■ Impossible

現場に着いたときにはすでに捜索が始まっていた。 予想より大きな建物。3F建てだが横の広さはかなりのものだ。 窓の数からすると部屋数も多いのだろう。 なるほど、応援を欲しがる気持ちもわかる。

建物の前には大きなワゴン車が止まっていた。 どうやらあれが先発隊の現場司令部らしい。 若者は一緒に来た仲間とともにワゴン車へと駆け寄った。

「来たか!」

若者たちを見つけた先発隊のリーダーが顔を出す。 彼は車を降りるなり、若者に向かってたずねた。

「すぐ参加できるか?」

答えはもちろん決まっている。

「できるに決まってんでしょ? 指示をくださいよ!」

威勢よく答える若者。 すると相手はすぐにしわのついた一枚の紙を手渡してきた。 上から見た各階の構造が描かれている。 建物の見取り図だ。

「あんたらはGブロックを頼む。何かあったらすぐに報告しろ、で、こちらの指示を待ってくれ」

そう告げてから彼は若者たちにトランシーバーを配った。 もう一つ、ドライバーやリッパーのついたナイフも。

全てを身につけたら準備は終わりだ。 若者たちは小走りに建物へと向かう。 玄関をくぐったところで腰につけたトランシーバーが鳴った。

≪……言い忘れたが、捕まったのは全部で5人。今のところ見つかったのは1人だ。 残るは4人だが、全員がここにいるのか、生死はどうか、それはわからん。以上!≫

声を聞き終えてから、若者たちは建物内に入った。

中の様子は意外と整然としたものだ。 廃屋と言うには少し整いすぎている。 工場と聞いていたがどちらかと言えば研究施設といった雰囲気だった。

若者たちはまず3Fに向かった。 上から順に調べていくつもりなのだ。 やや薄暗い廊下を歩きながら空気の匂いをかぐ。 雰囲気は研究施設のようだが、薬品の匂いはしない。 そのかわり汗の匂いがした。あまり清潔ではない人間の体臭が。 少しすえたようなゴミの匂いもする。

これらの匂いはつい最近まで誰かがここにいた証拠だろうか。 その誰かとはたぶん、仲間たちを捕えたという敵対組織の人間だ。 ゴミの匂いがするまで汚しているということはあまり上品な連中ではない。 もしかしたら敵方の下っ端どもがねぐらにしていた場所なのかもしれない。

廊下に面した壁にはいくつもの部屋が並んでいた。 一つ一つ順番に中を調べていく。 いくつかの部屋は扉のない出入り口、いくつかの部屋には扉があった。 ときには鍵のかかった扉もある。 そういう扉は力ずくでこじ開けた。 少々荒っぽいこの若者にとって鍵を壊すことなどお手の物だ。

ほどなく3Fの捜索は終わった。 特に収穫はない。 2Fに移ろうと階段を下っている間にトランシーバーが鳴った。

≪こちらAブロック、1人を発見した≫

どうやら別の班には動きがあったようだ。 2F、1Fと捜索を続けている間にも2度の連絡があった。

≪こちらはEブロック。2Fに1人いたぞ。怪我もないし元気なようだ≫
≪Aブロック。もう1人見つけた。やはり無事だ、どうぞ≫

……捜索は順調なようだ。 こちらは相変わらず収穫なしだが。

やがて若者たちがたずさわるGブロックの捜索は何事もなく終わった。 一段落。 玄関に向かいながら、若者は自分のトランシーバーを取った。

「こちらGブロック、捜索終了! 成果も異常も特になし、どーぞ!」

トランシーバーの向こうからは先ほど出会った先発隊のリーダーの声。

≪……ご苦労、一度戻ってくれ≫

労いの言葉と一度外に出るようにとの指示に従い、外に出た。 ワゴン車の近くに戻る。あとは待機だ。 ほどなく別の班からも連絡があった。

≪こちらDブロック、捜索終了≫

リーダーが了解の返事をしたが早いか、次の連絡が入る。

≪こちらはEブロックだ、こっちも終わったぞ!≫
≪B班です。こちらも終わりました。収穫はなしですね……≫

連絡を聞いていた若者はふとつぶやいた。

「あと1人、か」

その言葉を聞いたのだろう。 先発隊のリーダーは若者の方に振り返り、苦い顔で言った。

「ああ。1人が見つからん。ここにはいないのかもしれんな」

それから彼はこうつけ加えた。

「まぁ、別にたいしたやつじゃないからいいんだが」

思わず眉が上がる。 若者は内心で唾を吐きつつ、形だけは同意のあいづちを打った。

(「別にいい」かよ! 仲間がいのない奴だな!)

腹では苦々しく思うが表には出さない。 この辺の対処は年上の相棒に叩き込まれた処世術というやつ。

気分を変えようと深呼吸している若者の横で誰かが手を上げた。

「まだ捜索中の班はCだけですね?」

確認のような質問。

「ああ、そうだ」

リーダーが答えたときだ。 ジジッという雑音がトランシーバーからもれた。 通信開始を知らせる音だ。その音に続いて、四角い機械は人の声を吐いた。

≪Cブロック! 残りの1人を見つけたんだが、一大事だ!≫

怒鳴るような声。 全員が声の続きに耳を澄ます。

≪ば、爆弾だ! 爆弾がある! 時限爆弾だ!≫

トランシーバーが叫んだ。

「爆弾!?」

誰かが言った。 一瞬、辺りが静まり返る。 誰もが予想していなかった事態。若者も思わず息を飲む。 真っ先に反応したのは先発隊のリーダーだ。

「おい、状況を説明しろ!」

彼はトランシーバーに向かって怒鳴った。

≪体は柱に縛られていて……、クソッ! ダメだ、助けられそうにない!≫

機械の向こうからは焦りの空気が感じ取れる。 雑音に混じって小さな金属音が聞こえてきた。 連絡を入れてきたCブロックの担当者たちが立てている音だろう。 おそらくは、救出作業のために。

