ジェニファーと4つのりんご

ある晴れた日。
ジェニファーは小さなカゴを腕にぶら下げて庭に出た。
腰まで伸ばした長い金髪が揺れる。
今日はりんごを収穫するのだ。
りんごの木は庭の片隅にあった。
まだまだ細い、若い木だ。
枝にはりんごの実が4つついている。
深い緑に染まった葉っぱり向こうに色づいた果実の赤が見えた。
優しいそよ風、小鳥の鳴き声。
芝生と青い空の間、ジェニファーの家の真っ白い壁がまぶしい。
ジェニファーは踏み台を使ってりんごの下に立った。
すぐ手が届くところに大きく育った実が見える。
赤いりんごは明るい太陽の光を浴びながら、重そうに揺れていた。

この実を取ったら、

ジェニファーは心の中でつぶやいた。

この実を1つ取るたびに1つ願いがかなうことにしよう。
いつか読んだ、あの絵本のように。

思い出したのは去年のクリスマスにもらった絵本だ。
森に住む妖精が起こした奇跡のお話。
妖精が1つ木の実をもぐたびに不思議なことが起こるのだ。
急に花が咲き乱れたり、雨も降らないのに虹が出たり、と。

私が1つりんごを取ったら、私が考えていることが本当になる。

少女らしい空想に酔いしれながら、ジェニファーは一番手前のりんごに手をかけた。

*

晴れ渡る空。
それなのにジェニファーの表情はなぜか憂いを帯びていて、悲しげなふうだ。

私に意地悪をしたピーターが痛い目に会いますように!

ジェニファーが思い浮かべたのは、隣に住んでいる赤毛の男の子。

ひどく転んでケガをすればいい。
ひざをすりむかせてやろうかしら?
それとも鼻の頭から地面にぶつけてやろうかしら?

りんごの実をひねるように回しながら、考え事を深めるジェニファー。
願いを思い浮かべるほどに沈んでいた表情が消えていく。
プツリ。
軽快な音をたてて、真っ赤なりんごは枝からもげた。
腕に引っかけたカゴにりんごを入れる。
涼しげな顔。
ジェニファーがさげたカゴの中には、赤いりんごとちょっぴり暗い願い事が一つ。

*

2個目のりんごに手を伸ばしながら、ジェニファーは思った。

他の人にも罰を与えてやろう。
今までに私に意地悪をした人たち、みんなに。
同級生の男の子たち。
いつも私をからかうから大嫌い!
担任のルイス先生。
算数の宿題を出すから嫌い。
この前バスを待っていたときに割り込んできたおばさん。
許せない!
それから、昨日スーパーマーケットでぶつかってきた人。
向こうからぶつかってきたのに「エクスキューズ ミー」も言わないなんてどうかしてるもの。

涼しげだったジェニファーの顔にかすかな気配が現れる。
目元、口元のわずかな変化。
無表情の上に浮かんだのは、あるかないかがあやふやなほどうっすらとした微笑の色。

他の人たちだって。
みんな、みんな、大嫌いよ。不幸になってしまえ!
この町の人、全員に呪いをかけてやる。
りんごの呪いよ。
みんな重い病気になってしまえ。そうして一生ベッドで過ごすの!

なかなか取れないりんごにいらだちながらも空想は膨らむ。
ジェニファーはぐっと力を入れて実をねじり上げた。
芯が枝からねじ切れて、ぶつりとした感触が手のひらに残る。
真っ白いジェニファーの指。
握りしめられたりんごはおしりの方がまだほんのりと青い。

*

ジェニファーは枝葉をかき分けて3つ目のりんごをつかんだ。
「……私は万能の魔女。何だって、できる……。」
得意げにつぶやいて、りんごの実を引き寄せる。

このりんごを取ったらもっとすごいことが起きる。
この町の人たちだけじゃない、国中の人たちにだって自由にできるの。
生意気な男の子はみんな、ブタに変えてやる。
口やかましい大人たちは全員、石にしてやれ!
特に、意地悪なおばさんたちはよぼよぼのばあさんにしてやるんだから。
よぼよぼな上にもよぼよぼで、這って歩くこともできないくらいにね!
きっとみんな大慌て。
どうしたことかと騒ぐでしょう。
ああ、なんて愉快!

