Two cream puffs,yeah!

※ caution!! ※
 この先には、暴力表現が含まれています。
 軽めの描写ですが、苦手な方はご注意を!
 身体か心の年齢が十五歳以下の方は見ちゃダメ。

背後の騒ぎも気に留めず、キッドは飛ぶように段を踏む。
ココからドコカへ動くとき、一番短いルートと言えば直線だ。
現在地と目的地をまっすぐに結ぶ線。
スタートは5階。
目指すは1階。
最短ルートは一直線の落下となるが、さすがに無理だ。

『ルート変更か、それともこのまま?』

そんなことを思う。
まともに一段一段を踏みしめて行けば、遅かれ早かれ道をふさがれるだろう。
なにせ、相手に予想されやすい道をぬるい速度で逃げるのだから。
だが。
エレベーターは密室、エスカレーターには一般客が多すぎる。
やはり残る道は階段しかない。
幅広く、ゆるやかな階段だった。
中間地点である踊り場からは今までと逆方向に折れて続く。
降りて行って踊り場で反転、次の階まで降り切ったらまた反転。
それをくり返す。
1F分の距離を1/2ずつ踊り場で分けた、よくあるタイプの構造だ。
5階から4階へ向かいながら、キッドは横に目をやった。
中央を仕切る方には壁がなく、胸ほどの高さの柵になっている。
柵の隙間から踊り場より下に続く部分の階段が見えた。
踊り場を越え、4階へ。
追っ手の足音を聞きながら下へと進む。
4階から踊り場へ向かう途中で、キッドは突然、柵をつかんだ。
身体が沈み、一瞬の後に伸びあがる。
ひらり、キッドの身体は手すりを乗り越え宙を舞った。
追っ手を引き離すためにキッドが取った方法は、丸ごと1F分の落下。
4階から3階へ移る間の、1/4地点から3/4地点へのショートカットだ。
絶妙なバランス感覚で段の縁に着地を決める。
すぐに、キッドは再び柵をつかんだ。
追っ手が降りてくる前に、もっと先へ。
今度は4〜3階間の3/4地点から、3〜2階の1/4地点に飛び降りる。
華麗に着地。
そのとたん、キッドは動きを止めた。
「あー……。」
思わずもれる苦笑い。
視線の先では真っ赤な薔薇が勝ち誇るように立っていた。
2階の出入り口をふさいでいるのは先ほどの女だ。
もちろん一人ではない。
女を取り巻くように私服姿の男女が数名、進路を阻むように並んでいる。
「残念だけど、ここで終わり。」
かすかに怒気をはらんだ声音で女が告げた。
「油断してっと逃げちゃうけど?」
言葉では余裕を表しながらも、キッドの顔から笑みが消え去る。
女が笑う。
赤い口紅。にったりとカーブを描いた、情熱のルージュ。
黒い瞳は黒曜の闇。ぬれて輝く氷の視線。
まもなく上からの追っ手も現れ、踊り場で立ち止まった。
前と後、両方に人の壁ができる。
相手の総数、約20名。
何気ない風に両手をポケットへ……と思っても、前後の敵は許してくれなかった。
ぴくりとキッドの手が動いたとたん、女の『部下』たちがいっせいに銃を抜く。
わずかに、キッドの足が後ろに下がった。
女は愉快そうに笑う。
銃口は、一つ残らずキッドを捕えていた。
見せかけの脅しではない証拠に撃鉄が起こされる。
あとは引き金にかかった指が数mm動くだけで弾丸がキッドを射抜くだろう。
さっきはこんなところで発砲するつもりかと嘲笑したくせに。
少し場所を移しただけで、ずいぶんと大胆なご歓迎だ。
逃げ道のない状況でこれだけの銃にロックオンされては、もう笑うしかない。
「なめた真似をしてくれて……。」
ゆっくりと、女が歩み寄ってくる。
「もう一ナメくらいさせてくんない?」
危険が強まるほど楽しんでしまうのは、押さえ切れない悪いクセ。
ふざけた調子で言葉を投げれば女の唇は『バカね』と動いた。
「最後に一度だけチャンスをあげる。私と組みなさい。」
あでやかな微笑。
言いながら、す、と女の右手が上がる。
すると、女の後ろにいた者の一人が防火シャッターのスイッチを入れた。
意外と速いスピードでシャッターが下りていく。
視線を背後にめぐらせば、踊り場の一人が階段を登ろうとしていた。
おそらく、3階出入り口のシャッターを閉めるために。
「返事は!?」
黙るキッドに、女が強い口調で問う。
あまりにも鋭い響きに『部下』たちの目が女へと流れた。
ほんの一瞬、本当に一瞬だけ生まれた、注意力の隙間。
