Two cream puffs,yeah!

※ caution!! ※
 この先には、怪我をする描写が含まれています。
 苦手な方はご注意を!

ドアの向こうは屋上だった。
フェンスもない、壁もない、一歩間違えれば真っ逆さまの危険な場所だ。
広い広い屋上を一直線に走るキッド。
あっという間に端が近づく。
追っ手たちもキッドに続き、屋上へと飛び出してきた。
追う者たちにも見えただろう。
キッドが走る数歩先で、コンクリート製の地盤が途切れている光景が。
ここは9階建ての屋上なのだ。
建物が途切れた先には、目もくらむような空間が地表まで突き抜けている。
逃げ場なし。
ほんの少しの気のゆるみが、追っ手たちに広がる。
次の瞬間、どよめきに変わった。
飛んだのだ。

キッドが、
スピードを落すことなく屋上を走り抜け、
そのまま、
屋上の端を越えて……

空中へと。

予想外の事態だったのだろう。
追っ手たちは射撃するでもなく、半ば硬直してキッドを見守る。
その中に、あっと声を上げた者がいた。
おそらく、キッドが飛んだ方向に隣のビルがあると気づいたからだ。
隣とは言っても、直線距離にして6〜7mは離れているのだが。
しかも隣の屋上には高いフェンスがある。
ただ、隣のビルは今までいたショッピングセンターより3mほど低かった。
高低差を考えれば、フェンスの内側に降り立つ可能性はゼロではない。
最初に声を上げた一人は、すぐに叫んだ。
「まずい、撃て!」
その声で目が覚めたように、追っ手たちは銃を構えた。
しかし、狭いドアから次々と出てくる仲間に押されてバランスを崩す。
撃てずにいた、わずかな時間。
軽やかに舞ったキッドの身体が、描くは見事な放物線。
着地点はもちろんお隣の屋上だ。
背中に羽があるとでも言われたら、信じてしまいそうな大ジャンプ。
少々足の裏が痛そうなくらい力強く降り立った。
着地姿勢も良好。
斜め下に向かったとはいえ、幅跳び的にはなかなかの高記録である。
くるりと振り向きざまに、キッドはきゅっと唇をつり上げた。
見上げた視界に追っ手の姿をとらえれば。
一人、銃を構えてキッドを狙う者がいる。
相手が撃つ直前に、キッドの手もまた、自らの愛銃を握っていた。
両手にそろったちっちゃな相棒、銃の名はブローニング・ベビー。
二挺のベイビーズは、いまやすっかり彼の象徴。
次の瞬間、相手の一挺とキッドの二挺が火を噴いた。
引き金を引くタイミングはほぼ同時。
追っ手が放った弾丸は、二人の中間で進路を変えて明後日の方向へ。
キッドの放った弾丸は一発が行方不明、もう一発は相手の右目に飛び込む。
スローモーションで見なければ何があったかわからない。
そんな空中戦。
キッドの撃った行方不明の一発は、空中で、追っ手の弾丸にヒットしたのだ。
ぶつかりあった衝撃で、二つの弾丸は進む方向を変えた。
その結果。
追っ手の弾は大きくそれて、無傷のキッドが立っている。
キッドの小さな弾丸もはじき飛ばされ、どこに飛んだかわからない。
ただし同時に放ったもう一発は、1ミリの狂いもなく追っ手の右目の真ん中に。
目を押さえて叫ぶ敗者。
ただ『撃たれた』とだけ思った周囲の者たちが次々に銃を抜く。
しかし、引き金を引く前に、彼らの銃は残らず足元に転がった。
キッドの放った弾丸が彼らの手に、指に、銃に命中したせいで。
慣れた手つきで銃を収め、キッドは彼らに背を向ける。
サヨナラの挨拶は不敵な笑顔。


対決のイメージは深紅と紺碧。
ダークレッドの薔薇は燃え堕ちて、むき出しのトゲが残る。
勝利の星を輝かせたのはキッドの方だ。
両手にダブル・ベイビーズ。
自在に駆ける風のように、ウルトラマリンブルーは去って行く。


唖然とする追っ手を尻目に、キッドが悠々とその場を去った後。
さきほどの喫茶店では女が『部下』の報告を聞いていた。
拳の形に握った指は力の入れすぎで真っ白だ。
うつむきっぱなしの『部下』に鉄拳が飛ぶ。
まさにそのとき、リーダー格の『部下』が持つ通信機が鳴った。
女の手がすばやく伸びる。
ひったくるように通信機を奪い取り、耳に当てた。
雑音交じりの音声が辺りにも漏れ聞こえる。
わずかに響く内容は、取り逃がしたと伝える声。
女は唇をかみ締める。
探し出します、と言う『部下』に中止の指示を吐き捨て、女は足早に歩き出した。
少し遅れて、『部下』たちがあわてた様子で女の後を追う。
それから数分後。
女と部下たちは隣のビルを訪れ、最上階へと昇っていった。
誰もいない屋上。
ビル内と屋上を隔てるドアが開き、女が現れる。
『部下』たちをドアの中に残し、女はキッドが降り立った場所に近づいた。
フェンスの前で立ち止まる。
どうやら彼女は、地上を見下ろしているらしい。
鉄製のフェンスは、キッドが蹴り開けたドアと同じくらい錆びていた。
ところどころ、網目が破れている。
細い鉄線の先だけがトゲのように鋭い。
「まだよ、まだ終わらない……」
かすれた言葉を吐き出して、女は切っ先をさらす鉄の金網をつかんだ。
「この借りは、必ずっ!」
言うと同時に、鉄のトゲに触れていた指先まで力がこもる。
白い肌がブツリと破れ、鮮血が指を伝った。
優美だったまなざしに宿る激しさと、ギリギリと食いしばった口元。
薔薇というよりも紅蓮の業火を思わせる、これが彼女の素顔なのだろうか。
……おや。
それにしても、と、女がつぶやいている。
「何が、あったの?」
女の脳裏をよぎっているのは先ほどの光景なのだろう。
突然鳴った携帯電話。
時計を気にしつつ、『時間が!』と言い捨てて走り去ったキッド。
何事か時間を約束した用事があることを匂わせるセリフだ。
女との決着は目の前に転がっていた。
拾える勝利を放り出す理由とは、いったい、何だったのか。
「いったい、どれほど重大な用件が?」
荒い呼吸の問いかけに答えはなく、ほこりっぽい風だけが女の髪を揺らした。

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