『華』を見た。
「お初に、御目にかかります。」
その華は、笑顔を向けてきた。
豊かな睫毛の縁取り。
その中で、きらきらとまぶしい黒曜色の瞳がにっこりと笑む。
愛らしい口元からはこぼれんばかりの輝きと麗しの声。
柔らかそうな白い頬がほんのりと桃の色を映す様もまた、伝説に現れし仙女のよう。
対して俺は、ひどく面食らってまばたきを繰り返していた。
若い娘になど、恐れられることこそあれ、このような笑顔を向けられたことなぞない。
すでに妻はいるが、あの女はこんなふうに笑うことはなかった。
もっとつつましいと言うか、年相応と言うか……。
愛娘にいたっては、女だてらに武に目覚め、すっかり俺そっくりの強気な
はねっ返りになってしまったから、どれだけの年月をかけて成長させても
こんなふうに笑むなどとても無理だろう。
(娘が自分に似る様は嬉しい。
だが反面、俺に似るようでは『女』としてどうなのだ…、とも思う。)
「いかがですかな、呂将軍。お気に召していただけましたか。」
目をしばたたかせていた俺の隣で老人が人のよさそうな微笑を浮かべた。
「これがこの王允めの養女。
親の欲目ではございますが、たぐい稀な美貌の持ち主でござろう。」
突然、王允が声をかけてくる。
「あ? ああ…。」
確かに、たぐいも稀な美貌の女だ。
思わず娘に見惚れていた俺は、王允の誇らしげな言葉に慌ててうなずく。
見れば娘は、養父の言葉に恥じらうようにぽっと頬を染めていた。
「娘は、幼名を”貂蝉”と申します。
ぜひとも、天下の英雄と名高い呂将軍の妻にお加えいただきたく、
今宵、将軍様をお招きいたしました。」
俺の前に回った王允が一礼してひざまずき、それに従って娘も膝を折る。
無論、異存などあるはずもない。
俺はふたつ返事でその申し出を受けた。
親娘は顔を見合わせて喜び合っている。
一瞬、娘の表情に緊張が走った気がした。
気がしただけで、すぐにそんな影は見失ってしまったが。
王允が、俺を上座に導く。
俺の隣には、美しい娘。なんとも悪くない気分だ。
王允が手を叩くと、すぐに使用人がやってきた。
今宵は婚姻の約が決まっためでたい日ゆえ、祝宴の用意をするという。
祝宴の途中で ― まして娘と二人きりになったときに ― 便所に立つの
では格好がつかぬ。先に用を足してこようと思い、席を立った。
嬉しそうな様子の親娘を残して、一人で部屋を出る。
廊下を行くと、酒や肴を運ぶ使用人たちとすれ違った。
幾人かの者をやり過ごし、一人になったのを見計らってつぶやく。
「貂蝉、か。良い名だ。」
……『玲綺』ほどではないが。
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