キッドの手はすかさずポケットを叩いた。
ポケットから白いケースが飛び出す。
キッドの動きに反応したのか、前方にいた包囲者の一人が引き金を引いた。
キッドの目は捉えていた。
その男の指に力がこもるところを。
無意識の反射で身をかわす。
空気を貫くかすかな振動、鉛玉の通過音。
両手を挙げつつ振り向くと、壁に残った弾痕が見えた。
9mm口径の傷跡。位置は額の高さだ。
(従わないなら消すってことか……。)
手足ではなく、頭を狙った射撃にそう考える。
キッドは体勢を立て直し、女のいる方に向かって手の中を見せた。
乗っていたのは先ほどのタブレットケースだ。中にはまだ薬が残っている。
こわばっていた女の表情に拍子抜けした色が浮かんだ。
彼女の周囲を固める者たちからも呆れたような空気が漂ってくる。
ちょっとだけ肩をすくめ、キッドはケースの中身を全て手に出した。
ざらざらと。手のひらからこぼれる寸前の量だ。
それを一気に口の中に放り込む。
「ひょーらね(そうだね)……。」
女への回答を考えるふりをする。
つぶやいた言葉は薬を含んだせいでひどく不明瞭なものになった。
ちらちら時計を気にしつつ、薬が唾で湿るのを待つ。
腕時計の針は、キッドが予定していたより30分以上も遅い時刻をさしていた。
これ以上はもたつきたくない。
キッと女をにらみつけ、キッドはぬれた薬を手のひらに吐き出した。
「悪いねオバサン、断る!」
叫ぶと同時に、階段を上へと走る。
女が背後の『部下』たちに「撃て」と怒鳴ったが、彼らは撃たなかった。
いや、撃てなかった。
彼らから見ると、キッドの向こうには踊り場の『部下』たちがいたのだ。
「仲間に当たります!」
下の方から声が響く。
次いで、平手打ちの音。重ねて「撃て」と怒鳴る女の声。
踊り場にいた者たちを追い越しながら、キッドは手の中の粒を指で弾いた。
2・3粒ずつ固まって、白い点が宙を翔ける。
めがけたものは目の前の『部下』たちが構える銃だ。
粒が1cm足らずの銃口に飛び込む。
そのまま邪魔者の間を駆け抜ける。
階段を駆け上がるキッド。
追い越されたうちの数名が、キッドに向けて引き金を引いた。
刹那。
銃身がカッと鳴く。
破裂音と共に悲鳴が上がる。
弾の通り道である鉄の筒は裂け、『部下』らの手もまた無残な傷を負う。
暴発だ。
なにせ、弾丸が飛び出そうとする瞬発的な圧力は半端ではない。
たとえ柔らかい物であっても、銃身の内に障害物があれば圧力は逃げ場を失う。
必ずというわけではないが、ほこりや泥ですら破裂の原因となるほどだ。
ましてや、湿ってかたまりとなった薬の粒ならば。
包囲者たちがたじろぎ、どよめく。
その隙に、キッドの両手はポケットに飛び込んだ。
両手とも弾倉マガジン満タンフル
5階でもかなり撃ったはずだが、いつの間に補充したのだろうか。
ブローニング・ベビーが一度に抱えられる弾数は本来6発、裏技を使っても7発だ。
ただし、キッドの愛銃は一挺につき8発の特別仕様である。
踊り場の一団に向け至近距離から16発。
狙いはあくまで正確に、小さな銃が火を吹いた。
弾丸を受けた者たちが次から次へと倒れふす。
ある者は顔のど真ん中を押さえ、またある者は股間を押さえて悶絶しながら。
互いにぶつかり合い、無傷の者まで階段を転げ落ちる。
二挺とも撃ち切ると同時に、キッドは素早く両手を背中に回した。
再び二挺が現れたときには新しい弾倉が装着されている。
残るは2階の際にいる数名と女自身だ。
「これってわりと形勢逆転?」
あくまで真顔でキッドが言えば、女の額に汗が浮く。
二挺の銃口が捕らえた先にあでやかな赤い薔薇。
女を護衛する者たちも主に銃を向けられては下手に動けない。
他の誰かならばともかく、今ここにいるのはキッドなのだから。
たとえ多勢に無勢だろうと関係はない。
銃を抜かせてしまったら、キッドにかなうものなどないのだ。
じり、女が動く。
その瞬間、引き金が引かれる。
紙袋を叩き潰した程度の小さな銃声。
息を飲む女の隣りで、店員の制服を着た男が倒れた。
完全なる逆転だ。
このまま行けば終幕は近い。
女も、わずかに残った『部下』たちも、キッド自身もそう考えた。
ところが。
辺りに響く場違いな歌声。
店内放送とは明らかに異なる、流行の歌が……

