■ Bad Blood


「ねぇ…ん、……今度はいつ会えるぅ?」
「さぁて、ね。約束はできねぇな。」
古びたジーンズをはきながら、俺はタバコの煙を吐き出す。
体中に汗がまとわりついてる。
うっとうしい上に、徐々に冷えて寒気がしてきた。
背後には、ぐしゃぐしゃになったシーツに沈む女。やれやれだ。
ヤってる最中に仕掛けてくれば楽だったろうに。
そうしなかったのは女の自信の現れだろうか。それとも、ただ最後まで続けたかったのか。
わざわざ女に背中を向ける。
その方が仕掛けて来ないだろうと踏んでいるからだ。
相手が自分に興味を向けない時は、なかなか終わらせようとしない。
油断しきって『魅力的な』自分に興味を示している最中にこそ、殺る。
こういうやつらの悪い癖だ。
こいつの正体は、
じったりと『獲物』の死に様を見物しながら美酒でも飲もうってな、ゆがんだ考えの持ち主の
真正面からの、しかし、ひどく高慢なだまし討ちがお好きな
俺が一番大嫌いなタイプの
殺し屋。
違和感の正体は、死臭。
どんなに洗い落とそうと、けして消えないかすかな匂い。
血の匂いとも違う、死の匂いだった。
裏通りではそこそこ名の知れた俺だから、時々こんなことがある。
名を売りたくて向かってくる奴や、自分の力に自信があって、試したくて仕様がない奴ら。
男も女も、正面から殴りかかってくる奴は大好きだ。
そう言う奴は大抵『いい眼』をしていて気分がいい。
第一、闘りあうってのはスカッとする。
「ねーえー。また、会えるよね?」
振り向かせたいのか、それとも何度も会い俺を『落として』みたいのか。
どっちもよくあるうざいパターンだ。反吐が出る。

………と、思うなら抱くな。

なんて指摘はなしにしてくれ。
あんたに言ってんだよ、そこの、そう、あんたに。
残念なことに、生まれつき女癖はよろしくない。
血が騒ぐ、という言葉がある。
まさにあれだ。女と見れば騒き始める。
ちょいといい女ならばなおのこと。自分でも嫌になるほどだ。
だが、俺の親父も爺さんも皆、そうだったらしい。
これはもう血が悪いんだと言うしかない。
何てのは、ただの言い訳にすぎないんだが。
背後で、女が異変に気づいたようだ。
ベッドから飛び出ようとして、そのまま床に。
頭から落ちたのか、鈍い音が響く。
「なぁに、痺れだけだろ。女狐さんよ。」
最中にこっそり掠め取った女の指輪の飾り石を、倒れた女の目の前に落としてやる。
もちろん、石の中に仕込んであった薬は使用済み。
女がギョッとした顔で俺を見上げる。
ついで、その顔がもう、般若のような表情に変わっていく。
さっき表通りで見た普通の女の面影はもうない。
あーあ、まったく。
どうせ綺麗に化けるなら、最後まで化け続けるプロ根性ってもんが欲しい。
「当然、飲んでねぇよな……、アルコールは。」
女が眼をむいた。
「随分と良心的な毒を用意したよな。酒を飲まなきゃほとん、ど……。」
舌がもつれる。
そりゃそうだ。わずかとはいえ俺も飲んでしまった。
喉が渇くぅ、と甘ったれた女に、冷たい水ごと思いっきり口移しで飲ませてやったのだから。
酒さえ飲まなければただの痺れ薬。
この界隈でこういう手口を使う奴らは、そんな毒薬を使うことがほとんどだ。
なぜって?
もちろん、真っ最中に自分が口にしてしまっても安全なように、に決まってる。
今回もそれと踏んだのに自信はあったが、この形相は当りだな。
「ああ、」
ふと、思い出した。
「さっき俺が飲んでたのはウーロン茶の水割りだ…。本物そっくりの色してただろ。」
次からお前も使いな、と言い残して。
背後の罵声を聞きながら、俺は、明るいホテルの部屋を後にした。
まさかとは思うが、あの女は酒を飲んでいただろうか。
まっさか。
俺は自分の考えを一笑した。
よっぽど自信過剰な大バカでもない限り、そんなことはしない。
まずまず腕のいい女だったようだから、大丈夫だろう。



その女が、それはそれは大丈夫であったことは、数日後にわかった。
たまたま馴染みの店ではち合わせて、いきなり一発、鋭い針がついたダーツを食ら わされたからだ。
薬は塗っていなかったが、腕に刺さってけっこう痛かった。
女ってやつは、怖い、怖い。
憤怒の形相で店のドアを叩きつけて、女は出て行った。いたって元気そうだ。
火遊びの罰、かねえ。
腕の血を吸い出しながらそんなことをぼやいていたら、仲のいい若い奴が俺の心臓 辺りを小突いて言った。
「そろそろどうにかするべきじゃないすか。この、タチ悪い血を!!」
そいつのウェーブがかった金髪頭を、べし、と叩く。
「それができりゃ、苦労はしねえんだよ。」
苦笑交じりに言った俺は、自分のために女主人が出した料理を一口食べ、思い切り 噴き出した。
とんでもなく塩辛い。
「まぁた女泣かせた罰だよ。あんたは、ほんとにもう。」
女主人が豪快に笑う。
ご、誤解だ……。
震えるほど塩辛い料理の味は、たった今すすった、俺の血の味に似ていた。

Fin.

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