■ Heartbreaker

・ハート(heart)=心、 心臓
・ブレイク(break)=壊す  〜erでブレイカー(breaker)=壊す者、壊し屋

 「ハートブレイク(heartbreak)」は「失恋」の意味。
 また、「ハートブレイカー(heartbreaker)」は多くの相手を失恋させる「無情な美人」を意味する。

あなたはハート・ブレイカー。 私の心を打ち砕く。



あなたに初めて会ったのは、裏通りのレストランだった。

「あんな危ないところに近づいちゃいけない」ってパパは言うけれど。 冒険気分で出かけてみたの。お友だちとみーんなで。

ちっとも危なくなんかないと思った。だって普通のお店だったんだもの。 「路地の向こうに住んでいるのは、怖い犯罪者ばっかりよ」とママは言っていた。 でもそんなことはないってすぐにわかったわ。 お店の中は普通の人たちでいっぱいだったし、店員さんも親切で感じがいいの。 かえって表通りのお店の方が、サービスの悪いお店、いくらでもあるわよ。

ただ、レストランなのにお酒や合法ドラックがたくさん置いてあったの。 「さすが裏通りだね」って、お友だちとおしゃべりをして。 どきどきわくわくした、とってもいい思い出よ。


そして、あなたに出会ったの。

柔らかそうな茶色い髪の毛、優しそうな目。 「このイス、借りてもいいですか?」って話し掛けてきた人。 「どうぞ」って答えたら、私たちのテーブルで余ってたイスを一つだけ持って行った。 ついたて越しのお隣りさん。誰かのイスが足りなかったのね。

あなたたちの様子は見えなかったけれど、何人かで食事をしていたみたい。 思わず聞き耳を立てた、私を許してくれる?  あの時、あなたの声とあなたにお礼を言う誰かの声が聞こえて、思ったの。 自分の分ではないイスを求めて、わざわざ知らない人のところまで借りに行ってあげたんだ、なんて優しい人。

あなたはどこにでもいそうなお兄さんだったけれど、王子様みたいに素敵だった。 細い目がにこっとしたとこ、今でも忘れない。 どきどき、私の鼓動。 胸の中で心臓が飛び跳ねる、あの感じ、はっきり覚えている。


おうちに帰ってからも、ずっとあなたのこと考えていた。

毎晩のように夢を見たわ。 花嫁衣装がたくさんの花で飾り付けられていく夢を。 私は嬉しくてたまらなくて、結婚相手に笑顔を送るの。 もちろん、優しく微笑む花婿はあなた。 なんて素敵!

目が覚めても想うのはあなたの笑顔ばかり。 一緒にお話をしたわけでもないのに、すっかりあなたの事を知っているつもりで。

会いたくてたまらなかった。でも、パパやママになんて言えばいいの?  大反対されるに決まってる、あのレストランに行くのも、あなたへの想いにも。

身体はいつもどおり、学校と家と、ときには街を行ったり来たり。 でも心には羽が生えて、あなたの側まで飛んでいきそうだった。 自由が欲しいの?  胸に手をあてて聞いてみたら、鼓動が「どくん」と。 「そうよ!」と答えた。

私、もう一度あのお店に行きたい。行ったらあなたに会えるかしら?  裏通りに行こう。危険なんて怖くない! だって私は恋をしているんだから。

決心を固めて、お友だちを誘ったのは私。 でも、うまくいかなかったの。 たまたま私たちの話を聞いていた人がいて、学校にも親にも知られてしまった。

裏通りに出入りするなんて、不良のやることだって。 私たちはものすごく叱られて、パパとママは私を部屋に閉じ込めた。 まるでいけないことをした小さい子どものような罰。ひどいと思うでしょ?  私は不機嫌になるばっかりで、ちっとも反省しなかった。

悪い子ね、私。 今さら後悔したって遅いけれど。


やっと部屋から出してもらえたのは、先週のことよ。 次の選挙に向けた集りがあるからなの。 パパが支援者や有権者を集めて、華やかな立食パーティーを開く。 パーティーの前はいつも戦争のよう。 準備、準備、とても忙しい一週間。

