楼閣の上である。
男が二人、空を見上げている。
一人は背が小さく浅黒い顔の男である。
がっちりとした体つきではあるが、服装からすると文官のようであった。
「今日はいい天気だなぁ。」
男は伸びをしながら、あくび混じりに言う。
「少々まぶしすぎるな。」
そう答えたもう一人の男はすらりと背の高い細面。
同じく文官姿だが、冠や服装から察するに最初の男よりも位が高いようだ。
「お前は普段陽にあたらなすぎるから、余計にまぶしく感じるんだろうさ。」
浅黒い顔の男はからからと笑った。
確かにこちらの男、青白い顔色をしている。
おそらくは、あまり陽にあたる生活はしていないのだろう。
「……私を『お前』呼ばわりするのは主公かお前くらいだな。」
そう言って細面の男は薄く笑む。
浅黒い方の男は、宰相様だもんな、とつぶやいてまた笑った。
「お前はすごいよな。とても同門で知恵を競った相手とは思えんよ。
巷ではお前のことを『その権勢、陽の輝くが如し』などと言うらしいぞ。」
浅黒い男が言う。
どこかのんきそうな、明るい口調である。
「私が太陽とは、恐れ多いにもほどがあるな。」
宰相様、と言われた者は、少しだけ沈んだ声で笑った。
二人の上に広がる空は雲一つなく、ひたすらに澄んで青い。
一枚の布のようにどこまでも続く空。
そこに浮かんでいるのは太陽のみ。唯一つ、太陽だけだ。
今日はよく晴れた日だ。ずいぶんと暖かい。
「太陽は寂しくはないのだろうか?」
突然、浅黒い方の男が言った。
男は手で目の上にひさしを作り、まぶしそうに太陽を見上げている。
「なぜだ?」
宰相が言う。
「こんな広い空の真っただ中、ただ独りで照り輝いている。」
男が答えた。
すると宰相は、少しの間黙っていたかと思うと、すっと空の果てを指した。
男はそちらへと目をやる。
色白の長い指が指した先には昼の月が浮かんでいた。
色を失い、ぽっかりと漂う月が。
「あれを見よ、あの昼の月を。
太陽はただ独りで輝くのではないのだ。
ともに漂う白月があるのだから、何の寂しいことがあろうか。」
そう言って、宰相はうっすらと笑みを浮かべた。
「そんなもんか。」
男はちらと宰相を見やって、眉上の手ひさしを降ろす。
「……そんなもんさ。」
宰相は薄い笑みを口元に宿したまま昼の月を見やっていた。
浅黒い男は神妙な顔つきで月と宰相を見くらべている。
一枚の布のようにどこまでも続く空。
そこに浮かんでいるのは太陽。それと、昼の月。
「俺では太陽になど手が届かん。」
男は渋い顔でそう吐き出した。
宰相は少し驚いた顔をして男を見つめる。
そして、ふっ、と柔らかな笑みをもらして静かに言った。
「昼の月はまるで光らない。
太陽にくらべればまるで紙切れを浮かべたような風だ。
頼りなく、小さく、目立たない、つまらないものに思える。」
歌うように、風に流すかのように。
語り終えた宰相はまた昼の月に目を移した。
「……ずいぶんとひどく言われたもんだな、月の奴も。」
そう言って男は苦笑した。
言葉の後にほんのかすかな声で、俺のようだな、とつけたして。
宰相はその呟きに、ふふ、と小さく笑った。
「友よ、それでも月は月だ。
少なくとも他の星々よりは明るいし、夜には太陽の代役も務める。
何より、太陽の他では昼間の空に浮いていられる唯一の存在だ。
星々は太陽を嫌い隠れてしまうが、月は太陽のまばゆさを恐れない。
太陽は独りではないさ。昼の月がいつも太陽と共にある。」
宰相はもう一度昼の月を指した。
遠い遠い空の端っこで薄白い月はただ浮かんでいる。
「そんなもんか。」
男はちらと宰相を見やって、まぶしげに太陽を見上げた。
「そんなもんさ。」
宰相が答える。
「そう、か……。」
語りかけるでもなく、男がつぶやいた。
二人の上に広がる空は雲一つなく、ひたすらに澄んで青い。
唯一のように思われた太陽の向こうには薄くて白い昼の月がある。
この空が果てるときまで。
太陽と昼の月は、いつまでもともに漂い続ける。