■ The reportage

そのうちに二台の車は街を越え、峠の方角へ向かう道へと進んだ。ゆるやかなカーブが続く、細い道路を過ぎる。やがて道幅が広がり、平坦で見晴らしのよい道に出た。ときどきが草木が茂るわき道がある他は、隠れ場所も見当たらない。

しばらくの間、二台でスピードを競うように走り続けた後だ。星印のタクシーは、なぜかスピードをゆるめてゆったりと走り始めた。これではすぐに追いつかれてしまうだろう。熊髭が不安を口にしようとした、まさにそのときだった。

≪ナンバー××××の黒い車、道路の端によって止まりなさい。××××、止まりなさい!!≫

どこかで聞いたような、拡声器からの台詞が尾行車を止める。無視して進む尾行車の背後に、一台の車が現れた。たちまち響くサイレンの音。屋根の上にはオシャレなランプ。早い話がパトカーである。

スピード違反取締りのための待ち伏せ、警察様のご登場だ。あっけにとられる熊髭の目に揺れるものが飛び込む。運転席と助手席の間から、運転手の手がのぞいていた。形はVサインだ。

タクシーの横を、パトカーに追われる尾行車が逃げていく。熊髭たちを追ってきた車は、逆に自らが追われる立場となってしまった。間抜けな連中と言おうか、運転手の方が一枚上手だったと言おうか。何にせよ、助かったわけだ。熊髭はほっと息をついた。

追われる心配がなくなったところで、タクシーは再び方向を変えた。来た道を戻り、再び都市の中心部へと向かう。

今度は何度も曲がったり戻ったりと、余計な動きをしなくて済む。制限時速をしっかり守りながら走っても、さっきより早く帰ることができた。ほどなく、最初に出会った辺りにたどり着く。タクシーは誰もいない街角で止まった。

「あんたはここで降りろ」
「は、はいっ」

あわてて降りようとする熊髭に、運転手が荷物をよこす。最初の時点で取り上げられていた熊髭自身の持ち物だ。カメラ、レコーダー、そして財布などが入ったバッグ。ふと気がついて問う。

「あの、料金は?」

運転手はメーターどおりの値段を告げた。何気に、けっこうな金額になっている。

「端数切捨てでいいぜ」

言われて素直に払ったが、財布はすっかり寂しくなってしまった。端数切捨てのおかげで小銭は残ったが、コインばかりで紙幣がない。

「毎度ありぃ」

運転手が言った。彼は受け取った代金を片手に持ったまま、板にはさんだ紙を取り出す。紙には表のようなものが印刷してあった。いかにもまともなタクシーの運転手らしく、紙に時刻などを書き込んでいる。

書き終わるまで数秒とかかるまい。そして彼が代金をしまい終われば、すぐにドアが閉まるはずだ。

その前に。

「あのっ」

熊髭が呼びかける。運転手は顔を上げて熊髭を見た。

「あ?」
「また、お話を聞かせていただけますか。またいつか」

にやり、と。今日何度目かの笑いを口の端に浮かべて、運転手は片手を上げた。

「また、な」

ドアが閉まる。軽快な走りでタクシーは去っていった。エンジンは快調らしい。

「ありがとうございます!ありがとうございました!!」

去り行く車の背に叫ぶ。熊髭の男は、いつまでもタクシーを見送っていた。深夜の街角に一人ぽつんと取り残されたまま。

雨上がりの空気が体を冷やす。熊髭はくしゃみをして鼻の下をこすった。なんとなく、腕時計を確かめる。すると、時刻はすでに午前1時を過ぎていた。



ちょうど同じ頃。去っていくタクシーの中で、運転手が新しい煙草をくわえていた。煙草の先に火が灯る。どこまでも続く黒々とした夜の車道。走るタクシーの車内も暗い。

運転手が息を吸うたびに、煙草の火だけが赤く浮かび上がった。おや? 運転手がひょいと無線を取って、何者かと交信している。

「ああ、うまく降りた。ご苦労さん」

無線を切る。まもなく右側の道から一台の車が現れ、スーッとタクシーに近づいていった。黒いセダンタイプの車だ。窓はすべて、フィルムで黒く覆われている。

現れたのは先程の尾行車だった。元尾行車はタクシーの前に出て、チカチカとテールランプを点滅させ合図らしきものを送る。客がいなくなった暗いタクシー内では、ふうっと吐き出された煙が白く漂う。くわえ煙草の運転手もまた、ライトの点滅で挨拶を送った。


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