■ Impossible

階段を登ってすぐのところに扉があった。 重そうな金属の扉には『ボイラー室』という札がついている。 扉は手前に向かって10cmほど開いていた。

さっそく扉を押し開けようとしたが、動かない。 思い直して手前に引いてみるときしみながら開いた。 バネでもついているのだろうか。手を離した直後、扉は緩慢な動作で閉じる方向に動く。 そしてまた10cmばかりの隙間を残して止まった。 どうやら油が切れていて、その辺りまでしか閉まらないらしい。

部屋の中は薄暗かった。 小さな窓がついており、その窓枠の中にはガラスがない。

捕らわれの仲間はすぐに見つかった。 扉のすぐ脇に柱がある。 その柱に、男が1人、黒ずんだワイヤーで縛り付けられていた。 中年でハゲ頭、たいこ腹の男だ。 男はよだれをたらさんばかりの勢いで眠っている。 かすかに聞こえるのは心地よさそうないびき。のんきなものだ。

若者はまずワイヤーロープを調べた。 確かに簡単には切れそうもない。 工具で叩いてみる。 金属音がして、ワイヤーロープはあっさりと工具を跳ね返した。 何とか切れないだろうか? 工具の刃ではさんでみようとするが、残念ながら不可能だ。 ハサミ型の刃が作る隙間より、ワイヤーロープの方がよっぽど太い。 これは駄目だ。

次に、若者は爆弾を探した。 ……あった。 縛られている男の後ろ側、コンクリートの壁。 L字型金具と太いボルトでしっかり固定されている。

爆弾の本体である爆薬部分は筒のような形をしていた。 さほど大きくはない。 形から判断すると、たぶんパイプを使って作られた手製の爆弾だ。 筒の中身は火薬だけか、それとも火薬に釘などを混ぜ込んだものか。

正面のよく見える位置には時計のようなものがついていた。 赤いデジタル表示の数字は00:16:18。 数秒間それを見つめる。 数字の動きと時の流れを比較するに、時:分:秒で表示されているらしい。 どうやら、残り時間はあと16分ほどのようだ。

若者は考える。 この爆弾を何とか処理できないだろうか? その手の知識は皆無だけれど。 しかし、予備知識なしの爆弾処理はいくら何でも危険すぎる。 できれば他の手が欲しい。 若者はしばしの間じっと考え込んだ。

そのときだ。

ふと、気づいた。 爆弾を止めている金具。これならば、何とか壊せるのではないか?  爆弾はL字型の一般的な金具2つで壁に固定されている。 太いボルトの方は道具がなければはずせないだろう。 だが、そもそも金具を形作っている金属板はたいした厚みではない。 しかも爆弾と壁の間には隙間がある。

若者は、金具を挟むようにして、ハサミの先を隙間にねじ込んでみた。 十分に入る。 ワイヤーを切るためには役立たなかった工具だが、こちらなら切り離せるかもしれない。

若者はさっそく仕事に取り掛かった。 力を込めてハサミの先を閉じる。 2つの刃が金具の板面をはさみ、傷つける。 金具を作っている金属は予想外に硬いようだ。 刃はキリキリと音を立てているものの、あまり食い込まない。 汗が浮く。 若者は必死で力を込め続けた。 切り離すことは不可能なのか? 手ごたえのなさに、そんな思いがチラリとよぎる。

何度か作業をくり返してから、若者は工具をどけて金具をのぞき込んだ。 確実に、筋状の傷がついている。 手ごたえから予想していた以上の成果だった。 イケる。 そう確信した。

若者はますます力を込めて金具を切り取りにかかる。 まさに必死だ。 わき目もふらず、一心に手を動かし続ける。

時間が気にならないわけではない。 なにせ少しでもタイムリミットを過ぎればドカンだ。己が命に関わる。

それでも。

逃げ出す気にはなれなかった。 間に合うかもしれないのだから。 救うことができるかもしれない。 できるかもしれないことを投げ出すのは、嫌いだった。

時間は刻々と過ぎていく。 しばらく経った頃、明らかな進展があった。

……カツン。 小さな金属音。

「やった!」

若者は小さく叫んだ。 片方の金具が切れたのだ。 素早くタイマーを見る。残り時間は00:07:54

残る金具は1つ。無言の作業は続いた。 静かな部屋の中、捕らわれの男のいびきと工具が立てる音だけが響く。 そして、ついにその時は来た。 カツンと音がして、もう一方のL字金具も切れたのだ。 爆弾は支えを失い、コトリと地面に転がった。

「取れたあぁっ!!」

若者は歓喜の叫びを上げた。 むしりとるようにして爆弾を拾い上げる。

次いでその爆弾を窓から投げ捨てようとしたときだ。 若者は息を飲んだ。 右手で小窓の外へと放ったはずの爆弾がほとんど手を離れず、手首にぶら下がったからだ。 いつもつけているリストバンド、その繊維に切りっぱなしの金具が引っかかったのだった。

はずそうと引っつかむ。 パッとタイマーの数字が目に飛び込んできた。 デジタルの表示は、00:00:01、残り1秒。

とっさに動いた。 すぐ脇にあった出入り口の隙間。 その隙間の向こう側へ、爆弾ごと右腕をねじ込んだのだ。 考えている余裕はなかった。反射的な反応だった。

重い扉は控えめな強さで若者の腕をはさみこむ。 金属扉の冷たい感触。 ねじ込むと同時に、若者は軽く腕を折り曲げた。 ちょうど、体と爆弾の間に扉をはさんだかっこうだ。 若者の体は扉のこちら側にある。 爆弾つきの右腕だけは、外側に。

次の瞬間。 轟音。 凄まじい衝撃が扉を叩く。

信じがたいほどの強さで扉が閉まり、そのまま内側に向かってくの字にひしゃげた。 勢いに押されて後ろに転がる。 音が聞こえなくなった。 鼓膜がキーンと嫌な音を立てた。 硬く目をつぶる。 右腕が熱かった。

……それからどれくらい時間が経っただろうか。

「おぉい、おーい!」

誰かの声に目を開く。 柱に縛られたまま、捕らわれの男がこちらに呼びかけていた。どうやら無傷のようだ。 ふと気がつくと、腕がなかった。 大量の血液が流れ出る感触が薄ら寒い。

腕がない理由を考えた。 爆発でふっ飛んだのか。 それとも爆風で閉まる扉に押しちぎられでもしたのか。 頭がうまく回らない。

思った以上に爆発力があった。

(……いい火薬使った爆弾だったんだな……)

そう思ったのを最後に、意識が飛んだ。


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