やっとのことで準備が終わり、その日がやってくる。 私は新しいパーティードレスを着て、会場に着いて。 皆さん私のことを、とびきりの良いお嬢さんだと言ったけれど。

私は罪人。 他の人とは違う。 だって裏通りに行ったんだもの。

特別な気分よ、特別な人間になった気分。 私は映画のヒロインになったつもりで、会場のすみで静かにしてたわ。

そして、見つけた。 あなたがいた。 あなたがいた!  パパと話している知らない人の後ろに、あなたが立っていた!!  死ぬほどドキドキして、私は神様に感謝した。 これは運命なんだ、本気でそう思った。 私はあなたと話したくて、でも近づく勇気がなくて。 もじもじとその場に立っていた。

しばらくして、パパが真っ青な顔でこっちに来たわ。

「ママと一緒に逃げるんだ、パパが悪い、まさかばれるだなんて……」

意味なんてわからなかった。ただ、パパのことが心配で……。

ママと二人でおうちに帰ったの。 帰る理由を尋ねる人に、ママは私の気分が悪くなったから、って答えていた。 他の人たちに嘘の理由をばらまいて逃げなければいけないの? “ばれる”って何のことかしら。パパは何を、していたんだろう。

家に帰ってきたら、またあなたのことが心に浮かんだわ。 せっかく会えたのになんて残念なこと!  切なくて、なんだかベッドにもぐりこみたくなってきちゃった。 だから、ママにおやすみなさいを言って、すぐ寝室に向かったの。

部屋の中に一歩入ったときだった。 ふさがれたのよ、背後から、口を。 悲鳴をあげようとした私を部屋の中に突き飛ばし、後にいた人はドアを閉めた。 怖かったわ。 けれど、恐怖はすぐ、嬉しい驚きに変わったの。

だって。 だってだって!  あなただったんだもの!  ベッドの脇に倒れて見上げた、月明かりに映る人の顔。 あなただったんだもの!!

私の王子様、私が見ていたことに気づいた?  もしかして、パパを怖がらせていた何かから私を助けに来てくれた?  座り込んでいる私に近づいてきたあなたは、そっと私の肩に触れて。

次の瞬間。

私の胸に食い込んだのは、鋭いナイフ。 鉄格子の隙間から滑り込むように、肋骨の間をすり抜けて。 私の心臓まで、届いてしまった。

なんてこと。 やっと会うことができたのに、あなたがくれるのは、これ? 失恋しちゃった。 そう思った。 痛みなんて感じないのね、刺されて苦しむドラマの演技、あんなの嘘。

冷たいナイフから、だんだん熱が広がっていく。 知らなかった。裏通りは本当に犯罪者ばっかりなのね。あなたが、まさか。

ただ涙だけが頬を伝っていった。悲しかったの。ただそれだけ。

そうしたらあなたが言った。「おやすみ」って、優しい声で。 やっぱり、好き。 薄れていく意識の中、私、勇気を振り絞って告白したの。 あなたは困ったように笑って、そっと左手にキスをくれた。 それから、「ありがとう」って。手を、握って。

「嬉しいんだけど、お別れだね。悪いけど、これが仕事だからなぁ……」

ああ、これが、あなたのお仕事?

お仕事だったんだ、 しょうがなかったんだ、 私が嫌いだからじゃないんだ。私を、殺すのは!

だから今、とっても幸せ。嬉しい、思い切って「好き」を伝えてよかった!!

こんなお仕事していたら、あなただって危ない目に会うんでしょう?  でも、心配しないで!  これからはずっと一緒。 いつでも私が守ってあげる。

だって私は信じてる、魂はきっと残るの。 いつでも視てるわ、愛しのあなた。 あなたの背中にはりついて、いつかあなたが壊れてしまう、その日まで。


ねぇ。


あなたはハート・ブレイカー。 私の心臓を、壊す人。


Fin.

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