昔、馬鹿がいた。
それは本当に馬鹿なやつで、一から十までわからぬことばかり。
とにかくものを知らないし、
何をやらせても必ずトチるし、
最初は慣れないからかと思いきやどんなに長いことかけて鍛えてみたってちっともよくならないし、
人の話を聞けば誤解、曲解、トンデモ解釈のパレードでいつも突拍子もないことをやらかしてくれる。
そんなだから誰もその馬鹿と一緒に何事かを行おうとは考えないし、
仲間に入れたら必ずひどい迷惑をこうむるもんだから、
だんだんと人付き合いをしたいと思う人すらいなくなっていった。
だけれど、やつはとにかく馬鹿なもんだから、自分がはずされていることにさえ気づかなくてね。
人の集まりを見つけては“ねぇねぇ、何をしているの!”と飛んでいく。
あまりにも馬鹿な振る舞いに皆が苦笑いをしていても、
やつがいなくなった途端に皆がやつの悪口を言い合っていても、
やつが入ってきた途端、露骨に嫌な顔をする人がいても、
全くそれに気づかないようなふうなもんだからなおのこと煙たがられていた。

でもね。
本当はそこまで馬鹿ではなかったんだ。
確かに何から何までできないことばかり。
いつも間違いだらけの屑だったけどもさ。
自分があしざまに言われてることくらいは気づいていたんだよ。
皆、“こんなに悪く思われているのに気づきすらしない”となおのこと馬鹿にしていたんだけど。
皆、“こんなに悪く思われているのに気づかないから、直そうともしない”となおのこと悪く思っていたのだけれど。
本当はやつの方でも悪く思われていることなんかとっくに気づいていてね。
直そうともしてたんだよ。
いつ悪く思われたのかもちゃんとわかっていたんだよ。
でもねぇ。
自分の何が悪くて損をするのか、
何が悪くて上手くいかなかったのか、
何が悪くて皆を嫌な気分にさせたのか。
その辺の大事なところがいまいちわからないってんだよ。残念だねぇ、馬鹿だから。
自分が失敗したり、うっかりしたり、勘違いしたりしたことに気づいたときはまだいい。
すでにやっちまった後ではあるけれど、自分でもちゃんと“ああ、今やっちまったな”とわかるからね。
まぁ、でもね。
だからと言ってどうすればそうならないのかまではわからないんだがね。
どうしていつもやっちまうんだろうとは思ってもだからどうすりゃいいのかなんててんで見当もつかないのさ。
残念だねぇ、馬鹿だからねぇ。
だがね、こっちの方は本当にまだマシなのさ。
少なくとも 今度は同じことをすまい と気をつけることができるからね。
ところがね。
そういうのは物を壊したり、面と向かって文句を言われたり、叱られたりしたときだけさ。
物じゃなくて空気を壊したり、人の心を傷つけても相手が文句を飲み込んだりしたときはてんで駄目さ。
自分が何かをやらかした証拠がちゃんと形になっていないと何をやらかしちまったのかもわからないんだ。
そうなんだよ。
本当に自分が何をしちまったのか、わかっていないときもこれがまた多いんだよ。
どうして自分が口をきいた途端に皆が黙っちまうのかがわからない。
どうしてその場がしらけて気まずい空気になっちまったのかがわからない。
何で相手が悲しみ出したり怒り出したりするのかがさっぱりわからないんだ。
こっちの方がまずいねぇ、だって何が悪かったのかぜんぜんちっともわかってないんだからね。
何を避けなきゃいけなかったのかがとうとうわからずじまいなんだから、
何度だって同じことをしてきっと相手に嫌な思いをさせるのさ。
だけどね。
馬鹿だって本当は馬鹿でいたいわけじゃない。
本当はまともな頭の人間になりたかったさ。
でもどうしても馬鹿なことをやっちまう。
気づいたときには後の祭りなんだ。
いつだって何かやらかしてから気づくんだよ、周りの人たちの冷たい視線にさ。
どんなに“次こそは”と思ったって駄目なんだ。
馬鹿は本当に馬鹿だったから、どんなになりたくっても賢くも有能にもなれなかったんだよ。
だって生まれついての馬鹿だったからね。
どんなに努力したって他の誰かには追いつきようもないってこった。

