■ The reportage

「どこでアタリつけて来た?」

運転手が問いかける。慣れた手つきでハンドルをあやつりつつ、彼は煙草をくわえた。

「なじみの情報屋から」

熊髭の男は、いそいそとメモの用意をしながら答える。

くわえた煙草に火をつけて、運転手が前方の信号機に視線を投げた。ふう、と吐き出す煙が、いつの間にか細く開いていた窓から外へと流れる。

「……」

ふと、運転手の沈黙に顔を上げた。後部座席から見える彼の後姿は、まだ何か疑いありげな様子に見える。

『なぜ俺に?』

運転手があえて口にしない事の内容はたぶんこんな質問だろう。当然の疑問と言ってもいい。なんとなく冷めた場の空気を感じて、熊髭は姿勢を正した。

「こういう風に聞いたんです。Evolusion以前からの事情に詳しくて、表通りの人間でも簡単に接触できる、しかも裏で名の通っているような人はいないか、と」

いかにも、“つけたしました!”といった説明に運転手はにやりと笑う。

タクシーは環状線へと向かっていた。くわえ煙草の運転手は、おそらく、ずっと走りながら話すつもりなのだろう。くく、と低い笑い声が熊髭の耳をくすぐった。

「…なぁるほどね、それで、俺か」

納得した口調で運転手がつぶやく。同時に彼は、バックミラーをちょいと動かした。鏡の中には、小型のボイスレコーダーとカメラを準備する熊髭がいる。

「そりゃナシだな」

声をかけられ、熊髭はびくりと顔を上げた。一瞬にしてレコーダーなどを指摘されたと気づき、熊髭はあわてて口を開いた。

「いや、許可を取ってからと思って、いえ、あの…その、許可なく録音・撮影をするつもりは、」

アワアワしていて何だかよくわからない。とりあえず言いたいニュアンスだけは伝わったようだ。運転手がもういいからとでもいうように、軽く片手を上げた。

「……で、アンタは?」

ほっと息をつく隙もなく、運転席からさらなる声が飛んでくる。何者か、という問いかけだ。

「フリーのジャーナリストです」

熊髭の男は、短く答えた。

「ハン、ブン屋さんかい」

運転手が鼻で笑う。まるで小バカにでもするような、軽蔑交じりの口調だ。

「いえ」

熊髭は眉をひそめた。

「新聞記者じゃありません。別物です」

髭から水滴が落ちる。手で軽くぬぐうと、熊のように黒々とした髭はさっきの雨で少しだけ濡れていた。ハンカチを取り出し、あらためてふき取る。ついでに頭もぬぐう。こっちの方はつるっつるなので水気もぬぐいやすい。

「……ほぉ」

再び小バカにしたような声が返ってきた。気になって運転手の表情をうかがおうとしたが、熊髭の位置からは見えない。

「自分は、フリーの立場なんで」

熊髭は話し始めた。相手の話を聞きたければ、まず自分のことを明かしてからがいい。これくらいは、経験が教えてくれる。

「社に勤めている連中と違って、しばられるものがないんすよ。書くも書かないも、何を書くかも、全く勝手に決められる。自由なんです。ま、その分、何の保証もない貧乏生活してますけどね」

最後の一言は、おどけた調子でつけ加えた。少しほぐれた空気の中、運転手がまた問うてくる。

「で、その『ジャーナリスト』さんが、何のために」

何気ない口調で。しかし、核心に迫る質問を放つ。お前はいったい何が目的でここにいるのか? 何を欲しているのか? 大事な勝負どころだ。相手の気に入る答えを出せなければ、今日の取材は失敗に終わるだろう。熊髭は内心、ふんっと一息、気合を入れた。

「自分は、自分が満足する記事を書きたいだけです。誰も読まなくてもいい、それが書ければ……、いや、書けなくてもいい。知りたい。そう、知りたいんです、事実を。自分が感じたものの正体を知りたい。何かある、その『何か』が何なのか。それを確かめることさえできたら……、」

一度、言葉を切る。それから真っ直ぐに目を上げて。

「それで、十分なんです」

正直に、あくまで真っ直ぐに。ただ飾らぬ思いだけをぶつける。

ジャーナリストを名乗る者にしてはあまりにも愚直すぎる答えだ。だが、運転手は心地よさげに目を細めた。どうやら気に入ったようだ。彼に対しては、このやり方が正解だったらしい。

「何が知りたい?」

灰になった部分を灰皿に落して、煙草をくわえなおす。運転手の声に先程までのよそよそしさは感じられなかった。

「Evolutionについてです。どこから始まって、どこに行くのか。それから……、今、何が起こっているのかも」

思わず意気込んでまくしたてる、明らかに嬉しそうな熊髭の男。

「俺に聞かれてもなぁ」

熊髭の勢いがおかしいのか、運転手が吹きだした。しかし、フロントガラスへ微かに映る彼の目は笑ってはいない。

と、運転手が肩越しに何かを指さしてきた。人差し指の先を見れば出しっぱなしのカメラとレコーダーがある。思わず「あ」と声を出し、熊髭が機材をしまいこもうとしたときだった。

ちょうど信号が赤に変わった。車が停止したとたん、運転手が後ろを向いて身を乗り出す。 驚く熊髭に、運転手が手を差し出した。

「よこせ」

あわてて渡す、大切な商売道具たち。運転手はレコーダーのスイッチがオフなのを確かめ、助手席に放った。カメラもケースも、あっという間に取り上げられる。

「ポケットは」

急いですべてのポケットをひっくり返す。ハンカチと携帯電話以外は裏地しか出てこない。携帯電話はいったん取り上げられたが、すぐに返された。ムービー撮影やボイスメモの機能がついていない小型携帯だったためだろうか。

信号を気にしながら、運転手はさらに上着の中も見せろというしぐさをした。上着の両側を開いて内ポケットがないことを見せてもまだたりないらしい。トレーナーをまくりあげて肌着のシャツまで見せると、やっと前を向いた。

と思ったら。

「カバンよこしな」

ついに、財布の入ったバッグまで取り上げられてしまった。運転手は素早く中を確かめている。熊髭はただ、彼を信用して見守るばかりだ。結局、特に何もないとわかったらしい。バッグはそのまま助手席行きとなった。

「…OKですか」

おずおずと尋ねる。

「さぁて、ね」

にやり、とした声が返ってきた。

信号が青になる。右折すれば環状線だ。滑るように、タクシーは右へと走り出した。夜も遅いというのに車は多く、対向車のヘッドライトがまぶしく突き刺さる。環状線、すなわち大きな輪の形をした道路。このまま進めば一周して最初に戻り、一晩でも回っていられる道である。

「メモは、取っても?」
「ああ、構わねぇ」

熊髭の質問に、ぶっきらぼうな口調で運転手が応じる。取り上げられなかった取材道具は、メモ用のノートと筆記用具だけだった。

使い込んだノートを開き、熊髭は心の中でガッツポーズを決める。根拠はない。ただの予感だ。でも、今日の取材はきっとうまくいく。


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