■ The reportage

わずかな荷物を抱えたまま、熊髭の男は道端にいた。ややうつむき加減に、大地を見つめて。いまだ残り続ける興奮を静めようとしながら、そっと腹の辺りを押さえる。時刻は、午前1:18。

やがて、彼はタクシーが走り去った暗闇に視線を投げる。車の影が完全に見えなくなったとき、熊髭はゆっくりと後ろを向いた。辺りに、人の気配はない。返された荷物を地面に置いて、素早く服のすそをまくり上げる。

たくし上げたシャツの下、やや太めの腹に何か細長い物が貼りついていた。テーピング用の肌色のテープで、肌に直接貼りつけていたようだ。

びり、とはがす。細長い物の正体は、機械。いわゆるボイスレコーダーだった。小型だが性能のよい品だ。小さな液晶画面には『録音中』の表示が点滅している。

スイッチ、オフ。

熊髭の瞳に、一瞬だけ、鋭い輝きが宿る。軽く触れただけで指が切れてしまいそうな、鋭利な刃にも似た眼光が。人の良さそうな目の奥の奥で、かすかに光り、また隠れた。

彼もまた、この街を生きる者。たぬきそっくりの腹に隠したボイスレコーダーは人肌のぬくもり具合だ。スイッチ、オン。したたかなたぬきは間抜けな顔で、今日の成果をチェックする。

『どちらまで?…「進化を」…… 何だいそりゃ。くくく…「エボリューション」………お客さん、そりゃちょっと聞いたことないねぇ……』

巻き戻してボタンを押すと、先ほどまでの会話が流れ出した。ガサガサと、たぶん衣服がこすれる音であろうノイズが混ざる。

だましだまされ、見抜いて見抜かれて。今日のところは引き分けだろうか? もしかすると。いや、あるいは。

何はともあれ。熊髭のジャーナリストは今、たぐり寄せようとしている。表社会に生きながらにして、裏社会の人間たちすら気づかなかった何かを。

タクシーに乗った。
そして、降りた。
全ての始まりは、夜更けの街角からである。

熊髭の男が書くルポはきっとこんな風に始まるだろう。

全文を読んでみたいと思うならば祈るといい。親愛なる熊髭ジャーナリストが、この進化の波を乗り切れますように。


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