し持っているに違いない。
この状況、冷静に分析すれば……ちょっとだけ、ピンチ。
「コーヒーはおいしかったかしら?」
殺気立つ人々の中心で、女がにったりと笑った。
キッドはフンと鼻を鳴らす。
「ハルシオン風味でおいしかったよ。」
吐き捨てるように答え、不機嫌な仕草で前髪をかきあげた。
ハルシオン。
即効性の睡眠薬の名だ。
「あらあら、気づいてたのね。じゃあどうして眠くないのかしら?」
女は悪びれない。
色気を含んだ唇は、自信ありげに微笑む形。
「自分で考えれば? おばさん。」
しれっと言い放つキッド。
瞬間。
キッドの目の前で、女が0.1秒だけ般若の形相になった。
長い黒髪の奥に見え隠れしていた耳が急に赤くなり、彼女の興奮を示す。
女性に年齢の話をするもんではないというが、NGワードはやはり、アレか。
「このガキ……っ、」
女の語尾がかすかに震える。
「あなた、あまり賢くないようね!!」
低音アルトの女のセリフ。吊りあがった両目がぎらりと燃えた。
もしかしたらキッドは、とんでもない地雷を踏んでしまったのかもしれない。
周囲を見回せば、女の『部下』たちが急激に人数を増やしている。
次から次へと、よくもまあ湧いて出てくるものだ。
人通りなどめったにない階段の上から、下から、じわじわと。
キッドはポケットに手を突っ込んで、軽く身構えた。
「この人数にかなうと思うの……?」
女がささやく。声はひどく小さいのに、迫力は凄まじい。
「どぉーかな?」
キッドが応じる。強気な笑顔は自信の証。
買い物客でにぎわう通路をあごで指しつつ、女が笑った。
「バカね、こんなところで撃つつもり?」
ゆっくりとした口調で、騒ぎが起こるぞと無言の圧力をかけてくる。
「オレはいーけど、そっちはどうよ。」
対するキッドは軽快な口調。
どんなに人目があろうとも、しくじるような彼ではない。
あらゆる意味で上手くやるさと腹の中で笑い、キッドは一気に床を蹴った。

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