■ The reportage


「あのぉ、おまけってことで、もう一ついいですかね?」
これが本当の『最後の質問』だ。
熊髭は、後部座席の真ん中からのぞきこむようにして語りかけた。
ちょい、と熊髭の様子を見て、運転手が不思議そうな表情になる。
「ん〜?」
「あなたの好きなものは?」
「はぁ??」
煙草を吹き出しかけるほどの勢いで、運転手は再びゲラゲラと笑い出した。
「おンもしれぇこと聞くなぁ。どういうモンの好みだ?」
「何でもいいっすよ。」
くすくすと声をもらしつつ、運転手は灰皿に煙草を押し込んだ。
「そーねぇ、プリンだね。
 あの安〜いゼラチンぽいやつ。甘いモンが好きなんだよな〜。」
「はぁ、意外っすね。」
熊髭は思わずすっとんきょうな声を上げた。
心底、意外だ。イメージに合わないにも程がある。
「そうか?」
「自分はどっちかっていうと甘いのよりは、塩辛い物が好きなんですよねぇ。」
「へぇ。あんたの方がよっぽど甘党に見えるよな。」
熊髭は指先で、自分の腹を何度か押した。
「よく言われるんすよ、腹とかぽにぽにしてますから。」
我ながらいい弾力だ。
きっとバックミラーを通して運転手にも見えていたのだろう。
ぶくくっ、と盛大に吹きだす音がした。
「自分で言っちゃいけねーよぉ。」
「他人に言われるより楽なんですよ。」
「はははっ、そりゃ言えてるな。ははははは。」
気のせいか、ノートを閉じた後の方が会話が弾む。
車内はひどく和やかな空気に満ちていた。二人ともまるで仲のよい友人のようだ。
「あとなぁ、」
突然、運転手が言った。
「はい?」
「向こう見ずでつっぱしるヤツはたいがい好きだぜ。
 危険を承知で乗り込んでくる無鉄砲で……それを楽しんでるヤツがな」
不意をつかれた熊髭に向かって、バックミラーからにやりと笑いかけてくる。
一瞬、何のことだかわからなかった。
熊髭が、どうも『お前も含めて』の意味で言われたらしいと気づいたときだ。
運転手が、バックミラーの角度を変えた。
それからチラと横を見やる。
サイドミラーの奥、背後に迫る一台の黒い車が映っていた。
「お客さん、ちょいと飛ばすぜ。」
「へ?」
急に態度の変わった相手にとまどう。
ただならぬ様子だった。いったい、何が起こったのだろう。
「後ろだ、静かに見てみろ。」
運転手が声をひそめる。熊髭はただうなずいた。
そして、首を縮めるようにしてそっと振り返る。
背後に一台の車が迫りつつあった。その姿は少しずつ大きくなっている。
今はまだ遠いが、スピードを上げて接近中なのだ。
時刻は午後11:49。辺りに他の車はない。
不審な車。
100mほどまで近づくと、その黒い車はややスピードを落とした。
そのまま一定の距離を保ち、どこまでもついて来る。明らかに尾行だ。
「つ、つけられてる!?」
息を飲む熊髭。
「そういうこった。しっかり座れよ。どっかつかまってろ!」
別人のような凄みを帯びた、運転手の声。
ギュリリリリリッ、とタイヤが悲鳴をあげる。
タクシーは夜の道路の真ん中で、突然Uターンした。しかも、同時に加速し出す。
熊髭は必死で姿勢を保った。
勢いで体がななめ横に持っていかれる。
しかし、倒れているひまはなかった。
千載一遇のチャンス。本物の危険なカーチェイスを体験できるのだから。
いきなり方向を変えたタクシーの様子に、気づかれたと悟ったのだろう。
尾行車の方から、弾けるような乾いた音が数発響いた。
「いいい、今の音は!?」
どもりながら、熊髭は必死で尾行車の観察を続ける。
あの音には聞き覚えがあった。
だが、今まではテレビや他の人間が取材したテープを通して聞いただけだ。
リアルでは初めて耳にする。
銃声だった。
「この程度でわめくんじゃねぇよ。」
運転手の叱責が飛ぶ。
小声だがやたらに迫力があるのは、裏での生き様の現れだろうか。
タクシーは、まだ方向転換できていない尾行車とすごいスピードですれ違う。
尾行車の窓はすべて黒く覆われていた。
そのため、開いている部分だけ色が違ってわかりやすい。
熊髭の視線の先で、半分ほど開いた窓から怪しい人影が銃口を向けていた。
目をこらしたが、運転者や他の人間は見えない。
どうやら開いた窓は一つきりで、後はしっかりと閉まっているらしかった。
タクシーは環状線を離れ、しばらく真っ直ぐな道を飛ばした後、バス通りに出る。
すでに静かだった環状線とは違い、こちらはまだ車が多い。
車の列に入ると、先程の尾行車は乱暴な運転で後を追ってきた。
だが、一般の車が邪魔となり、こちらまではなかなか近づけないようだ。
けたたましいクラクションが鳴り響く。
タクシーはうまく尾行車と距離を置いたまま、バス通りを一気に走り抜けた。
さすがは運転のプロだ。他人の迷惑になるでもなく、すいすいと抜かしていく。
熊髭たちが信号機の下をすり抜けた瞬間、信号は黄色から赤に変わった。
尾行車は信号に引っかかる。
無視して進もうにも、目の前に信号待ちの車がいて止まらざるをえない状況だ。
これでまいたかと思いきや。
なんと相手は車を歩道に乗り上げ、そのまま無理やり追いかけてきた。
しつこい連中だ。
熊髭の耳に舌打ちの音が聞こえる。
タクシーは進路を変え、細い道へと進んだ。
スピードを落とさず、抜け道のような入り組んだ道路を何度も曲がる。
ときどきドリフト気味にタイヤが鳴った。しかし、尾行車はまだついて来る。
本当にしつこい連中だ。
熊髭は激しく揺れる車内でノートを開き、今の状況を細かく書き始めた。
角を曲がるたびに、遠心力で体が揺さぶられる。
当然、文字は乱れてひどいありさまだったが、熊髭は書くのをやめなかった。

BACK  NEXT / 前書  EXIT  TOP