階段を登ってすぐのところに扉があった。 重そうな金属の扉には『ボイラー室』という札がついている。 扉は手前に向かって10cmほど開いていた。
さっそく扉を押し開けようとしたが、動かない。 思い直して手前に引いてみるときしみながら開いた。 バネでもついているのだろうか。手を離した直後、扉は緩慢な動作で閉じる方向に動く。 そしてまた10cmばかりの隙間を残して止まった。 どうやら油が切れていて、その辺りまでしか閉まらないらしい。
部屋の中は薄暗かった。 小さな窓がついており、その窓枠の中にはガラスがない。
捕らわれの仲間はすぐに見つかった。 扉のすぐ脇に柱がある。 その柱に、男が1人、黒ずんだワイヤーで縛り付けられていた。 中年でハゲ頭、たいこ腹の男だ。 男はよだれをたらさんばかりの勢いで眠っている。 かすかに聞こえるのは心地よさそうないびき。のんきなものだ。
若者はまずワイヤーロープを調べた。 確かに簡単には切れそうもない。 工具で叩いてみる。 金属音がして、ワイヤーロープはあっさりと工具を跳ね返した。 何とか切れないだろうか? 工具の刃ではさんでみようとするが、残念ながら不可能だ。 ハサミ型の刃が作る隙間より、ワイヤーロープの方がよっぽど太い。 これは駄目だ。
次に、若者は爆弾を探した。 ……あった。 縛られている男の後ろ側、コンクリートの壁。 L字型金具と太いボルトでしっかり固定されている。
爆弾の本体である爆薬部分は筒のような形をしていた。 さほど大きくはない。 形から判断すると、たぶんパイプを使って作られた手製の爆弾だ。 筒の中身は火薬だけか、それとも火薬に釘などを混ぜ込んだものか。
正面のよく見える位置には時計のようなものがついていた。 赤いデジタル表示の数字は00:16:18。 数秒間それを見つめる。 数字の動きと時の流れを比較するに、時:分:秒で表示されているらしい。 どうやら、残り時間はあと16分ほどのようだ。
若者は考える。 この爆弾を何とか処理できないだろうか? その手の知識は皆無だけれど。 しかし、予備知識なしの爆弾処理はいくら何でも危険すぎる。 できれば他の手が欲しい。 若者はしばしの間じっと考え込んだ。
そのときだ。
ふと、気づいた。 爆弾を止めている金具。これならば、何とか壊せるのではないか? 爆弾はL字型の一般的な金具2つで壁に固定されている。 太いボルトの方は道具がなければはずせないだろう。 だが、そもそも金具を形作っている金属板はたいした厚みではない。 しかも爆弾と壁の間には隙間がある。
若者は、金具を挟むようにして、ハサミの先を隙間にねじ込んでみた。 十分に入る。 ワイヤーを切るためには役立たなかった工具だが、こちらなら切り離せるかもしれない。
若者はさっそく仕事に取り掛かった。 力を込めてハサミの先を閉じる。 2つの刃が金具の板面をはさみ、傷つける。 金具を作っている金属は予想外に硬いようだ。 刃はキリキリと音を立てているものの、あまり食い込まない。 汗が浮く。 若者は必死で力を込め続けた。 切り離すことは不可能なのか? 手ごたえのなさに、そんな思いがチラリとよぎる。
何度か作業をくり返してから、若者は工具をどけて金具をのぞき込んだ。 確実に、筋状の傷がついている。 手ごたえから予想していた以上の成果だった。 イケる。 そう確信した。
若者はますます力を込めて金具を切り取りにかかる。 まさに必死だ。 わき目もふらず、一心に手を動かし続ける。
時間が気にならないわけではない。 なにせ少しでもタイムリミットを過ぎればドカンだ。己が命に関わる。
それでも。
逃げ出す気にはなれなかった。 間に合うかもしれないのだから。 救うことができるかもしれない。 できるかもしれないことを投げ出すのは、嫌いだった。
時間は刻々と過ぎていく。 しばらく経った頃、明らかな進展があった。
……カツン。 小さな金属音。
「やった!」若者は小さく叫んだ。 片方の金具が切れたのだ。 素早くタイマーを見る。残り時間は00:07:54。
残る金具は1つ。無言の作業は続いた。 静かな部屋の中、捕らわれの男のいびきと工具が立てる音だけが響く。 そして、ついにその時は来た。 カツンと音がして、もう一方のL字金具も切れたのだ。 爆弾は支えを失い、コトリと地面に転がった。
「取れたあぁっ!!」若者は歓喜の叫びを上げた。 むしりとるようにして爆弾を拾い上げる。
次いでその爆弾を窓から投げ捨てようとしたときだ。 若者は息を飲んだ。 右手で小窓の外へと放ったはずの爆弾がほとんど手を離れず、手首にぶら下がったからだ。 いつもつけているリストバンド、その繊維に切りっぱなしの金具が引っかかったのだった。
はずそうと引っつかむ。 パッとタイマーの数字が目に飛び込んできた。 デジタルの表示は、00:00:01、残り1秒。
とっさに動いた。 すぐ脇にあった出入り口の隙間。 その隙間の向こう側へ、爆弾ごと右腕をねじ込んだのだ。 考えている余裕はなかった。反射的な反応だった。
重い扉は控えめな強さで若者の腕をはさみこむ。 金属扉の冷たい感触。 ねじ込むと同時に、若者は軽く腕を折り曲げた。 ちょうど、体と爆弾の間に扉をはさんだかっこうだ。 若者の体は扉のこちら側にある。 爆弾つきの右腕だけは、外側に。
次の瞬間。 轟音。 凄まじい衝撃が扉を叩く。
信じがたいほどの強さで扉が閉まり、そのまま内側に向かってくの字にひしゃげた。 勢いに押されて後ろに転がる。 音が聞こえなくなった。 鼓膜がキーンと嫌な音を立てた。 硬く目をつぶる。 右腕が熱かった。
……それからどれくらい時間が経っただろうか。
「おぉい、おーい!」誰かの声に目を開く。 柱に縛られたまま、捕らわれの男がこちらに呼びかけていた。どうやら無傷のようだ。 ふと気がつくと、腕がなかった。 大量の血液が流れ出る感触が薄ら寒い。
腕がない理由を考えた。 爆発でふっ飛んだのか。 それとも爆風で閉まる扉に押しちぎられでもしたのか。 頭がうまく回らない。
思った以上に爆発力があった。
(……いい火薬使った爆弾だったんだな……)そう思ったのを最後に、意識が飛んだ。