■ Partner

ドアを開けたら二秒でご対面。 ホテルのドアをノックされて開いてみたらのことだったんだけどね。 がくがく足を震わせ、男が一人、目の前に立っていた。

冷や汗の流れる顔はまだ若い。 ボクちゃんってとこだな、と無意識に値踏みした。 荒い息遣いのはざ間に、かすかにカチカチと歯の鳴る音が聞こえる。 その手に握っているのは、ナイフだった。 ジャックナイフ、という型のものか。 なぁんで銃じゃないの、と思うと、ふとおかしくなって笑った。

「な゛っ、な゛ぁあ゛っっ!!」

ナイフのボクちゃんがわめいた。


何がおかしいんだぁ!!
何笑ってんだぁ!!
何だコノヤロー!!


大体この辺りの叫びを上げたかったんだろうけど。

俺はにやっと笑って首を振った。

「あのね〜。俺じゃないんだな、君の本当のお相手は」

へ?と息を吐くのが聞こえた。 荒々しいほど乱れる『覚悟』そのものを表現するような呼吸が、一瞬収まりかけている。


ボクちゃんだねぇ。


「刃物はこう使うのよ…と」

帽子の中に潜ませた、カード型の刃物を抜く。 投げると抜くのは同時がベストだ。 ひゅっ!てね。 居合みたいでしょ?命名・居合投げ、なんちて。

空を切ったカードはボクちゃんの右耳をすぱっと切り裂いた。 真横に朱い線が浮き、ぱかぁんっと、相手の耳が二つになる。 ど真ん中あたり、だぁね。 ン年ぶりだったけど腕は落ちてないね。ホッとするね。

「う、うわ……」

耳を押さえて、裂けそうに見開いた目で俺を見る。 慌てふためくボクちゃんはナイフを落として後ずさった。

泣き出しそうな顔。 ひょっとして、今回が初仕事だったのかな。 若い芽をつぶしちゃかわいそうだよねぇ。 俺は、ちょっと意地悪な気持ちになっていたことにいまさら気づく。 やれやれ。

「ぁ、残念!ハズレでございます」

ことさら陽気に言ったなら。 上着の内側から『銃』を取り出して、ロックオン完了してしまう。 『銃』を目の当たりにした若者は…… きりりと締まったキツイ視線で俺を見て、じり、じり、と下がってく。 ただのチンピラにしゃあ惜しい。いい目だね。

「お前じゃないのか……?」

初めてしゃべったね。でもちょっと気の利かない質問だね。

「服が黒くて背がでっかければ誰でも一緒じゃないでしょ」

諭すように話しかけたら、うなずいた。 ちょっと相手を信用しすぎだね。もっと疑うことを知らなきゃ……。

「『黒い服を着ているでかいやつが目標だ』って、言われたんだな」

感慨深げに言ってやると、彼は驚きの表情に。

「何で…知ってるんだ…?」

あらら、あんまし頭良くないね。 それとも、そーんなに頭がひっくりかえるほど混乱しちゃってるのかね。

「あんた、奴の…こと、知ってるのか?」

やっと整ってきた息の下、かすれた声が響く。 またストレートな質問だね。ひねりが無い。

「よく間違われるからサァ、ま、ヤツとは確かに長いことつるんでるから あながち大ハズレってわけでもないしね」

ほら、「つるんでる」と言ったとたん、また表情が変わる。 引きつった、脅えとヤッテヤルンダという覚悟とやけっぱちの狂気、の顔。 一番は強く現れているのは脅えだけれど、本人は隠したつもりだろう。

と思って、はっとした。 あらら、何だろ?デジャヴュ? ……。 いや、違う。

「またね、ボクちゃん」

『銃』をポンっ。

まるでそれが合図だったかのように、若者は一目散に逃げていく。 俺は『銃』の先から飛び出した、ひも付きコルクをたぐり寄せるわけだ。 今度は水鉄砲にでもしようね。 これ、きれいに戻すの意外とめんどくさいから。



奥のシャワールームから、隠れていた相棒が現れる。

「何、遊んでやったのか?」

廊下に、壁に、飛び散った血の跡を見て、苦笑。

「ちょっと、な」

にっと笑って上着を返す。これ、こいつのなの。黒いやつ。 今日は俺、黒い上着じゃなかったのよね。

ヒト通る前に廊下洗っとけよ〜と声かけられて、はいはいっと返す。 あら、こんなやり取りも久しぶりね。 洗っとく、なんて下っ端仕事は、もう俺のものではなくなって久しい。

フロアの部屋は全部借りてんだから、他人(ひと)が通るわけもない。 そもそもいつも黒服のこの男が、あんな坊やに踏み込まれるなんて。 ありえない。

血の染みを取る専用の洗剤を届けさせてみる。 ケータイで部下に指示したら、ものの数秒で届けに来た。 待ち構えていたみたいだぁね。ま、いいけどね。

「何であの子通してあげちゃったワケ? ガードたち、いたんだろっ、と」

ごしごしカーペットをこすりながら、黒服に聞いてみた。

答えはわかっている気がする。 尋ねなきゃ悪い気もする。 この辺は、長年の勘かしらね、やだね、古女房みたいで。

「気まぐれだよ」

黒服から返ってきた答えは、予想とぴったりで、てんで期待はずれ。 言わなくてもわかるからって、本音を語らない。これ倦怠期の始まり。 やーね、こんな愚痴。 アタシたちもそろそろ離婚かしら〜?って、なんか気色悪くなってきたわ。やめとこ。

染みを取り終えて、まくりあげていたシャツの袖を下ろした。

「……俺らにもあったよねぇ。ああいう頃」

言いながら近づいて、黒服の横を素通り、窓へ着く。 下の道のはるか遠く、二人乗りに見えるバイクの影が、すたこらさっさと逃げてった。 二人、か。 ますますデジャヴュだ。 まるで、俺たちの。


「…たちは…、…から……になったんだ……?」

後ろから。 ぼそりと、誰に言うでもなく黒服がつぶやく声がした。 聞き取れないよーな声だけど。

「さぁてね。自分の生き方を自分で選ぶようになったときから、かな」

答えるわけでもなく、俺もつぶやく。

黒服が飲んでいたV.S.O.Pのボトルはほぼカラになっていた。 ああ、酔っているのか。 だから入れてやったんだ、昔の誰かによく似たチンピラちゃん。

高級なホテルの一室から眺めた空は、上が紺色、下は朱。 もうすぐ夜空が見られるだろう。 一番星はどこかしらん?  久しぶりにただ夜空が見たくて、そのまま窓枠にもたれかかった。 こんな都会じゃ見える星の数もたかが知れているんだろうなぁ。 俺が、俺たちがさっきのボクちゃんの年の頃は、この町でも星が見えた。

また来るといいね、あの坊やたち。 ビックになれよ、きっとなれるから。意外と簡単よ。 相棒は大切にするんだよ。それが大事。 本当だってば。おじさんを信じなさい。

口には出さず考えていたら、背後でかすかに笑う声がした。 黒服の男は何を考えているのだろう。 だいたい似たようなことか、全く逆のことだろう、きっと。

悪くない、と思うんだな。 ま、いろいろあるけど。相棒、ですから。


Fin.

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