少女の頬にはっきりとした笑みが浮かぶ。
あでやかに弧を描く唇は摘み取られたりんごよりもみずみずしい。
ジェニファーは大きく枝をしならせて3つ目のりんごをもぎ取った。
彼女がぶら下げたかごの中には、ずっしりと実の詰まったりんごが3つ。

*

「最後のりんごを取ったなら……」
ジェニファーは小さな声でささやく。
「世界がめちゃくちゃになりますように。いいえ、めちゃくちゃにしてやる!」
きっぱりとした宣言は満面の笑みとともに飛び出した。
さっきまでの沈んだ顔が嘘のよう。
ジェニファーは輝くようなすばらしい笑顔で最後のりんごを探し出す。
やがて少し高い位置にあったりんごを見つけると、実をぐいぐい引っぱった。

このりんごが取れたなら、世界が壊れてしまいますように!
私の家を残して、全部、ぜーんぶ。
山は谷底になぁれ。
海の水は砂に変われ!
世界中にたくさんのオバケが現れて、人間たちを食べてしまうの。
でも仲良しのエイミーは食べちゃダメ。キャサリンも。
マチルダはいいわ、あの子、うるさいから。
大嫌いなこの世界、みんなみんな壊してあげる。
気に入らない人間は一人残らず殺してやろう。
そうしたらみんなは大急ぎで私に謝るだろう。
「かわいいジェニファー、どうか許しておくれ!」
でも許してなんかあげない。
いっそのこと、気に入らないやつらはみんな消えてしまえ。
今さらになって愛想をよくしたって、遅いわ。

ジェニファーはクツクツと笑い声を漏らしている。
その様子はあまりにも楽しそうだった。
笑いながら、ますます力を込めてりんごを引っぱる。
その力に耐えかねたりんごはついに小枝もろともブッツリとちぎれた。
少し勢いがつきすぎてしまったようだ。
りんごがもげたとたん、ジェニファーは踏み台の上で大きくよろめいた。
「きゃっ!」
小さく声を上げるジェニファー。だが、なんとか転ぶことは免れた。

*

さっきまで鳴いていた小鳥はどこかに行ってしまったようだ。
静かになった庭にはりんごの木とジェニファーがいるだけ。
ジェニファーは踏み台の上でほっと一息ついていた。
もう少しですってんころりんと転がってしまうところ。危ない。
気を取り直して、もぎ取ったばかりの林檎をしげしげと眺める。
くっついてきた小枝がなんだか邪魔っけだ。
ジェニファーは思った。

さぁ、この小枝をちぎったら、世界の終わり。
みんな死んでしまえ!

ぐりぐりねじって、りんごから小枝をむしり取る。
むしり取った枝を見つめて、ジェニファーはにったりと笑った。

やった!!
これで世界はめちゃくちゃになった!

今にも笑い出しそうな表情でジェニファーは目を輝かせる。
青いギンガムチェックのワンピースが風になびいた。
短く刈りそろえられた芝もかすかに揺れる。
とても静かな午後の庭。
それなのに。
聞こえてきそうだった。
かわいい魔女の哄笑が。
彼女の手には呪いを込めた4つのりんご。
りんごは赤い。まるで、滅びた世界を嘲笑うかのように。



「ジェニファー、お茶が入ったよ。こっちにおいで!」



テラスからパパの声がする。
「はぁい。」
パパに呼ばれてしまったらりんごの呪いもおしまいだ。
そこにいるのは魔女でも何でもない普通の少女だけ。
柔らかい返事をしてジェニファーは駆けていった。
3つのりんごがころころ入ったカゴを右手に、4つ目のりんごを左手に持って。
つやつやした採りたてのりんごたちはきっと甘いだろう。
もし酸っぱければ、おばあちゃまに頼んで焼きりんごにしてもらえばいい。
砂糖とバターで、甘く、おいしく……―――

Fin.

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