■ traveling by your taxi

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……うるせぇ。


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あ゛ー……。

何の音だ、ピロピロ言いやがって。やかましいなぁ、黙れよ……。何の音……

そこまで考え、俺はがばっと跳ね起きた。危ない危ない、寝過ごすところだ。律儀に鳴り続ける目覚まし時計を止める。さあ、今日も一日がんばりますか。

「う゛ー、と……」

思い切り伸びをしてあくびを一つ。寝床を出たらさっさと顔を洗いに行く。そういつまでも寝惚けてはいられない。仕事に出る時間が遅ければそれだけ稼ぎが減ってしまうからだ。

「父さん、『おそよう』」

洗面台で髭を剃っていると、トイレのドアが開いて息子が顔を出した。今日は日曜だが、バイトがあるとかですでに出かける支度を整えている。

「何だ、その『オソヨウ』ってのは」

苦笑混じりに聞いてやる。

「あんまり起きてこないから、ばあちゃんと『お早ようじゃなくて遅ようだ』って話してた」

……余計なこと言うなよ。苦笑を濃くして、何言ってんだとつぶやく。

ばさりとシャツを羽織り、外へと続く階段を下りる。暗いアパートから表へ出ると、太陽はすでに高かった。俺の仕事始めはいつも正午過ぎ。もう一度伸びをしてから、タバコをくわえる。

仕事用の車輌に乗って、出発進行。もちろんエンジンは快調だ。

ハンドルを切って狭い道から抜け出すと、街道沿いの歩道にはほとんど人がいなかった。どうやら今日は暇になりそうで、めでたいこった。いつだって、楽ができるのはいいことだ。

俺が運転する白茶けた車の上には、独特な☆型のライト。外からよく見える位置にはお決まりの、ただいま『空車』の赤ランプがついている。

おっと。道端に座り込んでいた女が急に立ち上がって手を振った。どうやらタクシーを探していたらしい。少しだけバックして彼女のところに戻る。まったく、急に止めるのはやめてほしいもんだ。

「……はいよ。どうぞお嬢ちゃん」
「わかりやすいね、オジサンの車。お星様かわいーじゃん」

開口一番、客が言う。乗り込んできたのは、随分と若い女だった。

「オジサンじゃねえや、『かっこいい運転手さん』だろ」

ニヤリ、としながら言ってやると、何だかやけに楽しそうに笑った。

「で? 『かわいいお嬢さま』は、どちらまで行かれます?」

改まった口調で言ってやると、また吹きだす。よく笑う娘さんだ。

「ちょっとそ・こ・ま・で♪」
「あ゛ぁん?」

なんのこっちゃ。どこに運べばいいんだが。

「あんまりお金持ってないから、次の次の、次のバス停まででいいよ」
「ぶっ……くくく、ほんとに『そこまで』だな」

とりあえずドアを閉める。

「不景気で困りますねぇ、と。閉めますよ、ドアに注意。足引っ込めろよ」

ゆっくりと。ことさらゆっくりと走り出す。どうやら、ただタクシーに乗りたかったらしい娘さんは、いたって上機嫌だ。ずっと鼻歌を歌っている。やれやれ、……この前の女とはえらい違いだな。

「随分ごきげんだな」
「うん」

ぽん、と返事が返ってくる。短いが、機嫌のよさそうな返事だ。

「なんだ、デートか?」

ちらりとバックミラーを見やる。娘さんはとびっきり明るい笑顔をしていた。

「へへへ。うん、そうだよ♪」

へえ、そりゃご機嫌なわけだ。いやいや、ったく、最近の若い者は……って、このくらいの頃の俺とくらべたらよっぽど清らか、か。なーんてな。思わず苦笑がもれる。

「うらやましいねえ。どんな彼氏?」

なにやら照れ隠しのように訊ねてみる。すると返ってきたのは歌うような、娘さんの声だ。

「マ・マ・と♪」
「あぁ? お母さんとか。ははは、デート、ねえ」

こりゃ一本取られたな。母親とお出かけか。

「今日アタシの誕生日でさ? ショッピングして、アイス食べに行くんだ♪」
「なるほどなあ。それで機嫌がいいのかい。アイスって言や、うちの息子がそこのアイス屋でバイトしてるぜ。そこの、うまい店」

