■ Hide and seek

かすかに、笑い声がした。耳の端に引っかかるような、本当に小さな、しかし、妙に耳に残る音。

ちっ、と舌を鳴らし、振り向く。

「こら、出て来い」

道の奥へ。入口だけ見える、建物どうしの隙間に声をかける。 振り向いた先に広がる狭い道には、当然のごとく誰もいなかった。 薄暗い道の両側に連なるのは汚れた建物の壁だけ。

だが、連なる建物どうしの狭っ苦しい隙間から、人の気配が漂ってくる。 息を殺しているつもりの見え見えの気配が。

「出て来い『ガキども』」

ふー、とタバコの煙を吐き、俺はにやりと笑う。 路地の奥から流れるわずかに緊張した静けさ。 俺が一歩出るたびに柔らかい靴底が砂・小石だらけのアスファルトを踏み、鳴る。

足音を気にせず目星をつけた路地に近づく。 そのままツラを拝もうとして、路地の一歩手前で立ち止まった。 万が一にも目星が外れたなんてことにでもなったんじゃあ面白くもないからな。

ぺっ。

路地の入り口に向い、タバコを吐きつけてやる。

「……なんでわかったんスかぁ〜」

情けない声と共に出てくる、『ガキども』。

「バッカ、お見通しだ」

得意げな俺。実のところ居場所まで当てる自信は7割だったが、当たったからには10割を装おう。

にやにやしながら並んでいる『ガキども』は、まあ、法律上は"成人"そこいらの男どもだ。 そりゃ俺にくらべればまだまだ『ガキども』に違いはないんだが。 こんなことをするところなんか本当にガキっぽい。 他人の後ろをこそこそ隠れてついてきて、見つかったら、なんだか嬉しげに出てくるなんてな。 まるでかくれんぼで見つかったときの子どもののようにはにかんだ表情だ。

「ちわっす」

ウェーブがかった金髪の『ガキンちょ1号』が後頭部を掻きながらひょこりと頭を下げる。

「こんにちはー」
「こんちわーっス」

『ガキンちょ2号』こと赤毛のおちびちゃんと、最もガキのまんまであるところの最年少『ガキンちょ3号』が続く。 ぺこんとお辞儀なんかして、2人とも可愛いもんだ。 最初の金髪野郎ほど長い付きあいじゃあないが、若い奴らの中では親しい方だ。

「なんか用か?」
「いやー、別に…」
「だったら、ついてくんじゃねぇよ……くくっ…」

思わず笑いながら、三人の頭にコツ、コツ、コツン、と握った人差し指の節を当てていく。 図体ばかりでかい『ガキども』は、痛くもないくせに「痛てー!」などと大騒ぎ。また笑ってしまう。

ちなみに、「いやー、別に…」と言ったのは金髪。 俺に話しかけるのは、こいつが一番多い。最初に出会ったのもこの金髪だった。 こいつがこどもの頃からの付きあいになる。 母親が娼婦で、売春街に住んでいたから自然と顔なじみになった。 若い頃は俺、その辺りの常連だったからな。

俺の中でこの『ガキども』が『三人1セット』と思われてきたのはつい最近のこと。 確か金髪が二人を連れてきて、友だちですと紹介してきたのだったか……。 俺がそんな感慨にふけっている間に、ひとしきり笑い終えたのか、金髪がはぁーっと息を吐いて言った。

「だぁーって珍しいじゃないすか、真っ昼間っから会えるの」

なんか嬉しくて、とでも言いたげに、子犬の目つきで俺を見てくる金髪の若いの。 何だ? 遊んでほしいのかい? お子チャマめ。

俺はクツクツ笑いを漏らして『ガキども』を見渡す。 ただ嬉しそうな金髪にくらべて、残りの2人はどうも曖昧な笑顔を張り付かせているように見えた。

もしかして、怖いんだろうか、俺が?  赤毛と年下は顔なじみではあるが、まだ、親しくて親しくてというほどじゃない。 噂話だけを聞いていれば、俺など、あまりお近づきになりたくない部類の人間だろう。 武勇伝なら数知れず、ってところだからな。若い頃の話だけどよ。

