天の川

夏が来た。
カラッカラに渇いた喉に、炭酸の泡がうれしい。

夏の夜が好きだ。
夏は夜、と言ったのは昔々の女流エッセイスト。
十二単の時代から、夏の夜は人気者だったのだろうか。
昼間の暑さが少しゆるんで、黒い夜空に銀の星が光る。
空を見上げた。
満天の星。
この土地はわりと田舎の方だから、少し街を離れれば見事な星空が見られる。
ぼんやりと白っぽい帯は天の川。
七夕を過ぎてしまったから、織姫と彦星はまた離ればなれだろう。
大きな大きな川をはさんで、あっちとこっちの遠距離恋愛は永遠に続く。


一夜明けて早朝。
昼間の日差しは遠慮というものを知らない。
けれど、朝のうちは涼しくて、しっとりとした空気さえ気持ちよく思える。
朝もやごと酸素を吸って深呼吸。
空を見上げた。
ほんの5・6時間前の星空が嘘のように、のっぺりと真っ平らなスカイブルーが広がる。
ぽつんと取り残された白い月は退屈そうだ。
反対側にはギラギラの太陽。
今日も暑くなりそうだ。


街に出かけた帰り道、花屋に寄った。
色とりどりの花が売られている。赤、黄、白、ピンク、水色に紫……。
レジの横に気になるものを見つけた。
星型の、棒つきキャンディ。
薄いグリーンの棒の先っぽに、アクアブルーの星型キャンディがついている。
それ自体は珍しくもない物なのだろうけれど、なぜ花屋に飴が?
不思議に思って眺めていると、店主が声をかけてきた。
「そちらの花がお気に召しましたか?」
店主が指し示すのは、確かにキャンディだ。
飴が、花?
「きれいでしょう、摘みたてですよ」
へぇ。
どこから摘んできたの?
「あそこからです」
上……、空、か。なんてロマンチストな花屋さん。
「本当ですよ、ほら」


え?

ふ  わ  り 。

体が、浮いた。
気がつけばそこは真っ暗な宇宙。
チラチラときらめく星々が周りに浮いている。
これは夢?
プラネタリウムよりもくっきりと、数え切れない星が見える。
上にも、下にも、周りにも。
呆然としていると、隣りに店主が現れた。
びっくりしている私に、ほら、と向こうを指さす。
あった、あった。
背の高い薄緑の茎に、キラキラ光る水色の花を咲かせた不思議な植物。
真っ暗い空間のあちらこちらに、小さな群れをいくつも作って咲いている。
よく見ると水色だけではなかった。
赤、オレンジ、白……たくさんの星の花。


ふと気がつくと、元の花屋に戻っていた。
店内を見回してみたけれど、宇宙に浮かんだ不思議な体験の名残はどこにもない。
目の前に店主がいる。
店主は意味ありげに微笑んでいて、その手には星型キャンディの束。
アクアブルーのキャンディでできた涼しげな花束。
いったい何だったんだろう。
あれは、夢?
まじまじとキャンディの束を見ていると、なぜか頭がくらくらした。
今起きたことが幻覚だったのか現実だったのかわからなくなる。


星型キャンディの花束を買って帰ることにした。
家に帰ってから、買ってきたキャンディをなめてみる。
シュワシュワと舌にはじける感触。
キャンディーなのにソーダ水そのものの感触。
明るい水色からミント系かと思っていたけれど、違っていた。
炭酸の泡と一緒にはじけるのは、甘酸っぱくてさわやかなオレンジとレモン。
キャンディの花束を片手に、外に出る。
空を見上げた。
今日もよく晴れていて、黒い空に銀の星が輝く。
キャンディの花束を手に、綺麗だなぁ、とつぶやいた。
あの星が全て花だったなら、星空は広大な花畑。
満開だなあ。
満開だろうなあ。
夜空の真ん中に、こと座のベガとわし座のアルタイルが光っていた。
織姫と彦星。
今日の夕方までは、川をはさんで悲しみにくれる星たちに見えていた。
今はまるで違って見える。
薄ぼんやりと白い帯状に群れた星々は、すべて小さな白い花。
恋人たちは、夢見るようにうっとりと、逢瀬の日を待っているかのようだ。
広大な、どこまでもどこまでも続く花畑をはさんで。
遠い遠い、遥かな空。
天の川は今日も、満開の花で埋め尽くされているのだろう。

Fin.


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