Two cream puffs,yeah!
んでもって。
某所。
住宅街の一角に、息を切らせて全力疾走するキッドの姿があった。
駆け行く風圧に吹っ飛びそうなアッシュグレイの髪。
きらり、汗が光る。
激しい息はまだまだ白く、春には遠い冬の道。
やがて彼は一軒の家に駆け寄ると、インターホンに飛びついた。
ぴんぽ〜ん。
「は〜いv」
玄関が開く。
笑顔で迎えてくれたのは小柄な少女だ。
なぜだかビッと親指を立て、全開の笑顔でキッドが叫ぶ。
「誕生日おめでとー! ハッピーバースデー、ユキ〜!」
「……うん、ありがと。」
少女は照れた様子で下を向いた。
彼女の頬がちょっぴり赤いのは、恋する相手が目の前にいるからか。
それとも、住宅地のど真ん中で叫ばれたのが恥ずかしかったのだろうか。
少女の名はユキ。
他でもない、キッドの大事な恋人である。
キッドは携帯電話で時刻を確かめて、申し訳なさそうに眉をひそめた。
「……3時に行くとか言っといてもう4時だし。ごめん、すっげーごめん。」
ぺこりと頭を下げると、ユキはおかしそうに笑う。
「んもぅ、少し遅刻だぞvv」
「ごめーん! これでも全力で急いだんだよ〜。」
でれでれでれでれ……キッドの表情がだらしなく崩れる。
崩れ具合をたとえて言えば、さながら春の雪解けの如し。
そこへユキがこんなことを言ったから、もう大変だ。
「今日、お母さんもお父さんも遅いの。誰もいないからゆっくりして行ってね。」
心の中でガァァッツポォォォーズ!!!!
この有り様、とても数十分前の彼と同一人物とは思えない。
ユキに招かれるまま、キッドは玄関へと足を踏み入れた。
中に入った瞬間、ふんわりと甘い匂いが漂ってくる。
バニラ。
カスタード。
甘く焼きあがった菓子の匂い。
一瞬にして胸焼けを起こしたキッドに、ユキが衝撃の事実を告げた。
「シュークリーム焼いてみたんだ♪」
(マジですか。)
キッドは内心うんざりしていることを悟らせまいと明るく振舞う。
しかし、よりにもよってシュークリームとは。
つい数十分前、それはもう嫌というほど与えられたものではないか。
甘ったるいシュークリーム、大量のコーヒーには睡眠薬の隠し味。
「ね、紅茶とコーヒーどっちがいい?」
「紅茶。」
せめて飲み物だけは違う方を確保して、キッドはユキの部屋へと足を進めた。
鼻歌まじりのゴキゲンなユキは、キッチンへと急ぐ。
お姫様が紅茶と菓子を持ってくるまでの間、キッドは一人だ。
ハンカチを出して汗をふき、ほっと一息。
ついでにユキの鏡を借りて、返り血が肌についていないかをチェックする。
衣服に染みこんだ分の血液はとっくに乾いていた。
よくよく目を凝らせば見える程度の斑点。まるでかすかな模様のようだ。
血の臭いがしないかと自分の体を嗅いでみて、汗臭ぇかも、などとつぶやく。
ユキの部屋にはほんのりと甘い香りが漂っていた。
バニラエッセンスの甘ったるさとは違う、ユキの匂い。
真っ白な粉砂糖か淡雪を思わせる、爽やかに甘い空気だ。
ジャケットを脱ぎ捨てて、キッドは、ふと下を向いた。
冬物の黒いジャケット。
放り出されたままに寝そべっている。
足に引っ掛けてひょいと拾い上げると膨らんだポケットが目に入った。
キッドの瞳にあの光。屋上への扉を蹴り開けたときの、あの光。
布の上からそっと確かめるのはポケットの中身だ。
紅い小箱。
箱の中では赤い指輪がひっそりと登場の時を待っていた。
彼女の小指にぴったりはまる、真っ赤な真っ赤なルビーのプチリングが。
全ての始まりは、この指輪から。
その日。
ちょっぴり非常識な能力を持つ少年は、かなり危険なゲームに挑んでいた。
ゲームのさなか、一人の男が少年を『kid』と呼んだ。
以来、彼の呼び名はキッド。
ブローニング・ベビー使いのブローニング・キッド。
彼自身もそう名乗ってきた。
きっと、これからも。
そうこうしているうちに、ユキが紅茶を運んできた。
キッドはにこやかな表情で、ジャケットを背後に隠す。
「なぁに〜? 何隠したの?」
感づいた様子でユキが笑う。
「なーんでもないって。隠してねーから。」
言いながら、キッドはユキの手から紅茶のポットを受け取った。
「えい♪」
両手があいたユキは、可愛らしい声をともにキッドのほっぺたをつまむ。
「ひらい、ひらいっ(訳:痛い、痛いっ)」
引っぱられたせいで口が回らず、なんとも間抜けな声が出る。
キッドの頬に浮かぶ笑みはお世辞にも引き締まっているとは言いがたかった。
けれども、ジャケットを隠したキッドの背中は、この上もなく幸せそうで。
「何考えてるの?」
手を離して、ユキが問う。
「……いろんなこと。」
くすりと笑ってキッドが答える。
彼女がパカリと箱を開けたら、誇らしげに言おう。
「ほら、前に図書館で見た写真と同じでしょ? 覚えてる?」
驚くだろうか、喜ぶだろうか。もしかして忘れてるかな?
