『ショッピングストリート →200m』
俺は字が読めない。
とりあえず矢印だけはわかったので右の道をのぞき込むと、うじゃうじゃ人がいる通りが見えた。
店やビルがびっしり並んでいて、いかにも楽しそうだ。
嫌な気分も吹っ飛ぶ。
俺はすっかりウキウキしながら角を曲がった。
すぐに、さっき角からのぞき込んだにぎやかな通りに出る。
その通りは、本当にたくさんの人たちで楽しげににぎわっていた。
若者、おばさん、子ども。さっきまでは人が少ないと思っていたのに、すごい違いだ。
いったいどこにこんなに大勢の人間がいたんだろう。
数え切れないほど店があった。大きなビルだと思ったものも丸ごと店だ。すげぇ。
裏通りと同じくらい狭い店もあれば、広いのもある。
俺は、手当たりしだいにいろんな店に入ってみた。
どこもピカピカにきれいで、あふれるほどの品物がきちんと並べて置いてある。
もの珍しくて、見ているだけでも楽しくてたまらない。
ジジババ向けっぽい店もあって、うっかり入りかけたら店員ににらまれた。
驚いて逃げ出したが、あれは入らなくて正解だ。
出た後で外のウィンドウを覗いたら、見たこともないほどゼロが並んだ、
とんでもない値段の毛皮コートなんかが売られていた。
冗談じゃない、こんな店、こっちからお断りだ。
俺くらいの年の客が多い店は、雰囲気も入りやすい。
CDショップや服屋が多かったが、面白そうな小物をたくさん扱っている店もある。
そんな小物屋みたいな店の一つを選んで、中に入った。
中は意外と明るく、奥のほうで店員がニコニコして立っていた。
感じのいい店だ、と思う。
品物はとにかくたくさんあった。
時計、サングラス、キーホルダー、お菓子、オモチャ、何に使うのかわからない物。
裏通りでは金のあるやつらが持つような銀ピカのライターもある。
俺は店の中をぐるぐる回り、いろんなものを手に取った。
時計なんかは高価すぎて手が出ないが、俺に買えそうな値段でも、いい物がたくさんある。
ふと、クシや鏡が並んでいるコーナーで足を止めた。
自分用のクシなんて、持っていなかった。
裏通りの店にあるのは女向けのキャラクターものか、おっさんが持つようなのだけだ。
でもこの店は違う。
骸骨がデザインされたのや飛び出しナイフ形のクシが並び、どれもかなりかっこいい。
値段も手ごろだ。
よし、これを買って帰ろう。
そう考えて、さっそく選び出した。
並んでいるやつをとっかえひっかえ見くらべていると、いつの間にか店員が側にいた。
「クシをお探しですか?」
にこやかに話しかけてくる。
何だか照れくさくて、俺はうなずきながらそっぽを向いてしまった。
「お客さん?」
店員がすぐ近くまで寄ってくる。
あわててそっちを向いたとき、ひじが棚にぶつかり、いくつか品物を落としてしまった。
「すいません。」
あわてて拾おうとする手を、店員につかまれた。
痛い。
急に険しくなった態度に驚き、思わず固まってしまった。
硬直している俺に、店員が言う。
「どこの学校の生徒だ?家の電話番号は?」
そう言われても、学校なんていったことがないし、うちに電話なんかない。
だいたい俺は、表通りじゃもう生徒って年齢じゃないんじゃないのか?なんとなく。
正直にそういうと、店員はじろじろと俺を観察し始めた。
そして、俺の腕をつかんだまま、こっちへ来いとも言わず、早足で歩き出す。
すっかり怖くなってしまった俺は、おとなしくレジの近くに連れて行かれた。
レジの中では、店主らしい男が怒りくるっていた。
俺を連れて来た店員がちょっと話かけると、店主は突然俺の方を向いた。
「拾うふりしてポケット行きか。同じパクリ方が何度もできると思うな!!」
真っ赤な顔の店主が店の奥を指さす。
「あいつらの仲間だろう!」
そこには、何かやらかしてつかまったらしい連中が三人ほど連れ込まれていた。
俺と同じくらいの年だが、どう見ても表通りの連中だ。
俺よりずっときれいな格好だし、靴だって上等。食い物のせいか顔色だって違う。
俺とは、まったく違う暮らしの人間だろう。
でも、そいつらの服装は確かに俺と似ていないでもなかった。
三人ともジーンズの上下で、たくさんの破れ目がわざとつけてある。
俺はいつもの一本しかないすり切れきったジーンズに、新しいTシャツを着ていた。
目の利かない奴が見れば、同じように見えるのかもしれない。
当然、俺は首を横に振った。
店主はますます顔を真っ赤にして、俺のえりくびを引っつかんだ。
まったく失礼なヤツだ。
あんまり強く引っ張られたので、思い切り振り払ってやった。
店主が目をむいてにらんでくる。
「お前…っ!!おい、警察を呼べ!突き出してやる!!」
警察、と聞いた瞬間、俺は逃げの体勢をとりかけた。
だって、そうだろ?
