「自分は、自分が満足する記事を書きたいだけです。
誰も読まなくてもいい、それが書ければ……、いや、書けなくてもいい。
知りたい。
そう、知りたいんです、事実を。
自分が感じたものの正体を知りたい。何かある、その『何か』が何なのか。
それを確かめることさえできたら……、」
一度、言葉を切る。
それから真っ直ぐに目を上げて。
「それで、十分なんです。」
正直に、あくまで真っ直ぐに。ただ飾らぬ思いだけをぶつける。
ジャーナリストを名乗る者にしてはあまりにも愚直すぎる答えだ。
だが、運転手は心地よさげに目を細めた。
どうやら気に入ったようだ。彼に対しては、このやり方が正解だったらしい。
「何が知りたい?」
灰になった部分を灰皿に落して、煙草をくわえなおす。
運転手の声に先程までのよそよそしさは感じられなかった。
「Evolutionについてです。どこから始まって、どこに行くのか。
それから……、今、何が起こっているのかも。」
思わず意気込んでまくしたてる、明らかに嬉しそうな熊髭の男。
「俺に聞かれてもなぁ。」
熊髭の勢いがおかしいのか、運転手が吹きだした。
しかし、フロントガラスへ微かに映る彼の目は笑ってはいない。
と、運転手が肩越しに何かを指さしてきた。
人差し指の先を見れば出しっぱなしのカメラとレコーダーがある。
思わず「あ。」と声を出し、熊髭が機材をしまいこもうとしたときだった。
ちょうど信号が赤に変わった。
車が停止したとたん、運転手が後ろを向いて身を乗り出す。
驚く熊髭に、運転手が手を差し出した。
「よこせ。」
あわてて渡す、大切な商売道具たち。
運転手はレコーダーのスイッチがオフなのを確かめ、助手席に放った。
カメラもケースも、あっという間に取り上げられる。
「ポケットは。」
急いですべてのポケットをひっくり返す。
ハンカチと携帯電話以外は裏地しか出てこない。
携帯電話はいったん取り上げられたが、すぐに返された。
ムービー撮影やボイスメモの機能がついていない小型携帯だったためだろうか。
信号を気にしながら、運転手はさらに上着の中も見せろというしぐさをした。
上着の両側を開いて内ポケットがないことを見せてもまだたりないらしい。
トレーナーをまくりあげて肌着のシャツまで見せると、やっと前を向いた。
と思ったら。
「カバンよこしな。」
ついに、財布の入ったバッグまで取り上げられてしまった。
運転手は素早く中を確かめている。熊髭はただ、彼を信用して見守るばかりだ。
結局、特に何もないとわかったらしい。バッグはそのまま助手席行きとなった。
「…OKですか。」
おずおずと尋ねる。
すると。
「さぁて、ね。」
にやり、とした声が返ってきた。
信号が青になる。
右折すれば環状線だ。滑るように、タクシーは右へと走り出した。
夜も遅いというのに車は多く、対向車のヘッドライトがまぶしく突き刺さる。
環状線とは大きな輪の形をした道路のこと。
このまま進めば一周して最初に戻り、一晩でも回っていられる道である。
「メモは、取っても?」
「ああ、構わねぇ。」
熊髭の質問に、ぶっきらぼうな口調で運転手が応じる。
取り上げられなかった取材道具は、メモ用のノートと筆記用具だけだった。
使い込んだノートを開き、熊髭は心の中でガッツポーズを決める。
根拠はない。
ただの予感だ。
でも、今日の取材はきっとうまくいく。