わずかな荷物を抱えたまま、熊髭の男は道端にいた。
ややうつむき加減に、大地を見つめて。
いまだ残り続ける興奮を静めようとしながら、そっと腹の辺りを押さえる。
時刻は、午前1:18。
やがて、彼はタクシーが走り去った暗闇に視線を投げる。
車の影が完全に見えなくなったとき、熊髭はゆっくりと後ろを向いた。
辺りに、人の気配はない。
返された荷物を地面に置いて、素早く服のすそをまくり上げる。
たくし上げたシャツの下、やや太めの腹に何か細長い物が貼りついていた。
テーピング用の肌色のテープで、肌に直接貼りつけていたようだ。
びり、とはがす。
細長い物の正体は、機械。
いわゆるボイスレコーダーだった。小型だが性能のよい品だ。
小さな液晶画面には『録音中』の表示が点滅している。
スイッチ、オフ。
熊髭の瞳に、一瞬だけ、鋭い輝きが宿る。
軽く触れただけで指が切れてしまいそうな、鋭利な刃にも似た眼光が。
人の良さそうな目の奥の奥で、かすかに光り、また隠れた。
彼もまた、この街を生きる者。
たぬきそっくりの腹に隠したボイスレコーダーは人肌のぬくもり具合だ。
スイッチ、オン。
したたかなたぬきは間抜けな顔で、今日の成果をチェックする。
巻き戻してボタンを押すと、先ほどまでの会話が流れ出した。
『どちらまで?…「進化を。」……何だいそりゃ。くくく…「Evolution。」………』
ガサガサと、たぶん衣服がこすれる音であろうノイズが混ざる。
だましだまされ、見抜いて見抜かれて。
今日のところは引き分けだろうか? もしかすると。 いや、あるいは。
何はともあれ。
熊髭のジャーナリストは今、たぐり寄せようとしている。
表社会に生きながらにして、裏社会の人間たちすら気づかなかった何かを。
タクシーに乗った。
そして、降りた。
全ての始まりは、夜更けの街角からである。
熊髭の男が書くルポは、きっとこんな風に始まるだろう。
全文を読んでみたいと思うならば、祈るといい。
親愛なる熊髭ジャーナリストが、この進化の波を乗り切れますように。
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