警察のやつらときたら、全員ひどいヤツばかりだ。
裏通りの人間というだけで、どんな風に扱われるかわかったもんじゃない。
殴る蹴るは当たり前。無実でも牢屋にぶち込まれる。殺されたって不思議じゃない。
実際、何も悪いことはしていなかったのに、逮捕された人が何人もいるんだ。
抵抗したとか何とか理屈をつけてつかまえたら、裁判では皆、俺たちのせいにする。
裏通りの連中ならやりかねない、の一言で。
思わず逃げそうになったのにはそんな理由があったが、今回はちょっとまずい。
逃げ出すことで、ますます決定的に疑われてしまいそうだからだ。それだけは嫌だ。
とっさにそこまで思いつくことができた俺は、何とかその場に踏みとどまった。
深呼吸を一つ。
「あの、俺は一人で……」
不審げな店主たちの前で、のどから言葉を押し出す。
そのときだった。
言い訳を、というか、説明をしようとした俺の肩を、手が、ぽんと叩いたのは。
ぎょっとして見ると、そこに男が立っていた。
ぽしょぽしょと髭を生やした、眼鏡をかけた男の人だ。髪の毛がぼさぼさしている。
だらっとした服装だったけれど、割とガタイのいい感じの人だった。
「どうした?買い物はまだかい?」
男の人は、優しそうな様子で笑っている。
俺はきょとんとして黙ってしまった。
まあ、当たり前だ。見ず知らずの男に親しげに話しかけられたんだから。
「すぐ選べよ、クシくらい。もう買った? 買ったンなら、もう帰るから。」
男の人は俺の背中をぽふぽふ叩いてくる。
やっと事情が飲み込めてきた。
どうやらこの男は、俺を助けてくれる気らしい。
「や、まだ。ちょっと誤解されて。」
誤解のところを強めつつ、ぼろっちい財布を取り出す。
俺は、落としてしまった品物のうちの一つを選んだ。
店主はまだ納得していないようだが、とにかく俺が金を出したので黙ってレジを打つ。
ざまあみろって。
結局買ったクシは、折りたたみ式の長いやつだ。なかなかイケてると思う。
黒く透明がかったプラスチック製で、嵐で大荒れの海の絵が描いてある。
ちょっと見とことのない感じの絵だった。かっこいい。
包まれる前に試してみたら、使い心地もなかなかだ。我ながらイイ買い物をした。
捕まっているやつらをチラリと見ると、期待した感じでこっちを見ている。
何だよ、気持ち悪りぃ。
店員がすっとこちらに寄って、男の人に問う。
「あちらの方々もお連れ様ですか?」
俺たちは、一瞬顔を見合わせ、それから揃って首を横に振った。
やれやれといった感じで店主が汗を拭く。
誤解して申し訳ないという言葉を聞きながら、俺たち二人は連れ立って店を出た。
「……っ、どう、も…。」
どもりながらつぶやく。
髭を生やした眼鏡の男は、ただでも細い目をより細くして笑った。
ここはさっきの通りからしばらく歩いた、少し静かな場所だ。
「君は、あっちの子だろ?」
眼鏡の男が指差す。
その先には路地があった。路地に向こうにあるはずの裏通りを指しているんだろう。
「よく逃げなかったね。普通あそこで説明しようとは、なかなかできないよ。
しっかりしてるんだな。」
俺は黙ってうなずいた。なんとなく気まずい。
「でも、帰った方がいい。もう、来ない方がいいと思うよ。」
眼鏡の奥で、細い目がこっちを向く。俺は、ただただ縮こまっていた。
「普通に暮らしたいなら。」
眼鏡の男がつけ加える。
俺は、何と答えていいのかわからなかった。
しばらく沈黙の時間が流れる。
居心地が悪くてもそもそ動いていたら、クシの入った紙袋を落としてしまった。
眼鏡の男の人が当然のように身をかがめる。
目を丸くしている俺の前で、眼鏡の人は紙袋を拾ってくれた。
「はい。せっかく買ったんだから大事に持って帰って、な。」
「……。」
ただ、無言で頭だけ下げ、全力で路地の向こうに向かって駆け出す。
ゴミくさい路地に飛び込むと、薄暗い狭さの向こうに、見慣れた世界が待っていた。
壁と壁の隙間から見える細い光。薄汚れた裏通りをにらんで、俺は唇をかむ。
今日、俺は表通りに行った。
表通りでは嫌な目に会ったし、怖い思いもした。
初めてまともに話した表通りの人は、意外と優しい人だった。
だが、なぜか、裏通りの連中と同じ匂いがした。
路地を出る。
生ゴミや埃や、垢と汗で汚れた人間の臭いがする、いつもの裏通り。俺の街だ。
白い太陽が情け容赦なく照りつける。
「なめんなよ!」
思わずひとこと吐き出して、ギラギラの太陽をにらみつけた。