■ traveling by your taxi

「そろそろ時間だなあ」
「うん」

太陽の光はそろそろ橙色を帯びてきている。母親との約束の時間は近い。

「どうだ。おもしろかったかい?」
「うん。ありがと。楽しかった」
「そっか。じゃこれからママと会うところまで行こうか」
「うん♪」

何だか名残惜しい。妙な気分だ。このお嬢ちゃんとは、一緒にいることが随分と楽しかった。そんな自分の気持ちを吹っ切るように言う。

「ママから誕生日のプレゼントを貰わなきゃな」
「もう貰った」

お嬢ちゃんが、ぶっきらぼうな口ぶりで答えた。おい、これから会うって母親から、もうプレゼントを貰ったのか?

「これから会うんだろ」
「朝貰ったよー。わがまま言って」

不審に思って問い掛けてみると、バックミラーから笑顔がこぼれた。

「何? 何貰ったの?」

つられて、俺も笑顔で尋ねる。自然と口元がほころぶのはなぜだろう。

「きみつじょーほー」

びしっ。一丁前に、ポリスの卵らしく敬礼して笑う娘さんの顔に。

なぜか、なぜか見覚えがある気がした。

「機密情報ぉ? 何か怖ぇなあ。何の情報だよ」
「ん、ナ・イ・ショっ♪」

そう言ってにこっと笑った。何だか、懐かしい笑顔だと思えてならなかった。

「終点でーす……」

楽しいドライブもここで終わりか。そんな考えが頭をよぎる。今日は稼ぎにはならなかったが、最高の一日だったな。

センタービルの前までお嬢ちゃんを送り届けて、降ろした。向こうも少し名残惜しそうに見えたのは、たぶん、俺の自惚れなんかじゃなく。

「じゃあな。ママによろしくな」
「うん。……ねえ、『かっこいー運転手さん』」

律儀な娘だ。笑いをこらえて「何だい」と答えると、こんなことを訊いてきた。

「あそこのアイス屋さんで息子が働いてるってほんと?」
「ああ、今日は確か、六時まで」
「ふゥん」

どういうわけか、嬉しそうに笑ってお嬢ちゃんは去っていった。

静寂が戻ってきた。何だか、車内がひどく広い。しかたなく普段はつけないラジオなんぞつけてみる。驚いたことに、さっきのお嬢ちゃんが鼻歌に歌っていた曲が流れてきた。流行の曲なのだろうか。

しばらくそこを離れずに、黙って曲を聴いていた。と、どっかで聞いたようなはしゃぎ声が聞こえた。

ああ、さっきの嬢ちゃん、と思って窓の外を見た俺は、危うく腰を抜かすところだった。楽しげな様子のお嬢ちゃんと腕を組み、歩いているスーツ姿の女。どう見ても嬢ちゃんの母親らしい、その女は。

俺の、別れた、元女房じゃねーか………。

元気、そうだな。少し……老けたか。それは俺も同じだろう。でも、俺といたときより、少し、たくましくなった気がする。まだ娘気分だっただろうあの頃よりずっと『お母ちゃん』な笑顔だ。

離婚したとき、まだ赤ん坊だった息子は俺が引き取った。でもさすがに、腹の中の『娘』までは引き取れなかったんだが。

……年齢はぴったり。

まさか、な。そう言えば、あのお嬢ちゃんの貰った機密情報とは、なんだったのだろう。

「わかりやすいね、オジサンの車」

わかりやすい………か。急に、止めたんだったな。まさか、なぁ……。

けれども、よくよく見れば、あの頃の俺と若かった妻にそっくりな顔立ち。食い物の好みから腕っ節の強さまで……。

きっと、今日帰って息子に聞いてみれば、言うんだろうな。

(母さんの写真に似てる女の子と母親の二人連れが、アイス食べに来たよ)

とかなんとか。

「Happy Birthday to you……ってか」

へたくそな歌。

次に会う時、オジサンなんて呼んで見やがれ。車ん乗っけて、お月さんの辺りまでぶっ飛ばしてやるから。

思い出したようにタバコに火をつけ、ふう、と吐き出す。約五時間の小旅行の果ては、なんとまあ、ビックリな旅の終わりだろう………。


Fin.

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