恋文が届く


恋しい人が言った。
「雪が降ったなら思い出してください。その雪は、自分からの恋文です」
恋文という言葉をひどく照れくさそうに言って、恋しい人は出て行った。
サヨウナラ、サヨウナラ、サヨウナラ……。
恋しい人は飛行機で、遠い海まで飛んで行った。
爆弾を抱いて。
私に笑んだ優しい瞳、きっとキリキリと音がするほど吊り上げて、敵戦艦をにらむだろう。
サヨナラ、サヨナラ、サヨウナラ……。
バンザイは言わなかった。言ったふりして、口だけ動かした。
結婚する約束だったのにね。
家が近所だったもんだから、婚約話がまとまる前にも顔見知りだった二人。
仲良しだったよね。ずっとずっと。
本当は、五年後の春には一緒になるはずだったのに、戦争は待ってはくれなかった。
間に合わなかったね。
近頃聞いた話では、出征前に急いで結婚する人が多いんだって。
たった十五でお嫁に行った子だっているのに、私たち、間に合わなかった。
せめて、もう少し早く生まれていたら。
サヨナラ、サヨナラ。
あの日から、私は雪を待つようになった。
雪が降るたび喜んで、心密かにあなたを想う。
いつまでも春が来なけりゃいいと、春を嫌い、冬を好くようになった。

幾日、幾月、月日は流れ、ある日、戦争が終わった。
子が出来ていた。あなたが残した子。
人は皆、冷たい目を向けたけれど、口に出して責める者はいなかった。
誰の子で、どんな夜に契りを交わしたのかがわかったから。
生まれたのは男の子。
あなたに似てる。
私の家もよそと一緒で、父と兄たちを軍に取られた女所帯。
母も祖母も、我が家に残った唯一の男子を、一緒になって育ててくれた。
あなたのお母さんも。 お義母さんに、添わせてあげたかったと泣かれたよ。
あなたのお祖父さんは手をついて、私を傷物にしてしまったと謝った。
けど、私は声を張って怒鳴ってやった。
『傷物にしたとは何事か、立派な男の子を残して行ってくれたのに。
 祝言なんてあげなくたってあんたの孫は私の夫。私はあんたの孫嫁だ』って。
雪深いこの土地で、私は空を見上げて生きた。
雪が降る。雪が降る。ああ、今夜も恋文が届いたよ……。
どんなに辛いことがあっても、厳しい寒さ、飢え、貧しくて涙が出そうになっても、私は天を仰いだ。
雪が降る冬の季節には、泣かずにすんだ。
重たい雲が見えるから。
ああ、空の上で、今たくさんの恋文を書いているんだなぁって。
冷たい雪が降ったなら、やっと来たかと喜んだ。
猛吹雪の日にだって。ああ、ああ、そんなに戸を叩かなくってもちゃんとわかるよ。
たくさん、たくさんのあなたからの手紙……。
毎日の雪かきさえ、しんどいどころか楽しかった。
こんなにたくさん! 重いな、硬い。ああ、こんなにいっぱい好いてくれたのね。
ありがとう。ありがとう……。
祖母、母、私の女所帯に、あなたのお家に三人きり残った、お祖父さま、お祖母さま、お義母さん。
終戦からしばらく経って、二つの家族は一緒に暮らすことになった。
私とあなたの息子が結び目になって、両家の縁を結んでくれたよ。
花嫁衣裳も着たんだよ。写真のあなたと並んで、三々九度もやったんだ。
もう私たち、文句言いっこなしの夫婦なんだよ。
大安吉日。二年遅れの祝言をあげたのは秋も深い十月のこと。
驚いた。あんな早くに初雪が降るなんて。
祝言の、その晩にね。ほた、ほた、水っぽい柔らかな雪。ほたり、ぼたん雪。
優しい手紙だったね。ありがとう。恋文を、ありがとう。



*  *  *



幾年、幾十年、月日は流れ、時代はすっかり変わって行った。
辛いこともあったけど、なんとか越えていけるもんだね。
あの日、若さを嘆いたあたしも、今じゃすっかりおばあちゃん。
あんたの息子は立派に育って、とびきりのお嫁さんをもらってくれたよ。
優しいお嫁さんでね。「お義母さん、どうぞ」なんて、色々よくしてくれたんだから。
孫だって二人もできたんだよ。
上の子は私そっくりの女の子。下の子は、お嫁さんの方に似た男の子。
その孫たちだって、もうすっかり大人になってね。
今日は、上の孫娘がすごいことを知らせてくれた。赤ちゃんが出来たって!
うふふ、もうおなかの中にいるんだよ。
あたしも年をとるはずだねぇ。だって、ひ孫が出来るんだから!
ああ、可愛いだろうねぇ。
きっと、あんたにもあたしにも、息子にもお嫁さんにも、孫にも孫の旦那様にも、よく似ているはず。
ねぇ、見える?
春だねぇ。桜がこんなに咲いている。
ずっと春は嫌いだった。
雪が、降らなくなってしまうから。
積もり積もった恋文が、融けてしまうから……。
ああ、こんなにおめでたい日なのに。
悲しくなってきちゃったじゃないの。嫌だ、涙なんて、流したくないのに。

  ザザ――――――――― - - -

急に風が……、あらあら、髪がボサボサ。

   ザ、ザ、ザ――――――――― - - -

あ、あ、あ。
雪。
雪みたい。
夕日の落ちた薄闇の空いっぱいに舞い散る花びらが、青白く見えて、まるで、雪のよう。
恋文が届く。恋文が届く。ひらひら、はらはら、落ちてくる。
花びらが舞う。桜が舞う。いつかの雪とよく似てる。
ああ、きっと、この桜吹雪は、あなたからの……。



−終−

EXIT  TOP


inserted by FC2 system