「落ち着くんだ、状況を詳しく説明しろ!」

ゆっくりと、しかし力強い口調でリーダーが言った。

雑音交じりの無言が続く。 ようやく反応が返ってきたのは数十秒が経ってからだ。

≪体は柱に縛られてる。ワイヤーロープだ。手持ちの工具じゃ歯が立ちそうもない……。 爆弾は時限装置つきのやつで……爆発まで、あと……35分……≫

力なく語尾が消える。 さっきまで早口だった言葉が明らかに勢いを失った。 何とかしようという焦りがどうにもならないというあきらめに変わった証拠。 その変化は建物の外にいるリーダーや若者たちにもありありと伝わってきた。

「爆弾には触るな! 何とか人間だけ助け出して来れないか?」

機械に向かってリーダーが問う。

≪とても無理だ……≫

返ってきた声にはやはり力がない。 無力。 脱力。 一言で言えばそういった印象の声音。

そこまで黙って聞いていた若者は、おもむろに後ろからリーダーの肩をつかんだ。

「爆弾の処理ができる奴らは?」

問いかける。 リーダーは首を振った。

「いない、想定外だ」

返答は硬い響き。 若者の脳裏に最悪の結果がよぎる。

「それでも……何とかなるだろ! 用意してないのか、硬いもんを切る工具くらい?」

熱を帯びた口調で問いかければ周囲からも同調のざわめきが上がった。 リーダーも何か思うところがあったのか、少し考えてからトランシーバーを取る。

「……そうだな、ワイヤーの直径はどのくらいだ?」

今度の返事はすぐにあった。

≪かなり太い。3・4cmはある≫

リーダーがまた首を振った。 若者はもう一度リーダーの肩をつかむ。 可能か不可か、無言の問いかけ。

リーダーは答えた。

「無理だろう。時間をかければ切れるかもしれないが、その前にドカンだな」

トランシーバーからは相変わらず雑音だけが流れている。 捕らわれている人間の声は聞こえない。

「捕まったやつは生きてるのか?」

思い出したようにリーダーがたずねた。

≪生きてはいる。呼吸もしっかりしているし……眠ってるだけだろう≫

トランシーバーが答えた。 一同、やはりそうかとうなずく。 今まで見つかった人間たちも、全員、薬か何かで眠らされていたからだ。

つかの間、現場をまとまりのないざわめきが支配した。 リーダーは押し黙って何かを考えている様子だ。 若者はじれったいような気持ちで展開を見守った。 やがて、何かを考えていたリーダーが再びトランシーバーを手にした。

「しかたがない、残念だが、あきらめて退避しろ」

反応があるまでにやや時間があった。 捕らわれの人物に意識がなかったことは幸いだ。 もしこの言葉を聞いていたら、どれだけの絶望を味わったことか。

≪あきらめるのか!?≫

驚きと言うより、悲痛な響きを込めてトランシーバーが鳴いた。

「やむを得んだろう。不可能なミッションで部下を失いたくはない」

リーダーが重々しく諭す。 次に返ってきた反応は、リーダーにとって全く予想外のものだったろう。

「俺が行く!」

その場にいた全員が弾かれたように振り向いた。 視線の先には、あの若者。

「止せ、どう考えてもできるこっちゃない!」

思い切り渋い顔でリーダーが言う。 若者はろくに聞いてもいなかった。 ワゴン車の中に顔を突っ込み、用意された道具の中から一番役に立ちそうな物を選び出す。 60cmほどもある丈夫そうなハサミ型の工具。ボルトクリッパーだ。

「できるかどうか、試してみなけりゃわからないさ!」

そう言い放ち、若者はトランシーバーを取った。

「場所は!?」

鋭い問いかけ。 機械の向こう側からは驚きの気配。

≪ボイラー室の中、3Fの階段の側だ≫
「バカ、教えるな!!」

反射的に答えてしまった部下に向かって、リーダーが怒鳴り散らす。 だが、もう遅い。 若者はすでに建物に向かって駆け出していた。

後ろからあのリーダーの制止が飛んでくる。

「ムチャをするな!! アンタの相棒がここにいたら、確実に反対するぞ!」

相棒という言葉に一瞬だけひるんだ。 確かに止められそうだと思ったからだ。若者の相棒たる人物はそういう男だった。 それでも若者は足を止めない。 止めないのではなかった。 止まれないのだ。 どうしようもない性質。若者の血が止まることを許さない。

さっき見た見取り図を思い出しながら建物の中を走る。 Cブロックは玄関からさほど遠くない。 2Fの手前で上から降りてきた連中とすれ違った。

「本気で行くのか?」 「戻れ! 無理だぞ!」

Cブロックを担当していた仲間たちだ。 彼らは驚いた様子で、口々に逃げるよう促してくる。 通り過ぎようとしたときには腕をつかまれたが、振り払った。

「あんたらはとっとと逃げてろ!」

そう叫んで階段を駆け上がる。 目指す場所はこの先にあるはずだ。


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