■ Hey,brother

転げ落ちるイメージ。

転がり落ち、落ちた先で固い地面に叩きつけられ、骨が砕け、うめき、泣き、わめく。

甘いイメージ。

ミルク。キャラメル。ドロップ。いつかもらった、裏通りには珍しいお菓子たちの味。


ぼんやりと目を開く。 早朝の陽を感じながら、しばらくの間、ぼーっとしていた。 薄っぺらいカーテンはたいして日除けの役には立たない。 黄色い布地が、かえって光を美しくしているような気がする。

寝床から這い出て、まずやるのは洗顔と髪を整えることだ。 だらだらと洗面所に向う。 洗面台の前に立つと、鏡の中に『兄貴』がいた。


「うわ……」

今朝見た(ような気がする)夢のイメージが。 転げ落ち、砕かれる痛みと甘さのイメージが、不意に湧きあがってくる。 鏡の中では、この家にいない兄とそっくりな自分が、嫌そうな顔でこちらを見つめていた。

兄の記憶は新しいものほど不確かだ。 子どもの頃はいつもべったり一緒にいたから、その頃の記憶は鮮明である。 しかし、成長し、大人になった兄はほとんど家にいなかった。 したがって新しい思い出の中の兄であるほど、どんな顔だったか、どんな様子だったか、あまり記憶にない。


「……はあ」

ため息をつき、蛇口をひねった。 勢いよく流れる水で顔を洗うと、かがんだままで視線だけ鏡に向けた。 上目遣いで自分を見る、鏡の中の自分。

髪の毛を黒く染めたのが失敗だった。 先日、急に思い立って髪の色を変えてみたのだ。 特に意図があったわけじゃない。ただ、なんとなく変えてみたかっただけだ。 いつも赤系ばかりだったから、たまにはまったく違う色にしてみようか、と思っただけだった。 真っ赤や深紅、茶色っぽい赤と変化はつけていたが、さすがに飽きてきたから。ただ、それだけのことだ。

だが、これは失敗だ。 げんなりと鏡の中の自分を見つめる。 目新しいつもりで選んだものの、そもそも、黒はもともとの自分の髪色である。 生まれながらの髪の色にしてしまったため、そっくりになってしまった。 髪を染めていない、いつも一緒だった頃の兄と。

見れば見るほどひどく似ている。どうしても、どうしても似て見える。 いなくなる直前の兄は茶髪になっていたが、はっきり覚えているのが黒髪の姿だからしようがない。 そっくり兄弟の名に恥じない激似っぷりは昔からだが、なにもここまで似る必要はないだろう。


これでは、まるで、コピー。


そう思うと急に不機嫌になった。 乱暴に水音を立てて顔を洗い、手ぐしで荒っぽく髪を梳く。 いらいらする。 それでも少し髪形を整えなおして、その場を去った。


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