俺は懐ろからタバコを取り出し、ひょいと咥えた。

「まあ、な。昼はこっちにゃ来ねぇしな」

こっち、というのは裏通りのこと。 口を聞くたび、咥えタバコがゆらゆら揺れる。こいつがなくっちゃどうも落ち着かない。 はいはい、どうせ意志の弱い『禁煙できない人間』ですよっ、と。 はなっから止める気なんてねぇんだからいいだろ、別に。

「昼は表通りにいらっしゃいますよね」

……ほぉ。 今度は赤毛が口を聞いた。こりゃあ、ちっと見くびったかな。 どう聞いても怯えている口調じゃない。 どうやら、俺を相手に何を話していいかわからず、という戸惑いがあっただけようだ。

「ああ……見たのか?」
「タクシーに寄っかかってタバコ吸ってるとこを。運転手さんなんですね」

にこにこと言う赤毛を、金髪と年下がビックリした顔で見ている。 そりゃそうだ。こいつらは、俺の表通りでの仕事なんて知らない。 まさか、この俺がおとなしく定職についているなんて思っちゃいなかったんだろう。

いや、それ以前に驚くことがある。このガキ、なんで表通りでのことを知っている?

「昨日の昼、バスターミナルの前で見ました」

まただ。また表通りのことを言う。 この赤毛、どうやら表通りに行ったことがあるらしい。 そしてそのとき俺を見たということなんだろう、普通に考えれば。

だが、『普通の』裏通りの青年は表通りになんて絶対に行かない。行けない。

場違いすぎて。

薄汚い格好。貧しい服装。垢じみた手足。ボロボロの姿。 行けば確実に浮き、人々の好奇と蔑みの視線にさらされる。 実際に迫害されることだってあるだろうし、何もしなくたって警察(サツ)連中には目の敵、だ。

なんせ裏通りってのは ――― 、要するに『貧民街』とかいうやつだから。 『スラム』とか『危険地帯』とかいろいろな呼び名がある。 当然そこの連中は、貧しさに喘いでる奴が多い。 生きるために犯罪すれすれ(たまにはオーバー)なことをしていることもある。 そうするってーと、どうしても表通りの中〜上流階級の皆様方には色眼鏡ごしに見られるってわけだ。

そういえば、初めて会ったときから思っちゃいたが、この赤毛だけ妙に小奇麗な姿だ。 手だって表通りにいる一般人くらい清潔だし、身なりもいい。 地味だが破れもほつれもない服に、古いがまともな靴。 裏通りに住んでいるにしちゃかなり上流の暮らしむきなんだろう。

他の二人はというと、伸びきったTシャツとボロボロに擦り切れたパンツ姿。 足には、土ぼこりと区別のつかない色の破れた靴がつっかけられている。 これこそ裏通りの基本スタイル、というやつだ。

赤毛は、どうも気を使って二人との差をなるべく感じさせない服装を選んでいる感じがする。 だが、実際のところは雲泥の差ってやつだ。 赤毛くん、お前なかなかデキル奴らしいな。心の中でこっそり言って、にやりと笑った。

だが、甘いぜ?  俺や仲間の前で、平気でそれを口にしちまうなんて。 裏通り・表通りを渡り歩いているなんてのは、そうそうおおっぴらにできることじゃない。どんな場合にせよ、だ。 無論、ワケありの身ならなおさら。余計な火の粉を自分で払えるようになるか、さもなくば……

火の粉自体がかかって来れないくらい大人になってから、じゃねえとな。 お前程度じゃ、まだまだ。 大物ぶりたいのかい? オレはスゴイんだってところを見せたいのが、見え見えすぎるぜ。 このカッコつけめ。可愛い背伸びだ。

さて、『ガキども』との無駄話もいいんだが、そろそろ行くか。 今日は人と待ち合わせをしている。ちょっとした用件があって。

用件。それ自体は夜だが、昼のうちからはっておきたいアミがあった。 それなりの覚悟がいる用件だ。久々に、気合が入るぜ。 だからちょっとばかりはりきってしまい、こんなに明るいうちから裏通りをうろちょろしていたのだ。

