仮題 : クローン研究室から愛を込めて。



幼い頃よく言われた。

「いったい誰に似たのかしら!?どうしてこんなこともできないの!」

ヒステリックな母親が叫ぶたび、父は気弱そうに横を向く。
優秀すぎた母親と、婿養子同然の立場で結びつた父。
彼らにはぐくまれた私の幼少期は、決して幸せなものではなかった。
学業の成績。
運動。
礼儀作法。
母が望んだ結果は、今にして思えば、幼子には酷なものばかりと言えよう。
それがわからなかった幼い頃、毎日が辛かった。
私は母に認められたい、ほめてもらいたい一心でいつも必死だった。
高すぎるレベルを求められ苦しんだ日々。
愛されることの本当に意味を知らず、もがいていたのかもしれない。
大人になるまでの間に得ることが出来た様々な経験が、それを教えてくれた。
今となっては、母を憎む気持ちも、父を恨む気持ちもずいぶんと薄らいでいる。
とはいえ、完全にわだかまりがなくなったわけではないが。
あんな親になりたくない、同じセリフを吐きたくない、反面教師。
そんな言葉をいつも意識して。

いつか自分が、母になる日が来たら。


*    *    *    *    *


実際の子育てとは、生半可なものではなかった。
乳児期に親がこうむる拘束時間など、想像をはるかに越える。
やや成長した今も勉強より遊びが好きな娘のこと。
机に座っての学習時間はいつも戦いだ。

「えーんえーん!うぁぁん、やりたくないー!!」
「くっ……。」

泣きじゃくる幼い娘。
怒鳴りたい。
なぜこんなことがわからない!?
ぐっと飲み込む。
出来なくて当たり前。母と、同じことを言う気か?
同じ言葉は吐きたくないから、はっと我に返るのだ。
愛し方なら知っている。
抱きしめること。
声を聞くこと。
いとおしく思う気持ちを伝えること。言葉でも態度でもなんでもいいから。
ああ、でも。

「きゃはは♪」

がっしゃーん!と派手な音を立てて、ガラス器具が割れる。

「やめろ!危ない!」

私は怒鳴る。
おとなしく、おとなしい上にもおとなしく。
抑圧されて育った私はこんな風に暴れまわることなどなかったのに。

「暴れまわるなと言ったろう!」

怒鳴りつける私に、共同研究員の一人が苦笑する。

「まあまあ、教授。子どもは元気なのが仕事みたいなもんですから。」
「しかしだなあ……。」

泣き顔の娘を抱き寄せつつ、怪我がないことを確認する。
よかった。
どこも切れていない。かすり傷一つない、きれいな手。
頭をなでながら、危ないことはしてはいけないと理由を説いてうなずかせる。
おてんばな研究体。だけど愛しい私の娘。
頭の中をよぎる言葉は母の声だ。

『いったい誰に似たのかしら!?』

ヒステリックに、どこか、追い詰められたように。
ふ、と笑いがこみあげる。

『もちろん、私に。』

記憶の中の母に答えて、“娘”を見た。
彼女は、ヒトクローン実験の貴重な第一号体。
ある女性の遺伝子核からクローンとして生まれ、『ミラー』と名づけられた。
今はこの研究所内で、貴重な研究体として大切に育てられている。
そして、遺伝子核の提供者となったオリジナルは……私である。
研究所内を自由に走り回るおてんばな姫君は、今やっと眠ってくれた。
遊びつかれたのだろうか。
ああ、寝顔は天使のように愛らしい。
などと言っては、自画自賛だろうか?
だって彼女は、幼い頃の私なのだから。そのもの、とは、あえて言わないけれど。
この実験体はマスコット的な扱いを受け、みなに愛されている。
この幸せ者め。
ふくよかな頬をつつくと、弾力のある柔らかな感触が伝わってきた。
実験体番号138-9gruhk。彼女の名は『ミラー』。
鏡という名の私の娘だ。

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