早朝

朝早く、家を出て町へと出かけた。
今日はよく晴れた日、気温は−17℃。

町までは歩いて15分くらいだ。
雪に覆われた景色の中、雪でいっぱいの道を歩く。
雪というものは基本的には白い。
だが、影になったところはほんのりと青みがかって見える。
アイスブルーはいかにも冷たそうだ。
もし、あの薄青が桃色だったら、などと想像してみる。
真っ白で、影になった部分だけが薄桃色に染まる風景。
意外といいかもしれない。
空が目に入る。
今日は、本当に珍しいくらいいい天気だ。
白とアイスブルー出てきた地上の世界と、スカイブルー一色の空。
爽やかに軽い寒色系の景色が、早朝の冷たい空気の中で光を放つ。
ふと上を見ると、電線にカラスが一羽とまっていた。
立ち止まって見つめてみる。
黒いカラスの向こうには素敵に晴れた青い空。
まっ平らなアクリル板のように、どこまでもどこまでも広がる。
『やぁ、寒いね』
心の中で話しかけると、カラスは真っ黒い羽をチラリと動かした。
『まったくだ。晴れた冬の朝ときたら、いつよりも冷える』
そんなことでも言っているかのように首をかしげている。
『ねぇ、あの高い空の上もやっぱり寒いんだろう』
キラキラと丸いカラスの目玉がきょろっと動く。
見つめあう人の目とカラスの目。
下からと上からの視線がぶつかる。

「カァ」

カラスは一声鳴いてそっぽを向いた。
ちょっとだけ上向いた姿勢はどことなく空とぼけている印象だ。
『寒いかくらい答えてもいいだろう?』
問いかける気持ちで見上げていたら、カラスは二度ほど頭を振った。
『寒いか、そうでないか、どうなのか、さてさて』
なんて言っているかのようだ。
『はぐらかさないで教えてよ。空の上の様子はどう?』
自分でも馬鹿げていると思いながら、物言わぬカラスとの対話を続ける。
『空の上のことは秘密さ。人間には言えないね』
そんなふうに言われた気がして、思わず笑った。
『なんだい、寒いに決まってるじゃないか。そんなの知ってるよ』
じっと見つめながら、心の内で話しかける。
けれどカラスは、どこか遠くを見つめたまま。
『知っているって? そんなのは嘘だね。飛んだこともないくせに』
つれない横顔がそんなことを考えているふうに見えた。
「こっち向きなよ」
小さくつぶやく。
その声が聞こえたのかどうか、カラスは羽をパタリとさせた。
「こっち、向きなよ」
もう一度。
すると、どうだろう。
カラスは本当にこちらを向いて「カァ」と一声鳴いたのだ。
何となく愉快になってホゥと息を吐く。
寒さで息は白く染まる。
普段は見えないものである吐息が目に見えてしまうのも、冬ならでは。
くるくると息が空へと巻き上げられていく様子もまた愉快だ。
サッとカラスが飛び立つ。

白い大地、スカイブルーの天空、黒い鳥。

飛び立つカラスの後を追わせるように息を吐く。
白い息は風に吹かれ、冷たく冴えた空気に溶けていった。
スカイブルーに澄んだ空を黒い鳥が行く。
カラスが飛び去っていく方向には冬の太陽。
白い白い道はどこまでも続く。
冷たい日差しはあくまで白く、凍った影はアイスブルー。
まるで絵葉書のような光景だと思った。
心の中でシャッターを切って、また歩き出す。

おはよう。

気持ちのよい朝に。
そしてこの一枚の景色に。

おはよう。

空に、町に、カラスに、すべてのものに。

おはよう。

さあ、今日を始めよう。

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