■ Imitation

それは作り物なのだ。けれど、本物によく似た光を持つ。

限りなく本物に近い、美しい偽物。そう、それは精巧なる代替品。 その宝石はイミテーション、偽りの輝き。



「いいだろう、その話、乗った」

満足げに言う若者……いや、男が一人。 私は穏やかに笑みを浮かべる。 手を伸ばし、握り合い、契約は半ばまで成立した。 握手は味方になった証の行為。たとえ、かりそめだとしても。

目の前にいる男は、私の視点から見れば若者である。 世間的に言うならば、若者と呼ぶにはやや年を取り過ぎている。 男の顔には嬉しげなさまが見て取れる。

よほど満足なのだろうね。

心の中でそっとつぶやく。 私の顔には仮面よりも穏やかないつもの微笑。 だが、この微笑みはイミテーション。精巧なる作り物。

「仕事は確実だ、まぁ俺の腕を見てもらおうか」

少々自信過剰な表情を見せて、男は依頼の文書を受け取った。 書面には彼がなすべき仕事の内容が示されている。 チラリと目を通して、彼は口を開いた。

「報酬をもう少しはずんでもらおうか。こっちも危ない橋を渡るんだ。それなりの見返りが欲しい」

抜け目ないつもりの言葉を聞きながら、私はゆっくりとうなずいた。 顔には微笑。 もう素顔よりも板についてしまった、偽りの微笑。

「どうなんだ?」

返事を急かす男に向け、私は穏やかに言う。

「では他をあたらせていただきましょう。仕事が欲しいのはあなただけではない」
「それはないはずだ」

男はせせら笑う。

「あんたは人を選ぶとき、二の矢なんて用意しないはずだぜ?」
「おやおや……これはよくご存知だ。あなたは私のやり方まで調査なさったようですね」

私も笑う。

そう、その通り。 何人もの候補者を考えるのは依頼に踏み切る前の段階だ。 誰かに事の詳細を伝えたならば間違いなくその人物に賭ける。 それが私の示すいつものやり方。

予備の人材などいらない、全てを賭けて、ただ一人に事を託す。 私が選ぶ者はいつでも唯一無二。私に選ばれるのは誇らしいこと、一流の証。 それが私の信念だと他人は言う。 例外はなく、必ずそうなのだと。

そんなことはない。 本当は誰でもよいと思うときくらいある。例えば、今回のように。 信念すらイミテーション。 これもまた、作り上げた空事にすぎない。

「ではこれもご存知なのでは。私は、そう易々と報酬の上乗せなどはしないと」

穏やかな笑みをたたえたまま言う。

「ああ、ご存知さ」

男は当たり前だといわんばかりににやりと笑った。

「ただし成功報酬ならば話は別だってこともな」

私は彼に優しいまなざしを向ける。 彼は先程渡した文書の紙面をばしりと叩き、きっぱりと言った。

「前金はあんたの言い値でいい。成功したあかつきには、さらに同額の報酬をもらおうか」

自信あふれる尊大な態度。 私はやんわりと言葉を返す。

「倍額をお望みとは……。いささかやりすぎでは」

男は言う。

「俺にはその価値がある。すぐにわかるさ」
「随分な自信ですね。しかし、あなたに倍額の価値はない」

ことさら優しく発した声に、男はぴくりと眉を動かした。

「……前金の75%ではどうだ」

幾分、用心深そうに問う。 私は答える。

「前金の他に、その30%にあたる金額を用意しましょう。 あなたが満足の行く仕事ぶりを示してくださったならば、それを」
「30%か……、ふん、まあいいだろう」

口先ばかりは不満げに言って、男はそっぽを向いた。

少しの間、沈黙が流れる。

きっと隠しているつもりなのだろう。不満どころか大満足だということを。 一瞬だけ強く握られた指。 瞳の揺らぎ。 にじみ出す嬉しげな気配を悟られまいとこわばる身体。 必死の演技なのだろうが、何もかも底が浅く簡単に見破れる程度のものだ。

私は表情を変えず、穏やかな微笑のまま思う。

残念だが君の期待には応えられない。

彼はしくじった。 逃れられる最後のチャンスをみすみす逃し、私の手に落ちたのだ。

この男は自分に与えられた本当の役割を知らない。 ただ約束された報酬だけを無邪気に信じた。 しかも十分に私と渡り合い、己に有利な取引を結んだつもりでいる。 実のところ、彼にとってこの仕事は、むしろ拒否すべきものだったのだ。 なにせ、彼が担う本当の役割とは“捨てごま”なのだから。

「商談は成立だな」

彼が再び手を差し出す。

「ええ。あとはあなた次第……、成功を期待しています」

私は彼の手を握り締める。 会話はそれで終わり。 あとは、別れるだけだ。

哀れとは思わない。 残念だが彼は何も知らなかった。私のことも、彼自身のことも。 相手を知らず己を知らぬのは百戦して必ず負けるであろう弱き者。 そして私の微笑はイミテーション。模造品にだまされるのは愚かさの証。

この町は愚者を許さず、私は弱者に容赦をしない。

男が去り、私は広い部屋の中で一人になった。 偽りの微笑、かりそめの誠意、作り物の穏やかさ。 イミテーションで固められた私という存在。

真実はどこに?

電話が鳴った。

受話器を取ると聞こえてきたのは耳慣れた声。旧知の相棒から、到着を知らせる電話だった。 すぐに部屋へ来るよう促し、電話を切った。

ほんの一瞬、私の口元に本物の微笑が浮かんだ。


Fin.

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