……キッドのポケットから。

「……ごめん、着うた。」
気まずそうに言ったのは、キッドだった。
女たちの顔に『は?』と言わんばかりの不審げな表情が浮かぶ。
心底、気まずい。
よりにもよって陽気な歌だ。
底抜けに明るいラブソング。この指定着信音は恋人からの電話である。
ますます、気まずい感じ。
彼女からの電話ということは用件はアレだな……などと思う、少年一人。
『ブローニング・キッド』が、つかの間、ただ少年に戻った。
「オバサン、運いいね。」
カチャリ。
二挺の愛銃をポケットへ。
階段を駆け上がり、シャッターを開閉するための小さなスイッチを押す。
「……やっべ時間が!」
時計を見ながら一声叫び、キッドは去っていく。


後には、呆然と立ちつくす女たち。
「電話?」
去っていくキッドを見送って、女がつぶやく。
やがてはっと我に返り、女は懐から通信機のようなものを取り出した。
別の場所に潜む『部下』たちにキッドを追えと指示を下す。
指示の後も、女はしばらく放心したように立ち尽くしていた。
ふと見れば、残った部下はたったの4名。そのうち三人は女性だ。
「女には、甘い? ……それとも弱いのかしら。」
そう一人ごちて、自嘲のため息をこぼす。
「ありえないわね。」
甘くも弱くもないことは今までの戦いぶりを見れば一目瞭然だ。
倒れている者の中にも女性はいる。
それに、女自身も本気で殺されると感じた。
キッドの静かな眼に宿っていたのは、確かな殺気。


ちょうどその頃、キッドは『部下』の別働隊とおぼしき連中に出くわしていた。
上の階で別の階段に向かおうとしたところへ、屈強な男たちが走りこんできたのだ。
あからさまに怪しい彼らは、どうやら女の元に駆けつける最中だったらしい。
残念ながら、階段を離れる前に見つかってしまった。
彼らはキッドを見るや、「待て」と叫んで追いかけてくる。
待てといわれて素直に待つバカはいない。
追い駆けられるままに、キッドは階段を駆け上がり続けた。
上へ、上へ。
キッドは走る。

捕まるどころか、むしろ追っ手を引き離しつつながら。
どたばた続く追いかけっこは、まるで古いアニメのようだ。
しかし。
順調に駆け上っていたキッドの前に、そいつは突然現れた。
行き止まり。
階段が終わり、あたりに進めそうな道はない。
唯一、つきあたった壁の真ん中に、金属製のドアがあるだけだ。
軽く舌打ちがもれる。
どうやら焦っていたらしい。
目指していたのは最上階、すなわち9階だった。
9階で階段を離れて別のルートを選ぶつもりが、通り過ぎてしまったようだ。
このドアの先は、最上階のさらに上。どんな場所かはわからない。
下から迫る足音を聞きながら、ドアノブを回してみた。
鍵がかかっているのか、開かない。
だが、押してみるとギシギシとうめくような音がする。
何とも貧相なドアだ。
そろそろ耐久年数が尽きているのではないだろうか。
サビだらけの表面に貼られた、『危険、立入禁止』のステッカーだけが妙に新しい。
やけに楽しげな表情で、キッドはポケットに手を入れた。
出てきたのは小さな銃……と思いきや、小さな箱。
手のひらにすっぽりと収まるサイズの箱だ。
シンプルながらも丁寧に包まれており、一目でプレゼント用とわかる品だった。
メタリックな紅い包装紙が、キラキラと、やけにまぶしくきらめいて。
キッドの瞳にいつものいたずらっぽさとは違う光が宿る。
「冗談じゃないっての。」
紅い小箱にキス一つ。
キッドは渾身の力で、錆びたドアを蹴り開けた。

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