あごと視線で示してやる。途端に娘さんはパッと表情を輝かせ、ミラーごしに俺を見つめた。

「オジサン、アイスなんか食べるの?」
「だぁから『かっこいい』、」
「「運転手さんっ」」

大きな声が重なる。ちら、と視線を交わして二人で笑い。

「アイスなら相当食うよ、運転手さんな、甘党だから」

ますますスピードを落として、俺が言う。

「うそー! 知らんかった。アタシと同じじゃん」

知らんかった、とはなぁ。おもしろいことを言う娘さんだ。乗ったばかりのタクシーなんだから、俺のことなんざぁ知らなくて当たり前だろうが。

「え、じゃあ甘いものとかむっちゃ食べる?」

弾むような声で訊いてくる。もちろんだ。俺の甘党はただものじゃないぜ。

「食ーべる食べる。プリンなら二十個は軽い」
「マジでー!? もしかしてプリン派? アタシもー♪」

はしゃぐ姿もかわいいもんだ。会話が弾むと時間が経つのも早い。

「着いたよ」

最初に指定された、目的地のバス停だ。なにせ『ちょっとそこまで』の距離だから、着くのがやたらと早い。

「げ」

げ、とは何だ。

「どうした、お嬢ちゃん」

ミラーを覗くと、これ以上ないほど顔をしかめている娘さんが映っている。

「今、何時?」

娘さんが問うて来た。

「十二時半ちょい過ぎ、てとこだな」

運転席に備えた時計を見ながら教えると、娘さんはうんざりした声を出した。

「げ〜。まだぜんぜん早いー。何して待ってよっかな〜……」

なんだ、そりゃ。どうも待ち合わせには相当時間があるらしい。

「待ち合わせの時間と場所は?」
「五時二十分。センタービルの前」

少し遠い場所と、かーなり遠い時間が告げられる。これは「げ」とも言いたくなるわけだ。この辺りじゃ、十代やそこいらのガキが暇をつぶせる場所なんかないぞ。ふーむ……、それじゃあ……。

「しょうがねえな。おじさんとドライブでも行くかい」

後部座席を振り返って言うと、娘さんは、きょとんとして俺の顔を見た。

「いいの?」
「ああ。今日はどうせ客も少なそうだし」

とりあえず、この辺りの広い道でも走ってやろう。ここは制限速度も速めだし、今日は車も少ないから少しスピードを出して。

「それに今日は誕生日だろ? タクシー代負けてやるから。あと、変なトコに連れ込んだりもしねーから安心しな」

娘さんがブブッと吹きだす。

「連れ込まれたら、これだよ♪ 平気平気」

パンチ、の仕草。かわいらしいが心配になる。こんな無防備で大丈夫かよ。この物騒なご時世に……。

「アタシ強いし♪」

言いながら、ハンドバックから取り出したのは……。げっ! 今度は俺が顔をしかめる番だ。なんとなんと、ポリス養成スクールの生徒手帳。それも、このライトブルーは特に成績のいい……しかも、どちらかといえば武闘派揃いのAAクラスのものじゃねぇか。や、やべ。スピード違反する前でよかった。

「はあ……、おみそれしやした」

一昔前の悪人風に、かくん、と頭を下げて降参のポーズの俺。娘さんはまた楽しそうに笑い声を上げた。瞬間、素早く娘さんの首筋辺りを見る。襟元から、わずかだが覗くのは、確かに鍛えられた筋肉だった。

まあ、これなら無防備に構えているのも納得できる。普通の女の子のように見えるが、服の下にはさんざん鍛えた身体があるのだろう。下手な暴漢なら逆にひねられちまうこと請け合いだ。

「じゃ……、行きますか、『かわいくてお強いお嬢さま』」

よいしょと前に向き直る俺に向かい、パッ、と瞳を輝かせて娘さんが一言。

「そーいえばさっき、自分で『おじさん』って言わなかった?」
「あ゛あー?言ってねぇよ」
「言ーったよぉー!!」

明るい言い争いを乗せて、タクシーは走り出す。ははは……。なんだかなあ……。


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