写真:兜坂ランさん  (後ろのガラス戸は無視、逆光と枯れた薔薇を主題との指定)
「#写真クラスタさんからリプ貰った写真を文章にする」より



 まぶしい逆光の中、彼女は振り返った。光の奥に沈んだ顔だちは見えないまま。深緑のドレス。少しほつれた赤毛はくるくると華やかなアップにまとめられていた。年のいった女性だと聞いていたけれど、その後ろ姿はあまりにも淫靡で魅力的だった。

少年は逆光の薔薇に恋をした


 少年が彼女に会ったのは受賞パーティの夜だった。少年の父が監督をした映画が賞を取ったので、出演者やスタッフとその家族でお祝いをしたのだ。
「あたくしは枯れかけの薔薇よ」と往年のマドンナは言った。甘い匂い。香水だろうか、音をたてぬよう吸い込んだ空気からはしっとりと重い薔薇の匂いがした。
 かつてみずみずしい笑顔とはつらつとした演技を買われた清純派の新人は、押しも押されもせぬ大女優の時期を経て、いまや主人公の母親役を演じることが主な助演女優となっていた。若い頃は素顔と見まごう薄化粧だったが、最近では深紅のルージュを塗って太い眉を引く。年を経るほどにプライベートの彼女は華やかになっていた。
 若い画家が女優に恋をした、という歌があったと少年は記憶していた。それこそ自分の祖母より年上の歌手が歌う歌だ。百万本の薔薇の花をあなたにあげる、と。自分が大人になったなら、そのとき十分にお金があったらば、歌と同じことをしたいものだと少年は思った。百万本の赤い薔薇だ。あの老いた女優の窓の下に、たくさんの薔薇を敷き詰めさせる。
 あぁ、でも……と少年は思い直した。そのころまでのあの人は本当のおばあちゃんになってしまうだろうな。今は赤いあの長い髪は全部白くなってしまうだろうか。しわしわの、しわくちゃの、よぼよぼのおばあちゃん。そうなっても……もしきれいなままだったら、今度こそ本当に恋をしてしまうだろう。
 少年は女優がまだ若い頃に出したレコードを聴いた。最も脂がのった時期と言われた頃の映画も見てみた。貧しい農村の女に扮した映画が特に気に入った。強い風が吹き、炎のように乱れる長い髪。ラストシーン、正面からの光を浴びて彼女は両腕をバッと広げて歓喜を叫んだ。少年はその顔を記憶に焼き付けた。夢の中で会えますように、と。

 それから何度もの夜が過ぎた。

 今夜こそ彼女に会おうとベッドに飛び込む。意気揚々と夢に落ちていくのに、夢の中の彼女に顔があったことはついぞない。

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