彼女に褒めてもらいたくて、わざと顔をのぞき込んだりして。
「約束守ったよぉ♪」
なーんて、明らかに何かを期待した感じで迫ったりなんかして――
楽しい想像、止まらない笑み。
「ちょっと待っててね♪」
そう言って部屋の外に向かうユキを、優しく見守る。
彼女は部屋を出てすぐ扉の影にしゃがみこんだ。
立ち上がったユキの手には、丸いバスケットのような物。
どうやらシュークリームの入った器は扉の影に置いてあったらしい。
「!?」
おもわず硬直するキッド。
ユキの手で運ばれてきたのは、間違いなくシュークリームだったのだが……。
すごかった。
ほんとうにすごかった。
何がすごいかというと、量がだ。
かなり大きなカゴを器に、山盛りのシュークリームが鎮座する。
一個一個は小振りだが、軽く見積もっても二十個以上はあるだろう。
「じゃあ〜ん♪ すごいでしょ?」
「すごい……」
違った意味で同じ言葉を発しつつ、二人は並んで座った。
ユキの部屋の真ん中には、準備よく小さなテーブルがセットされている。
テーブルの上で、山盛りのシュークリームは圧倒的な存在感を放っていた。
シューのうち半分くらいは見慣れた小麦色。
いくつかの黒っぽいシューは、ココア生地だろうか。
ここまではわかる。
だが、残りのシューは初めて見る色だった。
ほぼ半分を占めるのは、赤っぽい生地のシュー。
初めて見る赤さだ。
にんじんのように黄色っぽくもないし、イチゴのようにピンクでもない。
珍くて、ついまじまじと見てしまう。
すると、ユキがすり寄るようにくっついてきた。
「赤いの食べてみてくれる?」
上目づかいのキュートな視線。
ナイスなアングルの恋人を見れば、胸焼けなんて敵ではない。
「いっただっきます!」
パァンッと一発、手を合わせ、キッドは赤いシューにかぶりついた。
ほのかな酸味、すっと溶けるさわやかなクリーム。
「んまぃっ!」
お世辞ではなく賞賛の声がもれる。
「すげーうまい、これ初めて食う味。」
口をむぐむぐさせながら言うキッド。
美味いのはいいが、口の中の物を飲み込んでから話してもらいたい。
「クリーム、超さっぱり。これ何の味だろ?」
今度は飲み込んでから尋ねる。
興味深そうに見つめるのは食べかけのシュークリーム。
一口かじった部分から顔をのぞかせているクリームもほんのりと赤い。
ユキはにっこり。
「それ、赤ピーマン入り♪」
「うそぉ!?」
キッドは目を丸くした。
「ほんとだよー。ぜんぜんわかんないでしょう?」
ユキが得意げに胸を張る。
皮とクリームを染めていた赤は、なんと赤ピーマンの色だった。
赤ピーマンは、別名パプリカ。
パプリカ色素といえば食品を赤くするために使われるものだ。
なるほど、この色にはうなずける。
裏ごししたペーストでも入っているのだろう、ピーマンの姿はどこにも見えない。
それにしても、まさかピーマン入りのクリームがこんなに美味いとは。
「へぇ、赤ピーマンってクセないなぁ。」
言いながら、キッドが次に取ったのは黒いココア生地のシュークリーム。
「あっ!それは、」
ばくり。
ユキが何かを言いかけたが、もう遅かった。
二つ目のシュークリームはすでにキッドの口の中。
「!!!!!!!」
なぜか、キッド悶絶。
ユキが悲痛な声を上げる。
「それは昨日みんなが作ってくれた、あたし用のチョコバナナ味〜!」
ココア生地の中にあったのは生バナナたっぷりのバナナクリームだった。
説明しよう。
キッドはこの世の中で最もバナナなる食物が苦手である。
大嫌いなどという生易しいものではない。もはや生命に関わる毒物に近い。
「ごっ、ごぉっ……(訳:こ、これはっ……)」
「バナナ……食べれた、ね……。」
ユキは引きつった笑いを浮かべている。
言っておくが食べたわけではない。ウッカリ口に入れただけだ。
その証拠に、これ以上は噛むことも飲み込むこともできそうにない。
「大丈夫?」
ユキは不安げに顔をのぞき込んでくる。
残念ながら、大丈夫ではなかった。
呼気のみならず、身体までもがプルプル震え出す。
吐き出したくてたまらない。
というよりむしろ、先に言っとけやコラー!と怒鳴ってやりたい。
だが、キッドは優しい眼差しで、ユキのおでこをつんっとつついた。
精一杯の強がりで必死の笑顔を作る。
「ほんとに大丈夫?」
間違っても大丈夫ではない。
ユキはますます困ったようにキッドを見つめる。
(心配そーな表情がむちゃくちゃかわいいから、許す!)
……などと思いながら、やっぱり耐え切れないキッドだった。
「クキかぁ出ぃたい……(訳:口から出したい……)」
「ごめぇ〜ん! バナナだって先に言えばよかったぁ〜、ごめんね〜。」
焦りながらも助けてくれないお姫様。
せめて、君の後ろにある箱ティッシュか、ゴミ箱を渡してあげてください。
いやいや、マジで。
二人のイメージは、粉砂糖の白と瑠璃の青。
シュガーホワイトが似合う彼女は、人畜無害で善良で、料理上手なのんびり屋。
そして。
この世界でただ一人、キッドにかなう最強の人。
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