目を覚ますと、そこは暗い部屋だった。家具が一通りそろっているところを見ると、おそらく人が住んでいる部屋なのだろう。狭くて、ほこりっぽい。
体を動かそうとして痛みに顔をしかめる。ちっとも動けない。唯一自由に動く頭を何度か振って、目をしばたかせた。ここはどこだろう。
「お目覚めかい?」低い声と同時にいくつかの下卑た笑い声が聞こえた。
寒い。そう思って下を見て、私は息を飲んだ。服がはだけられている。ブラウスの前が完全に開いて、下着があらわになっていた。スカートのジッパーも開けられているようだ。かろうじて脱がされてはいない。
私は固い木の椅子にくくりつけられていた。首を回して声が聞こえた方に目をやる。私の斜め後ろ、右手の方に数名の男がいた。知っている顔は一つもなかった。一人を除いて、皆、若い。
「どうだい、気分は」そういいながらゆっくりと立ち上がったのは、一人だけ年上らしき男だった。老いた、とまでは行かないがおじさんと呼ばれてもいい年頃に見える。
「姉ちゃん、貧乳だなぁ。揉んだ気しねぇよ!」誰かが言う。なんて失礼な。頭にきたおかげで、少しだけ恐怖を忘れることができた。
「落ち着いたもんだな。怖くないのか?」年上の男が言った。私はキッと口を結んで男を見据える。怖がっていないように見えたのならば幸いだ。このままおびえていないふりで押し通したい。
「なぁ、ヤッちまおうぜ? 別にいいだろ!」笑い混じりに誰かが言う。続いて何人かがヒューヒューと高い声を上げて賛成を示す。さすがに一瞬、体がこわばった。だが、どうやら大丈夫であるらしい。最初に立ち上がった男がゆっくりと首を横に振ったとたん、全員が静まり返った。
「そんなことのためにつれてきたんじゃない」男の言葉に不満そうなざわめきが重なったが、特に声を張り上げて反論するものはいなかった。どうやらこの年上の男にはかなりの権限があるようだ。リーダー格……というより、チンピラどものボスといったところか。
ざわめきの中、私は平静になろうと務めた。これから何が始まるのだろう? そんな不安でどうにかなりそうだ。
次第に口の中が乾いてきた。唾をしぼり出し、無理やり飲み込む。すると今度は吐き気が湧いてきた。普通の吐き気とは少し違う。内臓を吐き出してしまいそうな、そんな吐き気。やがてボスらしき男はゆっくりと私の正面に回った。
楽に見えるところに来ると顔の様子がよくわかる。分厚い唇が妙に赤黒い男だ。年齢は40〜50代位だろうか。前髪が長くて頭頂部が薄い。
「お姉ちゃん、怖がらなくてもいい。ちょっと聞きたいことがあるんだ」男は両手をすり合わせながら私に近づいてきた。
「メッセージを教えて欲しいんだ。さっきのホテルで預かってきたはずだ……」顔がつきそうなほどの距離で、男がささやく。ヤニ臭い。不愉快だ。怖い。気分が悪い。顔を背けた私のあごをつかみ、ボスらしき男が強く問うた。
「どっちだった、YESか、NOか?」少し、驚いた。私の目はきっと一杯に見開かれていたに違いない。
なぜ知っているのだろう? 私の預かった伝言がそんな内容だったことを。どこかで盗み聞かれていたのだろうか? そう考えてから間違いに気づく。聞かれていたわけではないのだ。だって、この男たちは伝言が「YES」だったことを知らない。
そう理解した瞬間、私はキッと唇を結んだ。しゃべってはいけない。急に表情を変えた私を見て、ボスらしき男はにんまりと笑った。
「そうツンケンすんなや、お嬢さん」そういって、ボス風はまた両手をすり合わせ始める。背後から声を潜めた笑いが聞こえてきた。下卑た連中が私を見て笑っているのだろう。楽しそうに、馬鹿にしたように。
「教えて欲しいんだ。他のことはどうでもいい。ただ、YESかNOか、どちらを言ったかだけ聞かせてくれ。そうしたら、あんたを解放してやろう。絶対だ、約束する」ボスらしき男が私に言った。私は何も答えなかった。ただ、男をにらんだ。
「体に聞いてやりましょうよ、カラダ!」背後から若者の声がする。ボスらしき男は苦々しい表情で私の背後を見やった。
「バカ言うな。わかってるだろうが奴らの気に入りだ、余計なことはしないに限る」ボスに諭された若者たちは再び不満そうにざわめく。
……やつら? 私は無表情のまま、内心で首をかしげていた。奴らとは誰だろう? 記憶の中から私を気に入っていそうな人物たちを探したけれど、さっぱり思いつかない。
「オヤジさん、考えすぎだぜ。そんなの平気だろ!」若い男の声がする。位置が悪く、姿は見えない。
「いいか、この世に『絶対に平気』なんてことはないんだ。用心に越したことはない」オヤジさんと呼ばれたボスらしき男がゆっくりと諭す。辺りはしんと静まり返った。私はほっと胸をなでおろしたい気分。誰だか知らないが、奴らさんのおかげでひどい目に会わずに済みそうだ。とにかく感謝しておこう。
ここからは我慢比べだった。私は何も言わない。ボスらしき男も何も言わない。静まり返る室内。時だけが流れる。痺れを切らしたのか、ボスらしき男はゆっくりと歩き始めた。私の前を行ったり来たり。それがクセなのだろう、相変わらず両手をこすり合わせている。ハエのように。
どのくらい時間が経っただろうか。
「たかが伝書鳩のくせに強情なやつだ」ボスらしき男がポツリと言った。
「たかが伝書鳩!?」私は怒鳴った。
反射的な反応だった。
危機的状況にいることも忘れた。口を開くまいと思っていたことも忘れた。
ただ、腹が立って。それだけ。
「誰が『たかが』!? その『たかが』にてこずってYES・NO一つ聞き出せないくせに!」言ってしまったから、しまったと思った。あのボスらしき男の表情が見る見るうちに険しくなっていったからだ。
男が一歩、私に近づく。殴られるかと目をつぶった瞬間、胸の中央に引っかかれるような痛みを感じた。ぶちり。景気のいい音と同時にブラが引きちぎられる。一瞬遅れて、後ろからホー!と甲高い歓声が上がった。
ぐいと襟をつかまれる。目を開けると目の前にボスらしき男の顔があった。
「なめてんじゃねぇぞ、姉ちゃん。俺たちはな、必ず生きて返してやるってほどお優しい連中じゃねぇんだ。もう少しお利口にしねぇと……」そこで言葉を切って、ボスらしき男は私の頬をぴたぴた叩いた。
「この顔がずたずたになっても知らねぇから、な」ゲラゲラと背後の連中が笑う。私は、泣きたい気持ちで口をつぐんだ。怖くて泣きたいんじゃない。ただ、悔しいだけだ。