はじめまして、皆さん。
私はオウム。
職業は『メッセンジャー(伝言屋)』。
オウムとはいうけれど、当然ながら小鳥ではない。
言うまでもなく、人間。
性別は女。年は20歳。
巨大な都会を飛び回り、口伝えでメッセージを届けるのが私たちの仕事だ。
教えられた言葉をその通りに繰り返す、それだけのこと。
けれど素人のおつかいとは違う。私たちはプロなのだ。
伝言を間違えてはいけない。
正確に記憶し、正確に伝える。一語一句、さながらテープレコーダーのように。
守秘義務は絶対の掟。
預かった伝言は何があっても漏らしてはいけない。
伝言の中身を知っているのは、預けた客と伝え先の客、それに私たちオウムだけ。
オウム。
私はこの呼び名が好きだ。
だって、ぴったりではないか。
言葉を聞き取り、覚えこむ。
誰かのところに飛んで行き、覚えたとおりにくり返す。
ほら、まるでオウムのようだ。
伝書鳩という言い方もあるけれど、オウムの方がいい。
鳩は言葉を覚えない。
やつらは文書を運ぶだけ。
そこには紙が残ってしまう。そして、紙は誰でも手に取れる物質。
『メッセンジャー』は決してメモを取らない。
どんなに長い伝言でも必ず記憶だけを頼りに届ける。
もっとも、オウムに長い伝言を預ける客なんて滅多にいないのだけれど。
この通信機器万能の時代にそんな仕事、と思うかもしれない。
けれど、こんな時代だから私たちが必要となる。
電話は盗聴されている。
メールは盗み見られている。
どんな通信手段もきっと傍受できてしまう、それが発達しきった現代の常識。
唯一、技術だけでは盗み出せないのが人間の記憶。
だから客たちは『メッセンジャー』を使う。
『メッセンジャー』は簡単に見えても価値がある仕事。誰にでもできる仕事ではない。
……そう思いたい。
さっき預けられた短すぎる伝言のことを考えた。
YES。
子どもにもできそうな簡単な任務に思える。
揺らぐのは誇り。
私が選んだ、この仕事への誇り。
『それで幸せか?』
今の仕事を続ける日々は、幸せか?
さっき投げかけられた言葉を自問自答してみる。
迷わないで、私。
やりたくて選んだオウムの生き方。幸せ。きっと幸せなはず。
そう考える。
ホテルを離れ、国道沿いに出た。
行き交う車の騒音。ときどき叫ぶのはクラクション。
ホテルから道を二本隔てただけでこんなにもやかましい。
いかにも都会らしい、排ガスくさい空気。
表通りと呼ばれる明るい地域の中でもとりわけ交通量の多い道路だ。
車にとって快適な道はしばしば歩行者に厳しい。
ここもそうだ。
横断歩道が少なくて渡りづらい道。
かといって、勝手な場所を横切るには交通量が多過ぎる。
仕方なく2ブロックほど先の横断歩道を目指して足を進めた。
歩きながらまた考えるのは、やはりさっきの伝言のことだ。
いつにも増して短い伝言だった。
YES、たったそれだけの預かり物。
あれなら誰だって間違う心配はないだろう。
時々迷う。
伝言があまりにも短かったり、下品な言葉だったりするとつい思ってしまうのだ。
私の仕事の価値とは何だろう、と。
さっきの客のことを思い出す。
彼は最近では一番の得意客。
よく仕事を頼んでくれるし、別の客に頼まれた届け先としてもしばしば顔を合わせる。
『いっちばん頼りになるね、君。また頼んじゃおう。』
いつのことだったか。
帽子の下から人懐っこい笑みをのぞかせて、あの客は言った。
あれはどのくらい前のことだろう。
それほど昔のことではないのだけれど、確かには思い出せない。
とりあえず、今とは違うホテルで会ったときなのは間違いないはずだ。
あの客はホテルを転々としているらしい。
しょっちゅう顔を合わせるが居場所はいつも違うから。
あの客がどういう素性の人間なのかは知らない。
だが、あまりまっとうな世界に生きているわけではないようだ。
伝言の内容や相手の様子からはそう思える。
ときどき違法な指示を運ばされていることにもうすうす気づいてはいるが……、
そこまで考えたときだった。
私は突然、奇妙なことに気がついた。
私の横に一台の車が迫っている。
後部座席の窓を真っ黒に塗った小型のワゴン。
車は私の狭い歩幅に会わせ、ゆっくりと進む。
どうやら跡を尾けられているらしい。そう思ったとたん、車が止まった。
危険だ。
とっさにそう感じて、私は走り出した。
後部座席のドアが開き、車内から二人の男が飛び出してくる。
マスクとサングラスで顔を隠した怪しい二人組。
私は声を上げた。
「誰か! 助けて!」
いくら叫んでも助けは来ない。
あたりに人影はない。高速で走り去るのは先を急ぐ自動車だけ。
しかもワゴン車の影になって、車からはこの事件がよく見えないのだろう。
しかたがない。
今すぐの救助をあきらめた私は全速力で駆け出した。
しかし。
ヒールの高い靴が敗因だった。
私は足首をひねるようにしてその場に転んでしまったのだ。
痛い。
顔をしかめる間もなく、私は男たちに捕まった。
車内に引きずり込まれる。
中には男がもう一人。
車内にいた男は暴れようと試みる私を強い力で押さえつけた。
がっちりと拘束された腕に鋭くて小さな痛みが走る。針を刺されたような感触だった。
ほどなく、私の意識はかすむように失われていった。
遠くでエンジンの音がする。
ぼんやりする頭で、どこかへ連れ去られているようだ、と考えた。