しかしね、この馬鹿が一度だけ役に立ったことがあったんだ。
ほんの一度だけだよ。
それは町にちょっとしたお偉いさんがやってきたときのことだった。
国のお役人でね。
まぁ下級の役人なんだが田舎の町ではだいぶんのお偉いさんさ。
まだ雪の残る三月の二十五日、その頃の新年の日にやってきたんだがね。
これが本当に嫌なやつでさ。
偉ぶっているくせに、この町のことを何も知らないから見当違いのことばかりするのさ。
きっと田舎の町からって馬鹿にして何も下調べをしてこなかったんだろうと皆、噂しあったほどだよ。
しかしお偉いさんだからね。
皆、言いたくったって何も言えやしない。
だが、言っちまったんだね。
やつだよ、あの馬鹿のことさ。
まるで友達の間違いを指摘するみたいに、コロコロと笑いながらさ!
やっちまったんだねぇ、一番しっかりした人たちが集まった会議の席でさ!
そりゃあ大勢の、その嫌なお役人よりもちょっぽり偉いご来賓なんかもいる席でさ。
一瞬空気がシーンとなって、全員が凍りついた。
お偉いさんはねぇ。
怒ったような、
悔しいような、
困ったような、
泣きそうなようなそりゃあ複雑な顔をしてお役所に引っ込んだっきり出てこなかった。
風の噂じゃなんだかブツブツと言い訳をしていたらしいが、どうやら自分に非があるとわかったんだろうね。
それっきりあんなにも偉ぶってた嫌な嫌なお偉いさんがすっかり大人しくなったんだよ。
それどころかちっとばかり謙虚な姿勢が出てきたのか、地元のことを勉強し出してさ。
数年後には町の人間と笑顔で酒が飲めるまでになったんだってんだから驚いた。
いや、本当によくやったよ。
馬鹿が馬鹿だからできたことだろうね。
それはちょうど四月になった日のこと。
そうそう、ちょうど一番最初の春の花が咲き、ほんのり暖かくなってきた日のことだったね。

馬鹿が役に立ったのは後にも先にもこれっきり。
その後何年も何十年もよぼよぼの年寄りになるまでやつは長生きしたけれど、
あれっきり一度だって役に立ったことなんてないんだ。
まったく奇跡と言っていい出来事だったよ。
あのときばかりは皆、馬鹿のことを賞賛したからね。
もちろん表立っては押し黙っていたが、よく言った、よくやったと影では拍手喝采さ。
あの馬鹿は自分の活躍に気づいたのかって?
そうだね、やつは本当に馬鹿だから皆の内心までは読めないだろうからね。
でもそのときは大丈夫だった。
一番口の悪いおばちゃんが、お偉いさんが帰った後でこう言ったんだよ。
「本当、よくやった! 私、よく言ってくれたと思って心の中で拍手してたもの!」
それで周りもうんうんとうなずいていたからさ。
さすがの馬鹿にも自分がどうやら活躍したようだとわかったからね。

本当にねぇ。
それからというもの、“四月の馬鹿は縁起がいいや”ということになって、
今でも四月にはお互いに嘘をついてだましあっこをすることで、にわか馬鹿を作りあう習慣があるんだよ。
今じゃ山を越え海を越えて遠い異国の地にまで広がった習慣なんだってね。
そうだね、そいつがエイプリルフール(四月馬鹿)って日の由来だって話さ。























































というのは全くの嘘だ!!!



本当の由来には諸説ありますが、
フランスのシャルル9世が新しい暦を作ったことに反発した人々を処刑した事件に端を発するとか。
インドにおける悟りの修行でいう「揶揄節」から来たという説もありました。
何はともあれ、出遅れエイプリルフール!


2011.4.1. (c)『ち』

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