■ The SUN

表通り。今まで足を向けたこともない禁断の世界ってやつ。なんとなく怖くて、なんとなく腹立たしいお上品な世界、のはず。見たことがないから想像でしかない。

おしゃれなバーガーショップがあるとか(裏通りのは全部壊れそうで汚い!)、高い新品の服しか売っていないとか(古着屋なしでどうやって生活すんの?)、他にもいろいろ。噂に聞いた限りでは、まったくの別世界ってヤツ。

何でそんなところに足を向ける気になったかというと、これが少し恥ずかしい話になる。

この前、なじみの兄貴分に会った。なんと表通りではまともな生活をしているらしい。大ショックだ。まさかまともな定職についているとは……。どっからどう見ても完璧、不良中年なのに……。中身もバリバリ現役だし。どこの誰があの人を雇う気になれるんだ、ありえない。俺には無理だ。

もっとショックだったのはその後だった。なんと、親友ども二人とも、表通りを知っているという。赤毛のヤツは何度も遊びに行っているような感じだった。まあ、もともといい家のお子サンだから、あいつはまだわかるけどな。びっくりしたのは年下のやつ。なんと、何と出身は表通りなんだって。何でだか、裏通りの叔父貴一家に引き取られてこっちに来たらしい。親友だと思っていたのに、ぜんぜん知らなかった。

「ちくしょー、俺だけかよ。絶対行ってみるわ」

そう言ったら、赤毛のやつは笑っていた。

「そういう対抗意識はいらないんじゃない?」

タイコウイシキ? って何ですか。いや、わかるけど。難しい言葉使うんじゃねぇよ、一人だけ学校行ってたからって。こいつはとてもいいヤツだけれど、無意識に偉そうなのでときどき嫌いだ。

それはそれとして。そんなこんなで、俺は、自分一人が表通りを縁のない世界と思い込んでいたと知ったわけだ。だったら俺も、と考えるのは当然のことだろう。

ひとつ息を吸い込んで、路地の先をにらむ。

「よしっ」

気合十分。俺はいつもの路地を抜け、初めての一歩を踏み出した。

まず、道の広さに言葉をなくした。裏通りではめったに見ないピカピカの車が、同じ方向に二台並んで走って行く。四台いっぺんに通れる道幅。裏通りでは二台がすれ違うのもやっとなのに。

太陽がまぶしい。何も一人で来ることはなかったな、といまさら気づいた。誰か誘えばよかったか?と思ったとたん、いつもの二人の顔が浮かんだ。あの真っ赤な髪と、へにゃへにゃ笑うがきくさい顔。

だめだ。あいつらはもう表通りに来たことがあるのだ。第一、あいつらの知らないうちに出かけていってみせるのが楽しみなんだから、あいつら本人を誘っちゃしょうがない。

今から、あいつらに今日の話をするのが楽しみだ。何かお土産を買っていこうと思っている。それを見せながら、言ってやりたくてしようがない。「どうだ、俺も行ってきたんだぜっ!」とかなんとか。なにを買うかは考えていないけれど、なけなしの金を全部持ってきた。表通りの連中から見れば小銭かもしれないが、安い売物だってあるだろう。

空を見上げると、裏通りと同じ太陽が輝いていた。今日も暑い。

タクシーが一台通っていく。それを見て、いつもタバコをくわえている兄貴分を思い出した。確かタクシーの運ちゃんなんだよな。どうせならあの人と一緒に来て、いろんなところに連れて行ってもらえばよかった。

まあ、しょうがないか。あの人に会うには夜中に店を回って探すしかないし、それでも見つかるとは限らない。いちいち探していたんじゃ、いつ表通りに来れるかわかったもんじゃないしな。

気を取り直して、どこかに行こうかと考える。とりあえず道沿いに歩くことにして、俺は出てきた路地の真ん前で左右を見た。

左側はどこまでもまっすぐ道路が続いていて、果てが見えない。上の方を見ると、文字と飛行機のマークがついた青い看板があった。

右を向くと、目の前から続く道路に曲がってくる細めの道がいくつもあるのが見えた。向かっていく車が多くて、何だかにぎやかな感じだ。しばらく見くらべてから、俺は右側の道を選んで、歩き始めた。

表通りには「人」が少ない。すれ違うのは車ばかりだ。すごいスピードで、どんどん通り過ぎていく。時たますれ違う人間は、みな、下を向いて歩いていた。何だか生き物って感じがしないところだ、表通りってヤツは。

そんなことを考えながら歩いていたら、俺よりいくつか年下らしい集団がやってきた。おそろいのスーツみたいな服を着ている。きっとアレだ、学校に行っているヤツらで、おそろいなのは学校の制服なんだろう。

集団は、いくつかのかたまりに分かれて話しながら歩いている。妙にぴちっと着こなした生真面目そうな連中が、すれ違いざま、俺をじろっと見た。何だってんだ、腹立つ。そう思っていたのが顔に出たんだろう。連中の後ろにいた女の子のグループが、おびえたような表情で道の端っこを通って行った。


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