■ Impossible

ある日、ママが言ったのだ。


いい? 『できる?』って聞かれたら、『できます!』って答えるのよ。 そうしたら皆、『何でもできる偉い子だなぁ』と思って、あなたを大事にしてくれるからね。 ちょっとくらいできないことでもいいの。『できるよ』って引き受けちゃいなさい。 途中でできなくなったら『失敗しちゃった』って笑ってればいいんだから。


きっとその通りにする、幼い少年はそう答えた。


きっとそのとおりにするよ。ぼくとママとのお約束。


そして少年はママの言葉を覚え込んだ。 単なる母親の助言としてではなく、己が守るべき、絶対の掟として。

月日は流れ、少年は若者になった。 いつでもラフなジャンパーかTシャツ、洗いざらしのジーンズ姿。 流行のスニーカーをはいていて、右手のリストバンドがトレードマークだった。 イキがった負けん気を身にまとい、肩で風を切って歩く。 その姿に幼き日の面影はない。

だが、彼は覚えていた。 「できるか」と問われたなら必ず、「できる」と答えること。それが肝心なのだと。

それがママのお言いつけだったことなどすでに記憶にはない。 そもそも、ママとのお約束を守るような性質でもない。 しかし、彼は確かに抱えていた。 「できない」という言葉は禁句である……、その思想を、自分の信条として。


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