俺も十分、ガキだよな。

「さっ…てと。じゃあな」
「あ……、えっと今日はまた、なんでこっちに?」

片手を挙げて立ち去ろうとする俺に、あわてた様子で金髪が言う。 俺は、ああ、とかなんとかごまかして、立ち去ろうとした。

「あのう」

今まで黙ってへらへらしていた年下が、急に口を開く。

「なんだ?」
「………」

ばつが悪そうにもじもじしている年下。金髪がむっとした表情で割って入ってくる。

「なんだよっ、俺が先に話してただろ!」
「すんませんっ……」

困った柴犬みたいな表情になる年下くん。やれやれ、お前も相当にお子チャマ度が高ぇな。

「じゃ、俺は行くからな。またな」
「あっ……! 」

柴犬が、俺の手をつかむ。 あまりに突然のことで驚いた。困ったような表情で、ぎゅっとつかんでくる手。暖かさがじんわりと伝わる。

「……なんだ?」
「はぁ」

ふぬけた声を出す柴犬青年。

「なんだよ、ったく……。用がないなら離せよっ!」

なぜか俺より先に怒り出す金髪を制し、俺はこの一番年下の青年を見つめた。

「どうした?」
「あ……、忘れちゃいました」
「「「はあ?」」」

年下以外の三人の声がかぶる。次に、爆笑。 いかにも間抜けな年下の口調が内容とぴったりで、めったやたらに面白い。 当の年下はふにゃふにゃ笑っている。面白い奴だ。

「じゃ、離しな」

まだ握っている手をそっと引き離そう、とした。

離れない。

ぎゅっと力をこめ、握り締めてくる。大した馬鹿力だ。少し痛い。

「おい」

顔をしかめて言う。年下が握った手を見つめる視線をすいと上げ、俺の眼を捉えた。

「気をつけてー」

口調だけは、もとのふにゃふにゃしたままで。

すっ、と手が離れ、また元の頼りない若造に戻る。

へぇ、これはこれは。なぁーんにも考えていないようで、なかなか勘のいい兄ちゃんだ。 最後まで生き残るのは案外こういうタイプかもしれない。

ちょっと上げた片手を挨拶代わりに、俺はその場を立ち去った。 角を曲がってからちょっと立ち止まり、耳を澄ます。 表通りに面した建物から吐き出される空調の音、どっからか流れる水の音。 その他、様々な小さなざわめきに混じって『ガキども』の会話が聞こえる。


「おっまえ、何だよさっきの! 話し足りなかったのによぉ〜」
  「でも急いでたんじゃない? 切り上げたい感じだったし」
「うるせーって」
  「ほんっとに懐いてんだねぇ、あのオジサンに」
「ばっか、オジサンじゃねぇの。すごい人なのっ。
 てゆーか、何なんだよ『なついてる』って。なんか腹立つ!」
    「う〜ん……」
「何だよ、今度は〜!」
  「どしたの?」
    「う〜ん、オレ、なんで気をつけてほしいって思ったのかな、って」
  「はぁ?」
「おっまえ〜、訳もわかんないで何言ってんだ!」
    「う〜ん……」

……なんだ。察したってわけじゃないのか、あのノッポの柴犬。 嗅覚、か? 蟻んこみたいな顔してなかなかやる。 理由がわかってないってのがすごいやら、すごくないやら……。 ま、素質はありってとこだな。

咥えていたタバコに火をつけ、俺はゆっくりと歩き出した。 アミもあらかた張り終わり、あとは上手に隠れて、夕日が落ちるのを待つばかり。 入るのにいい店でもないかとあたりを物色する。

なるべく人がいっぱいいる店がいい。ひと気がないより、人の中。その方がうまい隠れ家になる。 のらりくらりと歩いていると、どこかで本物の子どもらが遊ぶ声がした。


かっくれんぼ すーるもーの よっとーいで!


はぁい。……なーんてな。


Fin.

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