■ Parrot

再び先ほどのホテルに戻ったのは20分ほど後のことだ。得意客は私をさっき会ったのとは別の部屋へ連れて行った。

「ひどい目にあわせちゃったけどゴメンしてね。本当はもうちょい早く助けられたんだけど、ちょっとだけ様子見さしてもらった」

得意客はそういいながら部屋のドアを開く。

「いえ」

小さく答えて室内に入る。中には先客がいた。思ったとおりの人物が。

「はーい、お疲れー」

ソファに沈んだまま低い声を出して笑ったのは、あの黒服の男だった。エレベーターの前で私に呼びかけた男。

「これ、ウチの相方」

得意客が言う。黒服の男が笑った。彼は耳につけていたイヤホンを外して室内の椅子を示す。座れということか。私は素直に従った。

「今、着替え買いに行かせてるから」

立ったままで得意客が言う。黒服の男が少し身を起こす、とほぼ同時に、得意客がスッと帽子を脱いだ。この様子から察するに、黒服の男の方が格上なのかもしれない。

会話はゆったりと始まった。

「どうよ、無事生還した感想は?」

黒服が問う。

「……ほっとしました」

私が答える。得意客が熱いコーヒーを入れてくれた。黒服はブラックのまま口をつける。私は手を出さない。

「この子、言わなかったよ。たいしたもんだ、ネ?」

得意客はおどけた口調。自分自身もコーヒーをすすって、あちっと声を上げている。得意客の言葉に黒服の男は満足そうにうなずいた。

男たちの話はこうだ。以前から私の仕事ぶりに注目していたという。新しい専属の『エージェント』を探していた彼らは私に目をつけた。そして今日、仕事を頼むついでに接触を図ったわけだ。しかし私は乗り気ではない。

けれど彼らはあきらめていなかった。ゆっくりと時間をかけて説得していけばいい、そう思っていたところへ今日の事件だ。

「いやー、ビックリしちゃったでしょ?」

得意客がのんきなことを言った。びっくりどころの騒ぎではない。

「そんな状況で黙ってたんだから偉いよな」

黒服の男は腕を組んでニヤリとした。

「いや、正直、ぺらっとしゃべられちゃったらヤバいことだったからさ。言ってなきゃいいなーとは思ったんだけどね」

得意客はコーヒーを吹き冷ましながら私にウインクをくれる。

ふと、捕まった直後に伝言をもらしていたらどうなったのだろうと思った。きっとただではすまなかっただろう。私を捉えた連中に始末されたであろうことはもちろんだが……。私は目の前の男たちをじっと見つめた。この二人だっておそらくは裏社会とやらに属する人間だ。

簡単に秘密を漏らしていたら、この二人も敵に回すことになったかもしれない。私はまだ若い部類の人間だ。人生経験は少ない方だと自覚している。それでも色々なことを知っていると思う。特にこの仕事をするようになってからは色々なことを学んだ。裏社会の人間たちについての知識もその一部。

彼らは裏切り行為を非常に嫌う。職責を果たさないことも。伝言をもらすことは、その両方を満たしてしまう行為だ。きっと相当怒りを買う。その怖さは社会の表側しか知らない人々には未知のものだろう。

「やっぱ欲しいなー……」

黒服の男が言った。

「『エージェント』として、ですか?」

問いかけてみる。すると黒服の男はこっくりとうなずいた。

「いい仕事だと思うけどなー。今よりもっとやりがいがある……」

黒服の言葉に首を振って見せる。私の心は決まっていた。ずっと、オウムでいたい、と。

「君、EVOLUTIONって聞いたこと、ある?」

得意客が言った。私は首を傾げてみせる。

本当は聞いたことがあった。上司がぼやいていたからだ。

『最近、裏の世界じゃEVOLUTION ― 進化 ― という名の動きがあるらしい。ギャングやマフィアのチンピラどもがやけに動いている。おかげで物騒なことに関わる依頼が増えて困る。』

確か、そう言っていた。

「その『進化』のおかげで今、大忙しなのよね。全っ然人手が足りないって言うか」

得意客はそういってから、ね、と黒服に呼びかけた。

「そう、そう。もっと楽しみたいんだ。もっと人が要る。世界を『進化』させるゲームを一緒に……やってみませんか!?」

黒服の男が声を張って言った。なんとも楽しそうにしゃべる人だ。こんなに楽しげに笑う大人の男の顔を久しぶりに見た。

EVOLUTION ―― 『進化』。私も薄々は感じている。世界が変わり始めていることを。気づかずにはいられない。だって、この街で生きているのだから。

ここは一番華やかなひのき舞台と一番汚れた奈落の底が同居する街。裏と表、光と影。表裏一体をなす要素をくっきりと持った街だ。その両方を歩かねばならない『メッセンジャー』には、世界の動きがよく見える。

「よくわからないので、嫌です。『エージェント』は大変そうだし」

私が答えると、二人の男は大げさにコケた。

「これからわかるから。わかったら面白いから」

黒服がなおも言うが、私の心は変わらない。

「そりゃ『エージェント』には苦労が多いけどー、でも若いうちに苦労しとくと後が楽よ?」

得意客が苦笑いとともに諭してくる。

「わかってます」

簡単に答えると黒服が身を乗り出してきた。

「じゃあ俺の下に……」
「お断りします」

間髪入れずに言ってやる。二人の男はまた大げさにコケた。



届いた着替えはなぜかサイズぴったりの下着と高価そうなブラウスだった。受け取り、その場で身につけて、私は席を立った。

「じゃ、さっきのメッセージよろしくねぇ♪」

お馴染みの得意客はひらひらと手を振って私を送り出す。黒服の男は苦い顔。

「俺の申し出を断る奴がいるなんてなー……」

聞こえよがしにつぶやく言葉は辛うじて私の耳にも届いた。私は黙って背を向ける。

「やっぱり来てみないか!? 新しい世界に!」

後から声が飛んできて、私の背を打った。私は忙しそうに振り返る。

「嫌です!」

お辞儀と同時に発した返事は男を椅子から落とすのに十分だった。コントのようなコケ方をする人だ。本当に椅子から崩れ落ちる人なんて初めて見た。

部屋を出るとき、振り向いて閉めようとしたドアの向こうに男たちが見えた。黒服の男はまだ名残惜しげに私を見ている。大したチャンスなのだろう。彼の話にうなずけば何か、素敵なことが待っている気がする。黒服の人がくれる仕事は難しそうだけれど、きっと楽しいものなのだろう。

『メッセンジャー』は地道で目立たないくせに危険な仕事。しかも薄給。完全な裏方である『メッセンジャー』にくらべれば『エージェント』はスター選手。スポットライトがさんさんと降り注ぐ華やかな舞台だ。

けれど、舞台の上で生きる喜びとはどんなものか、私には理解できない。

視線の先で、まだ間に合うから戻って来いと男の瞳が呼びかける。知るもんか。あなたのくれる新たな世界は、私が生きる場所じゃない。

私はドアを閉じる。ドアが完全に閉まる直前だった。

「またね! オウムちゃん!」

得意客の陽気な声が聞こえた。

フッ、と。

唇に笑みを宿して、私はその場を去った。

そう。私はオウム。これが私の幸せだと思う。

変わらない日々、少しだけ代わった私の意識。取り戻した仕事への誇り。

私はオウム。この仕事が好き。


Fin.

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