太陽の光はそろそろ橙色を帯びてきている。母親との約束の時間は近い。
「どうだ。おもしろかったかい?」
「うん。ありがと。楽しかった。」
「そっか。じゃこれからママと会うところまで行こうか。」
「うん♪」
何だか名残惜しい。
妙な気分だ。
このお嬢ちゃんとは、一緒にいることが随分と楽しかった。
そんな自分の気持ちを吹っ切るように言う。
「ママから誕生日のプレゼントを貰わなきゃな。」
「もう貰った。」
お嬢ちゃんが、ぶっきらぼうな口ぶりで答えた。
おい、これから会うって母親から、もうプレゼントを貰ったのか?
「これから会うんだろ。」
「朝貰ったよー。わがまま言って。」
不審に思って問い掛けてみると、バックミラーから笑顔がこぼれた。
「何? 何貰ったの?」
つられて、俺も笑顔で尋ねる。
自然と口元がほころぶのはなぜだろう。
「きみつじょーほー。」
びしっ。
一丁前に、ポリスの卵らしく敬礼して笑う娘さんの顔に。
なぜか、なぜか見覚えがある気がした。
「機密情報ぉ? 何か怖ぇなあ。何の情報だよ。」
「ん、ナ・イ・ショっ♪」
そう言ってにこっと笑った。
何だか、懐かしい笑顔だと思えてならなかった。
「終点でーす……。」
楽しいドライブもここで終わりか。そんな考えが頭をよぎる。
今日は稼ぎにはならなかったが、最高の一日だったな。
センタービルの前までお嬢ちゃんを送り届けて、降ろした。
向こうも少し名残惜しそうに見えたのは、たぶん、俺の自惚れなんかじゃなく。
「じゃあな。ママによろしくな。」
「うん。……ねえ、『かっこいー運転手さん』。」
律儀な娘だ。
笑いをこらえて「何だい」と答えると、こんなことを訊いてきた。
「あそこのアイス屋さんで息子が働いてるってほんと?」
「ああ、今日は確か、六時まで。」
「ふゥん。」
どういうわけか、嬉しそうに笑ってお嬢ちゃんは去っていった。
静寂が戻ってきた。
何だか、車内がひどく広い。
しかたなく普段はつけないラジオなんぞつけてみる。
驚いたことに、さっきのお嬢ちゃんが鼻歌に歌っていた曲が流れてきた。
流行の曲なのだろうか。
しばらくそこを離れずに、黙って曲を聴いていた。
と、どっかで聞いたようなはしゃぎ声が聞こえた。
ああ、さっきの嬢ちゃん、と思って窓の外を見た俺は、危うく腰を抜かすところだった。
楽しげな様子のお嬢ちゃんと腕を組み、歩いているスーツ姿の女。
どう見ても嬢ちゃんの母親らしい、その女は。
俺の、別れた、元女房じゃねーか………。
元気、そうだな。
少し……老けたか。それは俺も同じだろう。
でも、俺といたときより、少し、たくましくなった気がする。
『お母ちゃん』な笑顔だ。
離婚したとき、まだ赤ん坊だった息子は俺が引き取った。
でもさすがに、腹の中の『娘』までは引き取れなかったんだが。
……年齢はぴったり。
まさか、な。
そう言えば、あのお嬢ちゃんの貰った機密情報とは、なんだったのだろう。
「わかりやすいね、オジサンの車。」
わかりやすい………か。
急に、止めたんだったな。
まさか、なぁ……。
けれども、よくよく見れば、あの頃の俺と若かった妻にそっくりな顔立ち。
食い物の好みから腕っ節の強さまで……。
きっと、今日帰って息子に聞いてみれば、言うんだろうな。
(母さんの写真に似てる女の子と母親の二人連れが、アイス食べに来たよ。)
とかなんとか。
「Happy Birthday to you……ってか。」
へたくそな歌。
次に会う時、オジサンなんて呼んで見やがれ。
車ん乗っけて、お月さんの辺りまでぶっ飛ばしてやるから。
思い出したようにタバコに火をつけ、ふう、と吐き出す。
約五時間の小旅行の果ては、なんとまあ、ビックリな旅の終わりだろう………。