「……で? 計画の進み具合はどうなってんの。」
部屋の中央で、黒服の男が声低く問う。
黒檀製のデスクに両の肘をつき、組んだ両手にあごをのせて。
黒服の男はシンプルな型のイスに腰掛け、スクリーンと対話していた。
男の周囲は闇である。
黒服の男の顔を照らすのは、前方に広がる大型スクリーンの光だけだ。
時刻は真夜中。
スクリーンの中で、文章と数式、それにグラフがめまぐるしく流れていく。
文章中に用いられているのは、実にさまざまな国の言葉である。
日本語、スペイン語、ドイツ語、フランス語、タイ語、中国語に英語……。
どうやら各国から届けられる報告をそのまま現地の言葉で流しているらしい。
黒服の男の視線は動かない。
スクリーンの一点を見つめたまま、そこを通る情報だけを読み取っているのだ。
詳しくは省くが、彼は裏社会を変えるつもりである。
現在も十分に有力者である黒服の男が、まともに目指しているもの。
それは『裏社会における独占の防止』とやらであった。
その理屈を頭から信じる者はない。
似たような理屈をつけていても、他の者は皆、己が変革の受益者になろうと必死だからだ。
唯一黒服だけが特別なのは、やはり変革の波に飛び込んだ理由からだろう。
他の『常識的な』裏社会の者達は自分達の利益拡大のために変革を歓迎した。
だが、黒服の理由は一味違っている。
おもしろそうだからだ。
まあ、おもしろがる上に利益も得たい、とは考えているようだが。
やがて黒服の男は、右の中指でトンと机の右端を打った。
ブン、と音がして画面が切り替わる。
痩せて顔色の良くない男がスクリーンに映った。
二重まぶたの下で光る大きい目が妙な力を感じさせる男だ。
痩身の男は無言のまま黒服を見据えた。
「報告書は見た。」
黒服が言う。
「『立派な資料で賞』をやる。……で? 計・画・自体はどうした。」
再び、黒服が問う。
痩身の表情がピクリと動いた。
《ですから……。こういう状況ですが。》
あくまで無表情に痩身が言う。黒服はため息混じりに頭をかいた。
「要は進んでないんだな?」
《指令に無理があるんですよ。》
スクリーンの中で、痩身が半ばあきれたように言った。
《こんなに早く資料が集まっただけでも奇跡です。高望みすると、部下、逃げますよ。》
「急ぎたいんだよ。」
黒服がむっとした表情で言い返す。
と、意外なほど素早く応えが返ってきた。
《誰の鼻を明かしたいんですか?》
痩身が言う。
一瞬、黒服が目を見開いた。すぐに思い切り眉を寄せた表情に変わる。
「何でそう思う。」
低くつぶやく。
その様子を見て、痩身はこともなげに言った。
《いつものことですから。》
黒服が不機嫌な様子でスクリーンをにらんだ。
《どうせまた誰かやっつけたいヤツができたんでしょ。協力はしますよ。》
さも当然のように、痩身はさらりと言ってのける。
黒服は憮然とした顔つきで口をつぐんだ。
しばしの沈黙が辺りを支配する。
やがて黒服が口を開いた。だいたいなあ、とスクリーンに言いかける。
ところが、その途端に痩身がしゃべり始めてしまった。
《だいたいねえ、委任先の会社選びからして条件無茶なんすよ。
まったく、キレイ事ばっか言って。
会社の重役どもなんてね、どこも一緒。
強いヤツにくっついて、賄賂使って、そういう連中がのし上がってくんですから。》
痩身は微妙に舌がからまった口調で流れるように言葉をつなぐ。
どこか説教くさい節回しだ。黒服は、うぇという表情で聞いていた。
何やらどこかで聞いたような口調だぞ、と首をひねりながら。
そのうちに痩身の説教節がやっと収まった。黒服がすかさず言い返す。
「じゃあ、お前はどうなんだ?ウチの重役みたいなもんだろ。賄賂なんかいつ寄越した。」
黒服の言葉に、痩身は、ふふ、と笑って答えた。
《ウチは特別、です。何せ、上のアンタが『特別(スペシャル)』ですからね。》
ここで一拍置く。
痩身は、笑みを含みながら先を続けた。
《だからついていくんです、俺たちは。》
一瞬、間があった。
「うるさい。黙って働け!!」
黒服が怒鳴る。
痩身は、苦笑。
《期待しないでお待ち下さい。もちろん、世間の常識よりはずっと早くします。》
痩身の男はなおもぐちぐちと、本当にアナタは、などと小声で続ける。
黒服は考えていた。この舌がからまったような口調。
なおかつ、この説教節には覚えがある。
……もしかして。
「お前、酔ってるだろ。」
黒服はびしっとスクリーン越しに痩身の額を指さした。
痩身が答える。
《わかります?午後から●●議員と会食しまして。どうしてもって言うもんで。》
平然とした顔で。
黒服の男は、やーっぱりなあ、とつぶやきながら苦笑を浮かべた。
「俺に説教すんの、お前くらいなもんだぞ?」
《すんませーん。》
進化せよ、という号令の元、裏社会が変貌を遂げようとしていた。
そんな進化の真っ只中で生きている。
一瞬たりとも気の抜けない日々を送る男たちの、ある夜の会話である。